第二章
公平ではなく平等に-1
「───ぁ」
目が、さめた。
ここまでパッチリとしているのは久びさだ。ただ、まだ頭は回ってないらしい。
軽いずつうが残っている……それに全身が
道路で倒れたはずなのに布団を被っているのは……多分、二人が運んでくれたんだろう。
「……お。目覚めたか」
「っぱそうだよな。おはよう、カゲ」
ベッドの横で椅子に座っていたカゲが「うぃ、おはよう」と手を振る。どうやら俺の予想は当たっていたらしい。
「何時間気絶してた?」
「5時間。待て……立ち上がる前に、上半身を起こして少し休んで。
脳がイカれてるらしいからな。今のお前は。ぶっ倒れるぞ、立ちくらみで」
「あ、あぁ……」
布団を退けて起きあがろうとしていた所に釘を刺された。
なんで俺以上に俺の体調に詳しいのかはわからんが……まぁどうせ“勘”だろう。言われた通り、一旦上半身だけを起こす。───と、いっしゅん、意識がゆがんだ。
……うん。やっぱり従って良かったな。そのまま立ち上がれば倒れていた。
「……そうだ、サラとつぼみは?」
「サラは面倒見てる、ソファーで。あの子の。
んで俺が送った。つぼみの方は。家まで」
「そうか、本当に助かる」
とりあえず、つぼみは巻き込まずに黒幕?も確保できた。黒幕候補であるあの少女が何をするかわからない以上安心はできないが、サラが見ているなら致命的な事態にはならないはずだ。
なんとかやっと休むことができそうで、ホッと一息つく。と、息も落ち着いてきたのでそろそろ起き上がることにした。
「うぉ───っと」
「本調子じゃないな、まだまだ。よく無事だったな、というか」
「それは俺も驚きだ。あんな気絶の仕方しといてこれだけで済んでるのが不思議なぐらいだよ」
思いっきり脳を酷使して、ほぼブツ切りレベルで脳回路ごとシャットダウンしたのに後遺症としては軽い頭痛と全身の倦怠感だけだ。あぁいや、立ちくらみもあるか。
まぁ、そこら辺はサラに聞けばある程度はわかりそうな気がする。というかそれ以外にも色々聞きたいことがある。
少し目眩が落ち着くのを待って……それからドアを開けた。
リビングのソファーに目を向けると、落ち着いた表情で寝息をたてている灰色の少女と……膝枕をしながらその頭を優しく撫でる、緋色の女がいた。
「……───あ! 起きたのね!」
「おはよう、サラ。そんな声出してソイツが起きても知らねぇぞ」
「大丈夫よ。予め防音魔術をかけておいたから」
「あ、そう……」
なんだかこう、ツッコむつもりだったのが冷静に返されると少し困ってしまうな。
……まぁ、それはいいか。
「それで、大丈夫なの? 体調とか」
「軽い頭痛と全身が
……というか、むしろ体調に関してはお前の方が詳しいと思ってたんだが」
「そう言われても、心の色から生じる異能は人によって症状も異なるし、その中でも特に“解変”は前例が一つしかないから……それも知る限りだと名前しか明らかになってないし」
「あぁ、ね。じゃあ症状が軽い理由については一旦置いとくとしよう」
わからないことについて色々考えていても仕方がない。今はあまり頭も使いたくないしな。
それならと、別のことについて聞くことにする。
「ちょっと質問攻めにするぞ。覚悟はいいな?」
「えぇ、いいけど……むしろ貴方の方が大丈夫? 頭はあまり使いたくないんじゃなかったの?」
「頭痛が酷くなり始めたらそこで切り上げるよ。
それじゃ早速一つ目の質問だ。───その子が「人間」ってのは……本当か?」
「えぇ、半分本当よ。半分違うけど」
「……あ?」
言っている意味がわからない。
コイツが“人間”なら殺しはしない。コイツが“
「今は寝てて目を閉じてるからアレだけど、この子の眼、
それって普通はありえないのよ。彩化物の眼は絶対に赫色なんだもの」
「……あ、」
言われてみれば、確かにこれまで見てきた彩化物の眼は全て赫かった。死に際のフローゼンの眼は蒼くなってたような記憶があるが……多分、俺の記憶違いだろう。サラが間違ったことを言うとは思えないし。
「けど、この子は彩蝕世界を使ってたぞ。情報を消すなんてこともしてた。
普通の人間、それも子供にそんなことができるか?」
「貴方も似たようなことやってるでしょ。制御できてないだけこの子のが自然よ」
「なんだその“制御できてるお前はおかしい”みたいな言い草」
「そういうわけじゃないけど……まぁでも、その子は完全な人間ってわけでもないから、そういう意味では貴方の言っていることも正しいわよ。だってこの匂いは確実に彩化物だし、人間だったらこの体で時速30km以上で走るなんて無理よ。“半分”ってのはそういうこと」
「な、なるほど……」
……つまり、どちらとも言い切れないと。なら一旦判断は保留だな。
