煙に巻かれて-5

「それじゃまず、私が調べてきた情報の共有からしましょう。

 例の血痕と行方不明者たちのDNAが一致した件はまぁ予想通りだから置いておくとして……あの霧についてね。

 私のツテ─同僚に調べてもらった感じ、やっぱり過去に似た例があったのを見つけたわ」

「本当か!?」

「えぇ。その例というのが、今から大体800年ほど前に存在したと言われる固有色、『藍紫色らんししょく月煙げつえん』の霧。

 今回の霧も月煙の霧も、“中で発生した情報を消す”というのが共通してるの。今回の事件で血痕以外の情報が一切ないのがその根拠ね」

 彼女はそう言うと、“No Date”の文字をホワイトボードに書き込む。

 落書きのように「ワカンナイヨー」と頭を抱える小人が描かれているのは彼女の茶目っ気だろう。というか、意外にも絵を描くのが上手くて驚く。


「たしかに同じものなのかもしれないが……血痕以外の情報がない、ってぐらいなら“情報を消す”性質がある根拠にするには弱いんじゃないか?」

「犯人の情報とか被害者の情報とかならまだしも、のよ。周りが見えなくて混乱した、音がしなくて怖かった、そういう情報しか出てこないの。

 あの霧、見たからわかると思うけど確かに視界が悪いとは言え一寸先も見えない程濃くはないでしょ?」

「確かにそうだったな」

「それに、あの“だれか”の存在が証拠になるんじゃないかしら。見えてるはずなのに輪郭がわからないのは“情報が消されている”からだと予想しているわ」

「……やっぱり、そうだよな」

 彼女に反論してはみたものの、実は薄々俺もそうは感じていた。

 しかしこれでしっかりと根拠がある考えだと言うのはわかった。ならば、ある程度は安心して聞くことができる。


「それじゃあその、『藍紫色の月煙』って奴が今回の犯人なのか?」

「普通に考えれば、それはないと思うわ。明らかに霧のし、何より月煙は600年ほど前にらしいから」

「死亡した……?」

 “二つの霧は性質が一致する”と“二つの霧は違うモノ”という、一見矛盾した情報を並べられ困惑する俺に対し、彼女は申し訳なさそうな顔をした。

「ごめんなさい。私が生まれるよりも前の話だから、そこら辺は詳しくないの。

 聞いた話によると何者かに殺されたらしいけど、目撃者がいたわけじゃないし真相は不明ね。

───あ、色の部分は少し言い方が悪かったわね。藍紫色って言うのは所謂シアンみたいな色のことよ」

「シアン……あぁ、色の三原色のヤツだな。水色というか、明るい青みたいな色の」

「そうそう。それで今回の霧が灰色……アレは厳密には藍鼠色あいねずいろになるかな。まぁなんにせよ、系統は同じにしろ明らかに明度と彩度が違うわ。

 たくさん血を吸ったにしろ、そうなると彩度が下がってるのが少し引っかかるわね。色ってたくさん混ぜると黒に近づくけどちょっとやそっとの血じゃ色は変わんないし、そこまでたくさん吸血しといて黒よりも灰色に近いってのはありえないからね」

「そうなのか?」

「えぇ。黒くなるまで色を混ぜといて、黒より薄い灰色になることはないわ。

 血は基本的に吸ったら色が混ざりっぱなしになるから、取り除いて元の色にするなんてことは至難の業よ」

「そうなのか……」


 その言葉で、ふと、蒼白色ののことを思い出す。

 彼は長年かけて混ぜ合わせた黒色を使って、かつての大切なきおくを蘇らせた。そのためには一度吸ったを、わざわざ分ける必要がある。

 彼が“蒼白”のままだったのはつまり、常にソレを続けていたからだろう。サラの言い方からして、それは相当難しいに違いない。

 彼の“情熱”に関しては、この身を以て味わったからこそわかる。アレは並大抵の存在には想像すらできない程熱かった。アレだけの情熱があって初めてできる事なんだ、そりゃあ、確かに普通はありえないと考えて良いだろう。


