第7話 結成

 薬物中毒に陥った動物たちが、世界中で確認されてから数ヶ月が経った。

 今や世界経済は異様なまでのインフレという混乱に包まれている。

 当然だろう。陸上生物のみならず、海洋生物にまで薬物汚染が広がっている可能性があるのだ。食物連鎖によって生物濃縮が起こり、高濃度の薬物が人類に食されると考えれば、安全を確保した食料はあっという間に高騰する。

 逆に、何の処置もされていない動物の食料は、ものすごい勢いで価値を下げる。

 食料の高騰と下落の差が激しい上に、先進国と発展途上国でこれまた格差が発生。こうなってしまっては、もはや手の付けようがないのである。

 そんな動乱の国際情勢下の日本では、食の安全は比較的進んでいた。しかし、問題は他にもある。

 それは、動物によるインフラや物流への攻撃である。最近の動物はゾンビのように、音のする方向へ突進する傾向にある。そのため、大きな音を出しやすい道路では、至る所で動物との交通事故が発生しているのだ。

 この影響で物流が滞り、物がないという事態が発生する。

 そんな中、このままではいけないと考えた一般人が、猟友会とは別のいわゆる武力組織を作る。特に被害の大きい北海道や東北地方で、人々が団結しているようだ。

 それと同時に、SNSにとある動画が拡散されていた。先の札幌でのヒグマ関連の映像だ。ヒグマが動物愛護団体のデモ行進に突っ込んでいく動画が、「愛護団体のくせに動物に敵対している」という難癖をつけられて炎上しているのだ。これによってSNS上では、動物愛護団体はあてにならないと解釈されてしまう。

 日本動物愛護協会は、釈明の会見を開くのだが、影響は微々たるものであった。

 さらに事態は悪化する。

 栃木県で野生のサルが、車に乗った人々と襲撃する事件が多発したのだ。このサルたちは、道具として石を使用して窓を割り、中の乗員を襲っているという。そのため、鳥獣薬物委員会から注意喚起が発せられる。

 こうした流れを汲んで、内閣は「国民の動物に対する安全確保のための基本方針」を閣議決定。これを基とした法律を制定するため、鳥獣薬物委員会を中心に民間防衛術を策定する。

 これにより、全国各地で組織されている対有害鳥獣武力組織を、正式な民間防衛団体に指定することが決まった。

 この流れに乗るように、吉斗も地元の民間防衛団体、越丸市立狩猟防衛団に加入することにした。もとより、個人的な活動として有害鳥獣駆除を行っていた吉斗にしてみれば、ようやく合法的に薬物中毒の動物を狩ることができる絶好のチャンスである。

