第9話 夜
車を爆破された翌日。場所としては、すでに東に約4km進んだところを、一行は歩いていた。
秋の涼しさも相まって、非常に快適に歩いている。一人を除いて。
「はぁ、はぁ……」
「吉斗君、大丈夫かい? そろそろおじさんと代わってもいいんだぞ?」
「大丈夫です。こういう時に若いヤツが頑張らないと」
吉斗は一行の荷物のほとんどを持って歩いていた。それはまさに、陸上自衛隊の徒歩行進訓練に似ているだろう。
吉斗は、もともと体力のあるほうである。小学生の時は地元の野球のスポーツ少年団に所属し、基礎的な体力を身に着けた。中学では陸上部に入り、丈夫な体を手に入れる。現在の高校では部活などに所属していないが、週一のペースで筋トレをしていた。
そのため、体力や筋力は一行の中では誰よりもある自信がある。そういうこともあって、荷物運びを率先してやっているのだ。
しかし、一日中荷物を持って歩き続けているため、さすがに体力がなくなってきた。
その様子を見ていた和樹が、全員に向かって声をかける。
「今日は結構歩いたことですし、この辺で休みましょう」
そういって辺りを見渡すと、とある民家を指さす。
「ちょうど休めそうな家もありますし、今晩はあそこで過ごしましょう」
目的の民家には、住民は居なかった。数ヶ月前まで住んでいた形跡はあったので、もしかすればどこかへ行ってしまったものと考えられる。
そんなワケで、前の住人に詫びを入れつつ、一行は休憩に入るのだった。
「ソファがあって、ベッドがあって、畳があって……。未開封の水と乾パン、それにオートミールとカセットコンロまである……」
「台所に粉末鳥ガラの素もあるわね。これとオートミールを混ぜて温めれば、お腹も膨れるわ」
さくらと亜紀の母親が、そんなことを言う。
確かに暖かい物は必要だ。この頃涼しいとはいえ、夜は冷え込む。それに長時間限界状態に曝された時、暖かい食事はストレス緩和にも繋がる。
そういうわけで、簡単な料理をする。出汁の効いたオートミールだ。
「栄養はちょっと足りないかもしれないけど、何も食べないよりはいいでしょ?」
一行はオートミールを口に運ぶ。温かさが身に沁みるだろう。
日が地平線の向こうに消える頃には、寝袋を用意して寝るのだった。親たちはマットレスを引っ張ってきて和室で寝るが、吉斗はなんとなくソファで寝る。L字の大きなソファなので、寝る分には困ることはない。
体力を回復させるべく、いざ寝ようとした時、亜紀がやってきた。
「ねぇ、吉斗。こんなところで寝て大丈夫?」
「心配しなくても大丈夫だ。俺はまだ若いからな」
「そうかもしれないけど……」
亜紀は寝袋をソファに置き、中に入った。どうやら吉斗と一緒に寝るつもりのようだ。
「吉斗って変な所で頑張るから、心配なんだよね」
「なんだそれ。俺ってそんなに危なっかしいか?」
「そうだよ。小さいとき、用水路に落ちたボール拾おうとした時だって、結局頭から落ちちゃってさ」
「あぁ、そんなこともあったな」
「ホント、目を離したらすぐにどっか行っちゃうんだから……」
亜紀は感慨深そうに言う。
そうして夜は更けていく。はずだった。
吉斗は足の部分に何か違和感を感じる。
「なんだ……?」
起き上がってみてみると、そこには拳ほどの大きさの塊があった。手元に置いてあった懐中電灯で照らしてみると、ギョロリとした二つの目玉と目が合う。
「うわぁ!」
思わず叫び声を上げると、その塊は何かを広げて宙を舞った。
「コ、コウモリ!?」
「な、何……? 何かあった……?」
吉斗の声に、亜紀が目を覚ます。
吉斗は持っている懐中電灯を天井に向けると、そこには無数のアブラコウモリが羽ばたいていた。
「きゃあああ!」
照らされたコウモリの群れを見て、亜紀が思わず叫ぶ。それに合わせるように、コウモリたちは室内を四方八方に飛び散らかしていく。