「……オッケー。わかった、俺もそれを信じる。

 けどそうなると、その話を聞いても参考にできなくないか? 彩化物の持つ能力って、本人の心の中にある感情が元になるんだろ。なら、いくら似ているにしろ別人の能力を参考にするのは難しいんじゃないか?」

 彼女の話に納得したところで、新たに湧いた疑問を投げつける。

 感情や記憶が能力の根本に反映されるのはこの前聞いた話だ。ただそれ以上に、蒼白色の彼との戦いで俺はそう確かに感じ取った。


───感情や記憶が元になるのなら、『別の体験』『別の性格』『別の価値観』をしているはずの別人を参考にしたところで、あまり有用だとは思えない。

 そう感じたが故の俺の問いかけを前に、サラはキョトンとした顔をしていた。

「……な、なんだ? 何か間違えたか?」

「え? あぁ、ごめん。いや間違いではないんだけど……正解でもないのよ。

 そういえばこれに関しては教え忘れていたから、ちょっとだけ解説するわね」

「? お、おぅ……」

 彼女はホワイトボードの板を回転させ、何も書かれていない裏側をこちらへ向ける。

 その手のペンで左上にデカデカと「☆彩化物と色の関係☆」と書くと、どこからから取り出した(おそらく今作った)伊達メガネを掛け、ドヤ顔を見せてきた。


「それじゃあ、ひとまず“彩化物と色の関係について”……特に、能力について説明するとしましょう!」

「あの、そのメガネは……?」

「雰囲気作りよ。じゃあ早速、彩化物と色の関係について話すとしましょう。

 と言っても、そんなに長くないとは思うけどね」

 彼女はわざとらしく、そのメガネをくいっと光らせる。

 先ほどもあったが……こういう、妙なところで出してくる茶目っ気は彼女の癖なのだろう。楽しそうでなによりだ。



♢♦♢♦♢



「まず彩化物は、“心の色が暴走した存在”だって話はしたわよね」

「あぁ。初めて会った時にそんなこと言ってたな」

 確か……心の色が強い者が、それと同調するような強い感情を持ってしまい、その結果色が暴走した存在が『彩化物』……って話だった。

 フローゼンは(だいぶ特殊な例だったとはいえ)領民の言葉で情熱が溢れ、その結果彩化物となったらしい。彼の記憶を視た感じではそうだった。


「この“心の色の暴走”ってのが、実はややこしくて……元々の色は弱くても感情が強すぎて彩化物になるパターンと、小さなきっかけでも元々の色が強すぎて彩化物にしまったパターンが存在するの。

 ちなみに元々の色が強い上に強い感情がきっかけで彩化物になる場合もあるにはあるんだけど……希少な例すぎるし、その上そういう場合は真祖に処理されるからあまり見ないわね」

「“真祖”……?」

「あーそっか。そういえばそれも知らないわよね。

 まぁそうね、地球そのものの防衛機構って感じかしら。人体風に言うなら白血球よ白血球。

───っと、話が脱線したわね。彩化物と色の話に戻りましょう。


 今話した通り、彩化物になるには大きく分けて2パターンあるの。その違いが、能力の性質に大きく関わってくるわ。

 強い感情が元になった場合、能力は。これはおそらく、前回の蒼白がその例に当てはまるでしょう。そこら辺、多分貴方の方が判別できそうだけど」

「ん。あーまぁ、そうだな……」

 ホワイトボードに描かれているらくが───解説用のイラストを眺めつつ、返事を返す。

 急に聞かれて驚いたが、そういえば“俺があらゆる彩蝕世界と共鳴できる”ってのはそもそもコイツに言われたことだった。


「それで、今度はもう片方のパターン。元々強い色を持っていた人物が小さなきっかけで彩化物になった場合ね。

 この場合は本人に強烈に残るだけの記憶がないから、能力は。これがおそらく、月煙と今回の霧に当てはまるわ」

「色の認識……?」

「そう、色の認識。

 そうね……わかりやすい例を挙げるなら、『爆炎の赤』かしら

 普通、赤色と言われたら何をイメージする?」

「え……ん〜そりゃ、炎とかか?」

「そう、炎をイメージするわよね。

 だから赤色の彩化物は炎を操るような能力になる事が多いの。これが、“色の認識を主体とした能力”ってこと」

「あぁ、なるほど。なんとなくお前の言っていた事がわかった」


 彼女の言いたいことを要約すると、“今回の霧と藍紫色の月煙は『記憶』を元にした能力ではなく、『色に対する認識』を元にした能力。故に、傾向を探って対策を練ることができる”、ということだろう。

