煙に巻かれて-7

「──────っ!」

 刃を弾き、追撃へ繋ぐ。

 灰色も緋色も景色の外へ出ていくせいで詳しい状態はわからないが、それでも緋色の軌道は少しずつ正確になってきていると感じた。


「んぁー! 今の当たったでしょって! 絶対あたった!」

「あんま叫ぶな頭が痛む!」

「ごめんなさいね、でもアレどう見ても避けてるわけじゃないのに当たらないの!」

 「“でも”も“なに”もあるか!」そうキレかけ、締めつける痛みに遮られた。

 かれこれ10分近く戦ってるが、その間ずっとを張っていたせいでもう俺の頭は限界だ。その証拠に、景色を剥がすように霧が漂い始めている。


「避けてないのに当たらない。でも攻撃の軌道が変化してるわけでもない。

 そうなると……OK。なんとなく絞れてきたわ」

「本当か!?」

「ええ。あれはおそらく……を利用しているんじゃないかしら。

 “大体あそこにいるはずだけど、どこにいるかはわからない” “だから、どこにいてもおかしくない”。多分、この論理を適用してるのね。さっきからやってる高速移動もこれの応用でしょ。でも攻撃された瞬間は弾けてた。だから───」

「……! ───っ危ない!」

 咄嗟に ナ_フ を蹴り飛ばす。景色が薄まってきたからか、周りの認識が難しくなってきた。

 その影響で、 __だれか の情報にもノイズがかかり始めている


「すまんがもうキツい! やれるならさっさと頼む!」

「はいはい。要はそういうことだから……佐季、次の攻撃は防がずに、その『解変』の凝縮、そして維持に全力を使いなさい」

「解変の、凝縮……?」

 つまるところ、景色の範囲をもっと狭めて効果を上げろってことだろう。しかもその上で「維持しろ」ときた。

 正直、そんなことをすればぶっ倒れること必至なんだが……でも───

「───勝てるんだな?」

「えぇ。少しだけ、博打にはなるけどね」

「じゃあ、わかった」

 俺は武器を握る手を緩め、心臓のあたりに手を当てる。

 景色の範囲を狭め3mより外側は切り捨てた。薄れかけていた景色を根性で再度描く。頭痛が加速するがあと少しの辛抱だ。歯を食いしばり全力で集中する。


 俺の横で緋色が凝縮されるのを感じた瞬間、真正面から、灰色の だれか が迫ってきた。

 このままだと1秒もせずに俺は殺されるだろう。だが武器は構えない。俺は対応しない。

 代わりに───




「『レディ・メイド』」


「───_!?」




───が だれか を


「まずは一発ぅ! やっぱり、思った通りね!」

 灰色はすぐに逃げたみたいだが、それでもその場に血が残ったことからおそらく攻撃は当たったらしい。

 ついに上がった反撃の狼煙に、思わず笑みが溢れる。いや、ダメだな。まだ喜ぶには早い。集中しないと。

「“どこにいるかわからない”から“どこにいてもおかしくない”。シュレディンガーの猫の応用かしら。多分無意識レベルで使いこなしてるんでしょう。“自動発動”のようなものね。だからどれだけ“速い”攻撃でも避けられる。でも───」


