第8話 移動
薬物中毒の動物の存在が世に知れてから、半年の月日が経った。
今や、世界の秩序は崩壊しつつあった。
カナダではヘラジカの群れが街を襲撃して壊滅状態に陥る。イギリス北部の港にセイウチが襲来して湾港機能が停止した。
当然のごとく日本も例外ではなかった。全国各地の動物園から、相次いで動物が脱走。街中から人里離れた山の奥まで勢力を拡大させていく。
そしてその影響は限りなく拡大する。道路に出没すれば人々を襲い、山奥にある送電線を破壊する。水道管に住むネズミなどのげっ歯類が、配管を壊して水道を使えなくする。
こうして意図的にも思える破壊によって、日本、いや世界各地で科学文明の衰退が始まった。
アメリカやヨーロッパ諸国では、自力で生き残ろうとする者と暴力で生き残ろうとする者の間で戦争が勃発する。残された資源を巡った、人類の醜い争いだ。
では日本はどうかと言えば、大半の人々は慣れないサバイバル生活を営んでいるのに対して、ごく一部の過激な思想を持った連中が国会前で連日デモ抗議を行っていた。彼らの主張によれば、国民の安全な暮らしを保証しない政府が悪いらしい。
だが、そんなデモ抗議も、報道するテレビ局や新聞社がいなければ意味がない。辛うじてデモがあったという事実だけを報道したラジオ局があった。それを聞いた吉斗は、駆除したカラスの肉を焼きながら思った。
「デモするくらいなら、動物を狩って食料にしたほうがいいのに……」
それを聞いてくれる人はいなかった。
日本の季節は秋。これから厳しい冬がやってくるだろう。
それを前にして、世界中の国々は無政府状態へと陥っていた。全人類サバイバル状態である。特に先進国に住んでいる人々に、強烈なダメージが入るだろう。
そんな中、日本の国内情勢はというと、政府が五菱重工に指示を出してトレーラー牽引式の超小型原発を、東京、大阪、福岡に配置した。人口が集中している都市を助けることで、最低限の人々を救おうとしているのだ。その中には当然自衛隊の災派も含まれているのだが、対象が日本全国なのはさすがに限度があった。
人口密集地との扱いの差から、当然地方から避難の声が上がるのだが、その声は物理的にも行政的にも届くことはなかった。というよりも、当然の如く地方は文字通り死んでいくしか道は残されていなかった。
そんな中、相沢家と山下家が揃って会議を開く。
「これ以上は限界ですね……」
和樹が切り出す。
「そうですね……。非常食用の缶詰もあとわずか。最近は防衛団から駆除した肉を貰っていますが、これもいつまで持つか……」
亜紀の父親がメモしたことを発表する。
「スーパーの棚にも何もないし、どうしたものねぇ……」
さくらと亜紀の母親が同調する。物流も死んでいるため、どこも物が不足している。
「こうなると、いよいよ本格的なサバイバル生活になってきます。その前にやっておきたいことがあります」
和樹が提案する。
「やっておきたいこととは?」
「我が家には、もう一人家族がいます。現在航空自衛隊の基地で勤務している奏斗です。実は今隣の県の空自の基地にいるんです。自衛隊には自己完結能力があります。もしかすれば、食料が残っている可能性があるんです」
「なるほど……」
亜紀の父親は納得する。
そこに吉斗が口を挟む。
「でも、そんな考えを持った人たちが一斉に基地に集まってる可能性は?」
「特に基地の周りにいる住人が同じようなこと考えてるかも……」
吉斗の考えに亜紀が合わせる。
「そうだな。でも、自衛隊には少なくとも武器はある。安全地帯であることには変わりないだろう」
そういって和樹は、同意を求める。
「今からでも、奏斗のいる空自基地に向かうべきです」
それも一つの案だ。このまま家に留まれば、後一年生きられるか分からない。しかし、自衛隊の基地に向かえば、少なくとも命の保障はあるだろう。
二者択一。どちらかを選択すれば、どちらかを失うだろう。
今までの生活でも支障はない。しかし、どちらにせよ武器は必要になる。ならば、武器が豊富にある場所に向かうのが自然であろう。
結論は下された。
「我々はこれから移動します。目的地は、百里基地」
首都圏の防空を担う唯一の戦闘航空団が設置されている空自基地。今そこに向かうのである。
「きっと希望は残っています。行きましょう」
かくして、一行は百里基地へと移動することになった。
移動手段として、お互いの家にある乗用車を使う。車に入っているガソリンは往路分ほど。数ヶ月前に買った買いだめのガソリンも残りわずか。ナビは生きている。これなら何とかなるだろう。
車2台に積めるだけ食料や水などの荷物を積み込む。とは言っても、非常用バッグに入る程度しか残されていない。
そして翌日。いよいよ出発の時である。
「では、行きましょうか」
「はい」
双方の家族は、それぞれの車に乗り込んで車を出す。
道路はところどころ草が生え、ひび割れも発生している。だが通れない程ではない。
安全を確保するため、車の速度は時速40km程度で走行する。高速道路はすでに封鎖されているため、下道を走っていく。
県境を越えて、茨城県に入る。ここまで時間にして40分程だ。
とある交差点を曲がろうとした時だ。急にエンジンから異音が発生する。
「な、なんだ?」
和樹は車を路肩に止めて、エンジンを切ろうとした。
その時である。
エアコンの送風口から何かひっかくような音が聞こえる。するとそこから、白アリの大群がわんさかと出てきたではないか。
「うわぁぁぁ!」
相沢一家は車から脱出する。そんな中で吉斗は非常用バッグをしっかり持って逃げた。
「どうかしましたか!?」
亜紀の父親が車から降りて駆け寄る。亜紀と、母親も出てきた。
「どうもこうも、エアコンから白アリが出てきたんですよ」
「白アリ? 木の材料なんてエンジン側に存在しないのに……」
そういって相沢家の車を見る。白アリは外にまで出てきて、車のいろんな場所を這っていた。
すると、前輪のタイヤが破裂する。爆発するようにではなく、ゆっくりとしぼんでいく風船のようであった。
「な、なんだ?」
タイヤの破裂は、山下家の車でも発生する。見てみると、そちらの車でも白アリがうごめいていた。
「こ、こんなに白アリが……」
何とかしようにも、こんな小さな昆虫相手にどう立ち向かえばいいのか分からない。
そのうち2台の車のボンネットから黒い煙が上がり始める。
「も、燃えてる……?」
煙はやがて、激しい炎へと変わる。エンジンから発火した。
「危ない! 今すぐ車から離れるんだ!」
そういって一行は車から走って離れる。ものの数秒後には車全体が炎に包まれた。
そしてガソリンタンクに引火。ガソリンの少なさも相まって、大爆発を起こしたのである。
爆発と同時に地面に倒れこむ一行。そして燃え上がる2台の車を呆然と見ることしか出来なかった。
しばらくして、日が傾き始めた頃。
一行の空気は最悪であった。
「まさか、車が白アリに爆破されるとはな……」
「もう、後に引けないじゃないですか……」
そんな空気を変えるべく、吉斗はスマホで現在位置を調べる。
「ここまで来てしまったからには、進むしかないでしょう! 道のりとしては65km。一週間あれば何とかなります!」
「だが残っている食料は後わずかだぞ? そんなうまく行くか?」
和樹が聞き返す。
「進んでも地獄、戻っても地獄。なら進むしかない」
持論を展開する吉斗。吉斗には、地元の防衛団での経験がある。そこには謎の納得感があるだろう。
「……よし、分かった。行こう、百里基地へ」
こうして一行は、徒歩で百里基地を目指すことになった。
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