 加入から数日。早速出動命令が下る。すでに学校や一部の会社、交通などは機能していない。幸いにも、隣町までの電車は動いていたため、吉斗は電車に乗って移動する。

 最寄り駅から二駅。隣の市にて、薬物中毒になったイノシシの群れが出現したという。

 他の防衛団メンバーは、市内を移動しやすいように自家用車や軽トラで移動していた。残念ながら、吉斗は車に乗ることは出来ずに公共機関での移動となる。

 改札を抜けてバッグを下ろし、中に入っている武器で武装しようとした時だった。

 駅前のロータリーに1匹のイノシシがいた。

「あ……」

 そしてお互いに目が合う。

 次の瞬間、イノシシは吉斗に向かって突進してくる。

「うぉ……!」

 吉斗は左手でフライパンを、右手で包丁を持つと、乱雑にバッグから取り出し、そのままイノシシに対して防御態勢を取る。

 左手のフライパンが先行してイノシシに襲い掛かる。その後ろから包丁が向かっていることを悟られないようにするためだ。

 フライパンがイノシシの頭に命中しそうな時だった。

 イノシシがわずかに突進の軌道を変える。ちょうど吉斗から離れるような状態だ。

 フライパンは端っこのほうが当たり、包丁は完全に外れた。そしてイノシシはそのままどこかへ走り去ってしまった。

「クソ!」

 吉斗はバッグの中からスリングショットと手頃な石を取り出し、イノシシに向けて狙いを定める。

 しかし、イノシシはすでに100m以上離れている上に、区画整理された住宅地に入っていってしまったため、狙撃は不可能だ。

 吉斗は狙うのを止めて、キチンと武装を整える。

 メイン武器は遠距離攻撃用のスリングショット。サブ武器として近接戦闘用のフライパンと包丁を装備する。

 そのまま住宅地の中へと入っていく。

 すでに街中には、防衛団と一緒に行動している警察官と消防士が捜索に入っていた。警察官は慣れない手つきで拳銃を持っている。

 そして三者が協力してイノシシの追い込み、駆除を行う。上空には警察のヘリが飛び、地上と連携しているようだ。

『県道3号線にてイノシシと思われる陰を発見。現在西に向かって移動中』

「この先だとショッピングモールがあるな。そこに追い込もう」

 この連携によって、少しずつイノシシは駆除されていく。

 吉斗も必死になってイノシシを探す。追い込んだ時にはぐれたうり坊でも居れば、吉斗でも簡単に駆除できるだろう。

 そんな中、吉斗はとある十字路に出る。周辺には防衛団のメンバーも、警察官や消防士もいない。

「あちゃー……。一人になっちゃったか……」

 吉斗は現在地を調べるため、スマホで位置を確認する。そんな吉斗の横に近づいてくる一つの影。

 イノシシである。その目は、完全に吉斗を捉えていた。

 イノシシが吉斗に向かって突進する。吉斗はまだ気が付いていない。

 吉斗が視界の端に動く何かを発見した時には、すでにその距離は10mもなかった。

 吉斗は思わず体が硬直する。人間突然の事があると、簡単には動けないものだ。

 そしてイノシシの体重はだいたい80kg。大の大人が時速30kmで突っ込んでくるのだ。直撃すれば全身打撲で重症だろう。

 吉斗はただ、呆然とイノシシの突進を見ているだけだった。

 その時である。

「吉斗ー!」

 吉斗の後ろから誰かがやってきて、イノシシの前に立つ。そして何かを開いた。

 黒い布で出来た傘である。その瞬間、イノシシは突進を止めて、別方向へと逃げていった。

「はぁ、はぁ、間に合ってよかった……」

 そこにいたのは、亜紀であった。傘以外にも、亜紀の父親が使っているゴルフクラブも持っている。

「亜紀……、なんで……」

「吉斗だけ危険な目にあってほしくないの。もし吉斗が死んじゃったら、私どうすればいいの?」

「それは……」

「お願い……。私を置いていかないで……」

 まるで愛の告白のような雰囲気である。吉斗はその問いに答えずに、亜紀の肩を掴む。

「俺はずっと戦い続ける。何があっても。それでもいいか?」

 その言葉に、亜紀は頷いた。

「よし。ならまずはイノシシの駆除に行こう。しばらくはこの辺にいるはず」

「分かった」

「でも、むやみやたらに探すのはよくないな。何か効率的に探せればいいんだけど……」

 周囲を見渡す吉斗。すると、2ブロック先にコンビニがあるのが見えた。

「そうだ。ドッグフードを撒けば、もしかしたら食いついてくるかも」

「可能性はあるね」

 吉斗はコンビニに入り、ペットフードを漁る。横目でコンビニ店員を見るが、しばらく客が来てないのか、レジの奥でスマホを触っている。

 会計を済ませた吉斗たちは、近くの公園の開けた場所ににペットフードを撒き、近くの物陰に隠れる。そして吉斗はスリングショットを構えて、イノシシが出てくるのを今か今かと待つ。

 数分もしないうちに、1匹のイノシシがやってくる。吉斗は音を立てないように、スリングショットを構え、思いっきり引く。イノシシとの距離までおよそ20m。チャンスは一度きりだ。

 頭部を狙って、集中する。息を吸って、一瞬止めた。

 その瞬間、石から手を離す。ゴムの収縮によって石は加速され、そのままヒュンと飛ぶ。

 石はイノシシの頭部の、眼球に命中する。それによって、イノシシは片目を失明し、怒り狂っていた。

「えーい!」

 イノシシの後ろから、亜紀がゴルフクラブのドライバーを振りかざす。真上から振り下ろされたドライバーは、イノシシの首あたりに命中した。

 それによって、イノシシは痙攣状態に陥る。

 その瞬間を吉斗は見逃さなかった。近距離戦闘用の包丁を持って、イノシシの腹部に突き刺す。

 そして力任せにイノシシをめった刺しにする。

 大量の血が流れた事を確認した上で、吉斗はイノシシの首の部分に包丁を当て、足で踏みながら首を落とした。

「これで一丁上がり……」

 そこに、警察官と防衛団のメンバーがやってくる。向こうの作戦も成功したようだ。

 こうして、この街でのイノシシ駆除は無事に終了した。

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