第3話 判明

『……続いてのニュースです。連日、全国の動物園や水族館などでの動物の狂暴化があとを立ちません。また、動物を飼育している各施設や、保護施設などでも、同様の問題が出てきています』

 今やどこの局でも、同じような話題が持ち上がる。

 アメリカのノースカロライナ州で起きた事件は、一般人にはそれほど大きな不安を煽ることはなかったが、動物と接する機会の多い人々にとっては大きな話題となった。

 実際、ある日を境に狂暴になった。その原因が何なのかは未だ不明ではあるが、飼育員たちは命の危険を感じていた。

 先のニュースにもあった通り、動物が狂暴化するのは動物園だけでなく、水族館でも同様だった。このニュースでは、イワトビペンギンの群れが飼育員を襲い、飼育員を死亡させたことを報じている。

 そのような中、まず動いたのは日本動物愛護協会だった。

『まずは、全国で狂暴化し、亡くなった動物たちのご冥福をお祈りします。……さて、今回会見を開いたのは、この狂暴化した動物たちに対する接し方や、今後の私たちの方針について話したいと思います。今、日本だけでなく、世界中の動物たちが狂暴化しています。彼らは被害者なのです。我々は全ての動物たちを愛しています。そのために、まずは動物たちの本音を聞き取ってください。彼らは警告しているのです。人間のエゴで、動物たちが犠牲になっている現実を、どうか、どうか目を背けずに見てください。そして、これからの私たちの活動ですが、まずは関係各所に出向き、今回の事件を追及しようと考えています』

 この記者会見が行われた数時間後、環境省が会見を開く。内容は日本動物愛護協会と似たような内容である。

『現在全国各地で発生している動物による狂暴化事件ですが、現在環境省を中心に関係各所と連携を取って原因究明を行っている所です。原因としましては、不明な点も多く、また世界各地で同時多発的に発生していることから、今後は外務省とも連携を取る必要も出てくると考えられます。国民の皆さんにおかれましては、過剰に恐れることなく、普段通りの日常を過ごしていただきたいと思います』

 この会見で、原因は何も分からず、説明責任を放棄したとみなされて、野党から軽く追及を受けるのであった。

 こんなことをしている間にも、全国各地の動物を扱う施設は封鎖や臨時休業を余儀なくされていた。休業中の人件費や維持費の問題も浮上し、国会では臨時の予算委員会を開いて予算の確保に動くことになる。

 そんな中、一般財団法人日本生物科学研究所が調査に乗り出す。

 まずは狂暴化した動物たちを、映像を使って観察することから始まった。特に動物園で撮影された対象の映像は、貴重なサンプルになる。

 まずはチンパンジーの映像だ。人が全くいない状況下では、チンパンジーは非常に大人しく見えるだろう。だが、餌の時間が近づくにつれて、だんだんと狂暴さが増していく。最終的には、飼育ゲージの中にある道具を乱雑に振り回したり、壊したりしている。そこに餌を持った人間が入ってくると、これまで以上の激しさでゲージ内を飛び回り、人間に危害を加えようとしている。そして餌を食べると、一転大人しくなって、その辺でゴロゴロしだすのであった。

 基本的な行動は、これの繰り返しであった。夜寝ている間は静かであるが、途中で覚醒し、暴れまわる事もしばしば。

「これは何か様子が変だ」

「まるで悪霊にでも憑りつかれたみたい」

 研究者はこのような意見を残している。

 次に研究者たちが行ったのは、死体の検死である。死体となった動物たちの検体を全国から回収し、調べるのである。

 この作業は細心の注意を払われて行われた。もし、動物たちの異常行動が未知のウイルスや感染症であった場合、人間にも感染する恐れがある。輸送には、バイオセーフティレベルにおけるリスクグループ3に相当する処置が取られた。

 また、複数のバイオセーフティレベル3の研究所を使って、検死が開始される。

 まずは外見の調査だ。

「全身傷だらけだ……」

「主に引っかき傷のようですね」

「映像で見たチンパンジーも、似たような動作を取っていたな」

 全身の観察が終了すれば、次はCTスキャンである。隅から隅まで撮影する。

 得られたデータから臓器の3Dモデルを生成して、また観察する。

「消化器系の臓器には何も変化が見られないですね」

「肺や腎臓も特に変わったところは見受けられません」

「脳だけちょっと歪な形をしていますが……」

「物理的な衝撃でも加わったのだろうか……? いや、それにしても不自然だ」

「それに、全国の動物園で発生している点から見ても、衝撃で脳が変形したとは考えにくいですね」

 ここでも原因は不明のままだ。

 最後に、検体から体液を採取し、検査に回す。体液は、唾液や血液、残っていれば尿を採取する。

 少量の試料から、ありとあらゆる検査を行う。ウイルス検査、薬物検査、PCR検査を経て、少なくとも正解と思われる答えに行きついた。

「分析結果に反応ありました! 薬物中毒の可能性が高いです!」

 その結果に驚く者もいれば、納得する者もいる。

「薬物中毒……。具体的にどのような種類か判別はついたか?」

「合成麻薬のようですね。オーバードーズとまでは行きませんが、かなりの量を摂取していると推測されます」

「分かった。……さて、どう報告したものか……」

 研究所の主任は悩んだ挙句、環境省と農水省の各部署に連絡することにした。

 これによって、環境省と農水省の担当部署が話し合いを設ける。全世界で発生している現状と、国内での薬物汚染の状況を鑑みて、各省庁の連携が必要と判断した。

 現状では、まだそこまで多くの情報は集まっていなかったが、日本生物科学研究所からの情報が続々と上がってくる。その結果は、どれも薬物による中毒死の可能性が濃厚であると結論付けられている。

 日本生物科学研究所からのレポートは内閣まで上がり、早急な対策が必要だという声が出てくる。

 同時期に、世界各国の保健機関などから、動物から薬物が検出されたというニュースが飛び交うようになった。

 そして最終的に「鳥獣における薬物汚染の拡散防止を目的とする対策委員会」、通称鳥獣薬物委員会が発足することになったのである。

『世界各地で発生し続けている薬物中毒の動物たち。一体何が原因なのでしょうか』

 連日ニュースの目玉となったこの事案は、のちに大きな影響を及ぼすのであった。

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