他の情報からどうするかを考えるべきか。
「まぁでも、な〜んかおかしいのよね。通常こういうのって彩化物になろうとしている最中の症状のはずなのに、この子は性質として“
眼の色や人を殺してないってのは彩化物の特徴としてはおかしいんだけど、匂いや身体能力、それに再生力は明らかに人じゃないし」
「あ、それだ。聞きたかったこと二つ目。
その子が人を殺してないって、どういうことだ?」
突然増えた行方不明者と大量の血痕、そして情報を喰らう濃霧。どう考えてもその子が殺しているのは間違いないはずだ。
「俺が説明するよ、それに関しては」
「影狼が?」
「おう。というか、調べてたからだな。遅れたのは」
そうか。そういえば、調べ事があるとか言っていたな。
引っ掛かることがあるとか言っていたが……それが、これのことか。
「大量の血痕、壁のシミだけなんだと、残ってたの。厳密にはな。
要は逆算だ。成分とかからの。まず、おかしいだろ? それは」
「たしかに、そうだな」
死体が残ってないのはともかく、血すらもないのはおかしい。
血痕が見つかっている以上、誰かが通報したんだろうが……そうだとして、それから到着するまでの間に血が消えたってことになる。
「それに加えて、だ。調べてみたら、残ってたんだよ。これが、現場にな」
そう言って、影狼は小さなビンを取り出した。
中には白い……灰のようなものが入っている。
「もしかして、これ───」
「───彩化物の死骸ね。まさか現場に残ってるなんて思わなかったわ」
「悪かったからな。風通しが。でも20箇所回ったかな。見つけるために」
「20箇所……」
それだけ回ったのなら、かなり遠くまで行ったはずだ。俺ではこの街より外のことを調べるのに向いていないため、毎度のことながらかなり助かる。
───と、それはともかく。その灰があるってことは……つまり───
「そ。彩化物のものだ、血痕はな。
数も一致してるし。血痕の。行方不明者と」
「つまり、よ。この子は人じゃなくて、彩化物を殺してたってこと。
一応私のツ……同僚にも調べさせたけど、ここ数日で死亡した“人間”は全員死亡した原因や経緯が分かってるから、本当に彩化物だけ殺してたみたいね」
「な、るほど……」
たしかに、筋は通っている。
この子が人を殺していないと言える根拠は山ほどあり、逆に殺してると言えるような根拠はほとんどない。影狼が言ってる以上、人を殺してないのはほぼ確定でいいだろう。
ただ……そうなるといくつか疑問が残る。
「話を聞いてる限りじゃ、その子が殺してる可能性は確かに低そうだ。
けど、その子は俺とつぼみを狙ってきた。人を殺してないんだとしたら、なんで俺たちは狙われた」
「ん〜多分だけど、心の色で人かどうかを判別してたんじゃないかしら。
貴方は言わずもがな、あの女の子の色も結構ハッキリしてたし」
「なるほど……じゃあ、この子は心の色が強い人だけに狙いを絞って血を吸ってたってことか」
「いや、それは違うわ。彩化物は彩化物の血を吸えないもの」
「え、そうなのか?」
「えぇ。お互いの色が強すぎて、色が上手く混ざらないの。
わかりやすく言うと多重人格になるわね。それにそもそも普通は拒否反応が出るから、まず吸う吸わない以前に“吸えない”わ」
「なるほど……じゃあ余計に、なんで彩化物だけ狙ってたんだ?」
「人は殺したくなかったんでしょ。それ以外はあったとしても特に思いつかないわ」
「……んん?」
ちょっと待った。何か会話がズレてる気がする。
彩化物だけを狙う理由に「人は殺したくなかった」って……それ、説明になってなくないか?
「彩化物って、色を混ぜて黒に近づけたいから血を吸うんだろ? 人を殺したくないからって吸えない相手を殺すの、なんかおかしくないか?」
「あぁ、そういえば言ってなかったわね。
彩化物にとって、血を吸うのと殺すのは別の話なの。血を吸うのは色を混ぜたいからだけど、別に吸う吸わない関係なしに、彩化物は何かを殺さないと生きられない生物だからね」
「殺さないと生きられない……?」
「えぇ。動物が
別にそこに目的や思考は関係ないわ。だから“彩化物だけを殺したかった”じゃなくて“人を殺したくなかったから彩化物を殺していた”って可能性の方が高いのよ」
「なるほど……」
それならその表現もわかる。
しかしそうか……彩化物は殺さないと生きられない、と……正直よくわからないが、彼女の言い方からして、そういうものだと受け入れるしかなさそうだ。
───と、
「____─_?」
「おっと」
瞼を擦りながら、少女が起き上がった。
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