そして吉斗たちの隙を狙って、体に引っ付いてかじりつこうとする。
「クソ! この!」
吉斗は寝袋から出て、寝袋自体を振り回す。それによって、何匹かのコウモリが床に叩きつけられる。
だが、コウモリはそんなことで怖気づいたりはしない。むしろ興奮状態となって、吉斗たちに襲い掛かる。薬物中毒になっているコウモリの群れは、まさに獲物を確保せんと飛び交う。
「ヤバいヤバい!」
吉斗は念のため持っていたフライパンも一緒になって振り回す。しかしこれがなかなか当たらない。むしろ寝袋を振り回していたほうが効果的だ。
そんな中、攻撃はだんだん亜紀の方に集中する。彼女自身もなんとかコウモリを追い払おうと寝袋を振り回すが、吉斗のようなパワーが足りない。それが標的として拍車をかけている。
「亜紀! 俺の後ろにいろ!」
ソファの隅に亜紀を誘導すると、そこにバリアを張るように寝袋を振り回す。
そうなると標的は変わり、吉斗が攻撃される。
その時、これまでの騒音を聞いていた親たちがリビングに集まってくる。
「うわっ! 吉斗、亜紀ちゃん! 無事か!?」
「無事だけど、吉斗が!」
親たちは助太刀に入ろうとしたものの、飛んでいるコウモリの数に圧倒される。
「何か、何か考えないと……」
亜紀は何か使えるものがないか思考する。
すると、一つの考えが浮かぶ。しかし、それを実行するには勇気がいる。
亜紀は一瞬体が硬直する。自分には出来ない。そう思っていた。
しかし、勇気は目の前にいる吉斗がくれた。今まさに彼女自身を守っている姿を見て、亜紀は勇気をふり絞った。
コウモリからの攻撃を避けるために、寝袋をかぶって走る。
「亜紀!?」
吉斗の制止を振り切って、亜紀は台所へと走った。
そして目的の物を手に取る。先ほど料理に使ったアルミホイルである。
中身を適当に引き出し、適当にしわをつける。それを持って、吉斗のほうへと戻ってきた。
「吉斗! これ体に巻いて!」
吉斗は何がなんだか分からないまま、亜紀にされるがままにアルミホイルを巻かれる。
すると、見るからにコウモリからの攻撃が減った。
「こ、これは……」
「コウモリの超音波を乱反射させて、吉斗の存在を感知させにくくしたの。これなら何とかなるんじゃない?」
つまり、ステルス効果である。
「な、なるほど! でもこのままじゃ、いつまで経っても攻撃され続ける……」
「何か手段はあるはず……!」
亜紀は思考をフル回転させる。
自分の所持品、この民家にある物、そしてスマホ。
その時、あることをひらめく。
「そうだ! アレがあった!」
そういって亜紀はスマホを起動させ、あるアプリを立ち上げる。
その画面には「蚊取り音声」と言うアプリであった。
アプリ上の設定を終えると、最大音量で何かを流す。が、少なくとも吉斗には何も聞こえなかった。
しかし音を流し始めてからすぐにコウモリの攻撃が止んだ。
そしてそのままコウモリは、逃げるように家の奥へと去っていった。
「な、何をしたんだ?」
「これ、モスキート音を流すアプリなの。ありがたいことに超音波も流せるから、それを使っただけ」
「そうか……! コウモリは普段超音波を使って生活しているからか……!」
「そ。天才でしょー?」
そういって亜紀が笑う。
「ん? でも結果的に嫌った音が鳴っただけで、もしこれで近寄ってきたらどうするつもりだったんだ?」
「え……? あー……」
その考えはなかったという表情をする。
「ま、いいか。結果として助かったし」
「……それもそっか」
二人は少し笑った。激戦とも呼べる戦いを制したのだ。それくらい許されるだろう。
そこに親たちがやってきて、安否を確認する。
こうして一行は安眠を取ることができたのだった。
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