第2話 奮闘

 ノースカロライナ州、ブライソン・シティ。

 グレート・スモーキー山脈国立公園にほど近い場所に位置する町だ。今、この町は未曾有の危機に襲われている。

 国立公園からやってきた、狂暴化したクマや大型動物に襲撃を受けているのだ。

 州知事はすぐに陸軍州兵の出動を決定。今まさに町は戦場と化していた。

「前方500フィート先にシカの大群! こっちに来る!」

「撃て撃て撃て撃て!」

 建物の陰や自動車の後ろから、州兵が小銃で射撃する。

 シカの群れは小銃の発砲音など気にすることなく、近くの建物や樹木に向かって勢いよく頭突きをしているのであった。また、数匹のシカが州兵の存在に気が付き、そちらに全力で走ってくることもあった。

「くそ、これじゃキリがねぇ。おい、アレあるか?」

「こいつか?」

 そういって取り出したのは、M203グレネードランチャーである。通常はM16自動小銃の下に取り付けて使用するものだが、単体での使用も可能だ。

 そのグレランを構えた数名の州兵が並び、シカの群れに対して射撃する。

 有効射程内であるため、十数匹が一斉に攻撃を食らう。

「やっぱり火力は正義だぜ」

 しかし、それでも簡単に死んではくれない。直撃でないシカは、いくら血が吹き出ようがお構いなしに突撃を敢行する。

「クソッたれ!」

「バンザイ・アタックはもう勘弁だぜ!」

 そういったシカに対しては、小銃で攻撃すれば簡単に死んでくれる。問題は、そんなシカが数千頭単位で町に押し寄せてきていることだ。

 さらに問題は続く。

「不味い! グリズリーだ!」

 ハイイログマが、その巨体を揺らして突撃してくる。

「こんな所にいるなんて聞いたことないぞ!」

「とにかく撃て! 何としてもここを死守するぞ!」

 問答無用で射撃する。いくら胴体に命中した所で、止まる気配はない。幸いなのは、全く避けずに正面から突撃してきていることだろう。そのおかげで、脳天目掛けて射撃ができる。