……正直、シアンや水色、青緑系の色のどこに『情報を消す』なんてイメージがあるのかは知らないが、こと魔術に関しては俺は門外漢だ。サラが言うってことは、おそらくそういうモノなのだろう。

「流石、理解が早いわね」

「何度もお前の話に付き合ってりゃ嫌でもこうなるよ。

───それで? 能力と色の関連性については理解できたが、具体的な対策はどうするんだ?」

「問題はそこなのよねぇ……」

 サラは人差し指を頬に当て、困ったような顔をする。

……なんだか、前も似たような事があったな。


「お前なぁ……まさか、情報がないとか言うなよ?」

「全くもってその通りよ。情報がないわ」

「お前なぁ!?」

 サラはしょんぼりとした顔で「ひーん」と情けない声をあげる。

「で、でも待って欲しいの。流石に皆無じゃないから!

 流石にそこまで情報がない状況で作戦会議とか言うわけないでしょ?」

「いやでもお前だしなぁ……まぁいいや。

 それならその情報について教えてくれ」

「なんか聞き捨てならない言葉が聞こえた気がするけど……一旦それは置いておきましょう。

 さて、やっぱりどうしても“情報がない”というのは厳しい事実なんだけど……べつに、全ての情報が完全にないわけではないわ。それこそ、さっき言った通りというのがヒントになる」

「なるほど……?」


「これは魔術知識の中でも応用に近いものだから貴方は知らなくて当然ね。

 過去に似た例がある場合、それは“同じモノ”として『定義』できる。そして『定義』ができたのなら、その内容を元に新たな『仮定』が作れる。

 『仮定』を元にしてもう一度『定義』を行い、その『定義』を元に何か解釈をすることで強制的に対策を。結果と過程の逆転を起こすの」

「………………」

「……えと、ごめん。またつい解説癖が出ちゃったわ……」

「え? あぁいやすまん、お前が楽しそうに話すもんだから、こっちもつい聞き入ってしまっただけだ。構わず続けていいぞ」

「ふぇ!?」

 実際、彼女の話はあまり理解できていないのだが……それでも楽しそうに話している彼女を見ると、こちらも悪い気はしない。

 そう思っての、本心からの発言だったんだが……どうしてか、彼女は顔を覆って固まってしまった。


「……えっと、結論だけ言っちゃうと、今回私たちにとって重要なのは“霧の対策をすること”ね。

 一応、一応ね?さっきの話に基づいて説明すると、藍紫色の月煙と今回の霧は“同じモノ”で、共通するのは“霧である”ということ、ならば“アレは霧である”と定義が可能で、それなら“霧に有効な対処法はアレにも有効である”と解釈可能。だから、霧の対策をすることでアレそのものの対策になる。

……OKかしら?」

「ふむ。まぁとりあえず、霧をなんとかする方法を考えればいいんだな?」

「……ありがとね。要点を掴むのが得意で本当に助かるわ」

 サラは恥ずかしそうに顔の前で両手の人差し指を合わせている。

 こう───数週間こいつと過ごしてわかったことだが、こういう時の彼女はかなり素直になる。というか、意外と恥ずかしがり屋らしい。


───このまま眺めているのも良いが、残念なことに今はそんなことを言っていられる程の時間はない。

 仕方がないので、さっさと次の話題に移る。

「それじゃ、早く対策を考えよう。その際必要な道具に関しては───」

「えぇ、私が作るわ」

「───了解だ。じゃ、今度こそと行こうか」

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