 再度、灰色が俺へ迫ってくる。先ほど貫かれたばかりなのに攻撃を仕掛けてくるのは勇気があると言うべきか、それとも無謀と言うべきか。

 どちらにせよ、こちらにとってはありがたいことだ。今度も、灰色は緋色に傷をつけられた。


「……当たらないのが“どこにいてもおかしくない”という原理なら、“”もしくは“”って状況を作ればいい。

 前者は範囲攻撃しかないけど、そうなると周りも全部巻き込んじゃうからね。だから狙うのは後者。

 佐季が攻撃される直前だけはピンポイントで迎撃できた───つまり、『場所の不確定』がなくなっていたから、その瞬間を狙うことにしたの」

……正直、彼女の言っていることはほとんど耳に入っていない。が、これも集中するためだ。どうせ彼女も俺が聞いてるとは思ってないだろう。




 流石に二度も反撃を喰らって警戒し始めたのか、灰色の姿が見えなくなる。

 一見するとこちらのが有利だが、このまま持久戦に持ち込まれると勝ち目はない。

 というのも、シンプルな話で。俺がダウンした瞬間、この反撃方法は使えなくなる。

 サラの話を聞いている余裕がないので詳しい原理はわからないが、少なくとも俺の解変がキーになっていることは確かなはずだ。つまり俺が倒れれば一気に作戦が瓦解する。

 であれば、勝負はできるだけ早く決める必要があり───それには、彼女もとっくに気づいているようだった。


「……次の攻撃、『場所の不確定』がなくなる瞬間。

 その瞬間、後ろへ一歩下がって」

「なるほど?」


 指示の意図はわからないが、彼女には何か考えがあるはずだ。

 仮に意図を聞いたところで、この頭じゃどうせ理解はできないだろう。それなら、その指示に従うだけだ。

「私も集中するわ。タイミングがね、おそらくギリギリだから」

 そう言って彼女は構えを取る。目は閉じているが、それでもシルエットでわかった。

 勝負は一発。これを失敗しくじれば恐らく、勝ちの目は限りなく低くなる。

 ズキズキと侵食する痛み、じわりと垂れてゆく汗をえ、その瞬間を待つ。

 そうやって、待ち続けて───











──────灰色が、映った。


「───っ!」

 軌道は先ほどまでと同じ。それしか知らないのか、真っ直ぐと、俺の心臓目掛け向かってくる。

 随分と御有難い事だ。それであれば、俺も安心して躱せる。

 ギリギリまで引き寄せ、そのナイフが俺の胸に触れて、が見えた瞬間───ようやく一歩、足を引いた。


「『テンペラ』」

「───……_!?」


 頭上より、緋色の檻が着弾する。

 それは灰色を囲うように、ちょうど俺のつま先から5mm程度離れた位置まで巻き込んで突き刺さった。

 ナ■フは檻に阻まれ、あと、届かない。


「───_! ────……」

「本日二度目の博打、なんとかせいこーぅ」


 ¿は敗北を悟ったのか、檻の中で大人しくなる。

 対してサラは、達成感にありふれた声で嬉しそうに笑った。


 なにはともあれ、これでやっと決着だ。あの日の蒼白フローゼン程ではなかったが、それでも大変な戦いだった。やっと休憩ができると、俺は景色を閉じるため一呼吸つく。


「ふぅ───」

「あ、待って佐季。こいつの正体を見たいから、もうちょっと踏ん張れる?」

「は……よし。少しだけ待ってくれ」


 サラが檻に触れながら聞いてきた。つい文句が出そうになったが、締め付けるような頭痛に言葉が途切れる。無駄に色々考えたところで頭が更に痛くなるだけだと悟り、ここは大人しく従っておくことにした。