「まさか現代装備で第二次大戦末期のような戦闘をするとは思わなかったな」

「あぁ。せっかくの次世代装備も台無しだぜ」

 マガジンの入れ替えをしている兵士二人が、このようにボヤく。

 まるで荒れ狂った濁流の如く押し寄せてくるため、あらゆる方向に向かって攻撃が行われる。

 中には弾の撃ちすぎで、弾切れを起こしている兵士もいるようだ。

「畜生! こんな時に限って!」

 兵士の一人がそんなことを叫ぶ。

 そんな中、状況を重く見た小隊長が、あるものを前線にもってくる。彼ら州兵を乗せてきたM2ブラッドレー歩兵戦闘車だ。

 25mm機関砲が火を噴く。命中すれば即死の弾丸が、雨のように発射される。タンタンタンと心地よい音が、命と引き換えに散っていく。

 命中すれば肉体ははじけ飛び、体は半分にもなる。それでもなお、動物たちは動こうと必死であった。

「一体何が、彼らをそこまでして動かしているんだ……?」

 小隊長はそんなことを呟く。

 それに、数千単位のシカの群れは、やがて町全体に浸透していく。そうすれば、州兵とも鉢合わせする状況も増える。

 そのため、残念なことに戦死者も出てくるのであった。

『こちら第3分隊! 分隊長が戦死した!』

『第7分隊、すでに3人死んでる! 撤退する!』

『第1分隊から小隊長へ! 北の国立公園から多数の小型動物が雪崩のように押し寄せてきます!』

「不味いな……。このままじゃ、この町は陥落するぞ……」

 小隊長が最悪の事態を想定する。

 全滅だ。それだけは何としても回避しなければならない。

 次々と被害報告が入るなか、無線を聞いていた一人の兵士が叫ぶ。

「ただの鳥獣駆除だと思っていたのに、これは一体なんなんだ! あいつらは化け物だ!」

 その通りだろう。まるで痛みを感じないように出来たサイボーグか何かに感じる。

「悪夢そのものだな……」

 小隊長は諦めに近いような気分になっていた。兵士の指揮は削がれ、弾は尽き、やがて数の暴力によって死んでいくのだろう。

 そのような無力さが、今目の前で繰り広げられていた。

 その時である。

 司令部から通信が入る。

『司令部より第1歩兵大隊第4小隊へ。24分前にシーモア・ジョンソン空軍基地から合衆国空軍のF-35戦闘機群が爆装して離陸。ブライソン・シティに向かっている。爆撃予定時刻まで残り12分35秒。直ちに町から離れ、爆撃に備えよ』

「なんてこった……!」

 小隊長はすぐに無線を取る。

「司令部より通信! 合衆国空軍が爆撃を敢行する模様! 直ちに町から離れろ! 死体は置いていけ!」

『嘘だろ!?』

『クソッたれ!』

 前線を張っていた兵士たちは、射撃を続けながら後退する。

「撤退急げ! 残り10分もないぞ!」

 比較的後方にいた州兵は、各々歩兵戦闘車に乗り込んで撤退する。

 一方で前線にいる兵士は、なかなか撤退することが出来ない。

「畜生……畜生! こんな所で死んでられるか!」

 仲間がクマに食われ、自暴自棄になっている兵士。そこに他の分隊の隊長と部下がやってくる。

「おい、お前! 自分の隊長は!?」

「もう逃げちまったよ……。クソ野郎に仲間が食われちまった……。俺もここで死んじまうんだ……!」

「馬鹿言うな! 仲間は必ず連れ帰る。そのためにも、お前は逃げるんだ! 今から俺の指揮下に入れ! 返事は!?」

「……ラジャー」

 そういって前線にいた兵士は走り出す。

 それに合わせるように、シカやクマの大群は町の中心部へと攻め込む。まるで、何かの意思に従っているように。

 そんな中、兵士は最後の最後まで踏ん張ろうと銃撃を続ける。

「急げ! 爆撃まであと3分だ!」

 爆撃まで時間がなくなると、もはや射撃をしている場合ではない。持っている手榴弾を投げ捨てながら、全力疾走で町から離れる。

 一方、空軍のF-35戦闘機群は次第に目的地へと近づいていた。

『隊長機より各機、まもなく爆撃ポイントに到着する。JDAM投下準備』

 F-35のウェポンベイが開き、GPS誘導に設定されたJDAMが露わになる。

『投下5秒前、3、2、1、ナウ』

『GPS誘導開始』

 数十発の爆弾が投下された。その情報は地上にも伝えられる。

『空軍のF-35が爆弾を投下した! 総員爆撃に備え!』

 しかし、とある分隊はまだ町から1kmも離れていなかった。

「急げ! こっちの建物の陰に隠れるんだ!」

 建物の陰に隠れると、兵士たちは耳と目を塞ぎ、口を開く。

 誘導されている爆弾は、重力に逆らうことなく、空気を切って落下していく。

 そして動物たちの群れの中へと飛び込む。

 その瞬間、閃光と爆音が響き渡る。爆風によって、動物たちは血を含んだ肉片と化していく。

 建物の陰に隠れた兵士たちは、爆音と爆風に耐えていた。

 ほんの数秒の出来事だが、兵士たちには何分もの出来事に思えるだろう。

 そして静寂が訪れた。

「……終わったのか?」

 分隊長が目を開けて、状況を確認する。

 町の中心部から黒と白が混じった煙が上がっているのが分かるだろう。

 ちょうどその時、1輌の歩兵戦闘車がやってくる。どうやら迎えに来てくれたようだ。

「町の様子はどうだ?」

「今ドローンで様子を確認している。場合によってはもう一度町に入る必要があるぞ」

「クソ野郎どもがいなくなってればいいんだが……」

 ドローンで確認した所、町の中で動く動物はなく、直径数メートルのクレーターと建物の破片、そして動物の肉片が転がっているだけだ。

 結局、町の再建のために、州兵は再び町に入るのだった。

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