 なるだけ灰色が鮮明になるように、位置を絞って、景色を再構築する。


「ん。ありがと。……あ〜やっと輪郭が見えてきた!」

「……ンぐ」


 頭痛で途切れそうになる景色を、気合いで繋ぐ。

 正直一回落ち着いたせいで集中ができない。さっきまでのように上手く繋がらないのを必死に頑張ってるが、まぁ、頭痛もあってかなり辛い。


 それでも、あと少し。あと少し頑張れば本当に終わる。そうすれば休憩も存分にできるだろう。その思いだけで、最後にもう一踏ん張り気合を入れた。


「お、ハッキリしてきた。あぁ、そういうタイ───え?」

「───!!」

「……? おい───」


 瞬間。サラの声と呼応するように、緋色の檻が緩む。

 灰色はその隙を見逃さんと飛び出し───











───ブツリと、無線からノイズが鳴った。











「───ぁ」


 瞬間、脳裏によぎる。

 咄嗟にこの目を開いて、あたりを見渡した。景色を閉じるなと言われた気がするが、そんなことは今どうでもよかった。


 どこだ。サラが死───いや、ダメだ。その言葉は違う。サラが“やられた”なんて、そんなことあるはずない。

 だから、少し見渡せば……どこにも、彼女の姿がないことが……わかって……


「ま……ちがう、まて。ゃ、いや、違う」


 彼女は死───やられてない。いくらなんでもいきなりすぎる。いや、というか。だって、そうしたら、むしろ……残るだろ。

 その辺に倒れてるはずだ。だからそうじゃない以上、絶対に───







「ぁ……ぃや……」


 ちがう。ちがうだろ。まて、そうときまったわけじゃない。


“でも、檻の残骸すら消えてるのはおかしい”


 ちがう。ちがうんだって。べつにこれまでもきえてただろ。たぶん……いや、きっとそうだ。そのはずだ。だからこれはちがうはずだ。

 たのむ。はずれてくれ。なんでいやなことばっかうかぶんだ。






「──────…………」


 ?◇¿だれかが、こっちをみている。

 なにみてんだ。さらはどこにいったんだ。まさか、ほんとうに───




「───殺すか」


 あぁ、そうしよう。殺そう。

 相手は彩化物いぶつだ。人間にちじょうじゃない。じゃあ殺しても問題はない。俺の日常サラを壊したんだ。それ相応の報いが必要だろう。


「!! ───……!」


 ■/◇だれかは霧に紛れて消えた。なるほど、逃げるつもりか。


「『

 逃してなどやるものかよ。真っ黒に塗り潰して、そして殺してやる。

 世界を黒に沈ませる。頭痛が邪魔だ。脳回路を切断し、対象だれかに集中する。


───視えた。 だれかアレ だ。


 こっから78m67cm先。一度動きを止めてから約5秒後、秒速8.66mでこちらへ向かってきた。

 元々逃げるつもりだったが、俺が黒を展開したことで予定を変更したか。想定外だが

  だれか の武器は ナイフ 。……まだ微妙に霧が残っているな。まぁいい。相手の輪郭はボヤけているが、さして障害にはならん。


  だれか は真っ直ぐ向かってくる。目標はおそらく俺の心臓。

 武器は構えない。両手が空くように、結晶へ戻してズボンに仕舞う。

 残り距離は32m90cm。 だれか はこちらを撹乱する目的か、ジグザグに動き始めた。

 無駄なことを。もう景色は視えている。俺はただ決まったタイミングで動き、殺せばいいだけだ。


 残り12m31cm。約1秒半後、 だれか は心臓に届く。

 だから、ここだ。


「───_!?」


  だれか が俺に触れる一瞬。ようやくハッキリとした輪郭を元に、右手での首を掴む。

 足を引っ掛けて押し倒し、もう片方の手でナイフを取り上げ、天高く掲げた。

 そして、これから取り除く“異物”を見据える。そこに居たのは───






「───こども?」

 怯えた顔で震えている、藍鼠色あいねずいろの髪をした少女。

 小学三、四年生くらいであろう身長に、ボロボロの服を着ている。

 なるほど。これなら確かに驚くはずだ。だが、彼女が人間ではないいぶつである以上、許す理由はない。だってあかい眼は彩化物きゅうけつきの象徴だ。彼女の目は赫と黒の異色目オッドアイになっている。


「───! ───_!」

 必死に叫んでいるみたいだが、声は聞こえない。輪郭が見える程まで黒く塗り潰したが、からだの中までは流石に届かないらしい。かろうじて残った霧が声を喰らっている。

 つまり喉を潰すまでもなく、遺言は吐けない。非常に楽で良い。俺のサラたいせつなものを壊しといて遺言を残すなんて綺麗な死に様、許されるはずがない。






 な に か い わ か ん を か ん じ る が 、 も ん だ い は な い は ず だ 。






「…………っ!」

 ついに、ナイフを振り下ろす。

 心臓目掛けて。一直線に。

 ギラつく刃先が、その胸に触れる。


───赤い鮮血が、ナイフを濡らした。

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