煙に巻かれて-4
「見慣れない匂いがしたと思って来てみたら……佐季、大丈夫!?」
「お前のおかげでなんとかな。俺のことはいいから、周り注意しろ!
なんか知らんが、相手の場所とか姿がよく見えない!」
「なるほどね。……なんで一致するのかは気になるけど、まずは倒してからにしましょうか。『アンフォルメル』」
彼女の言葉に合わせ、小さな不定形の球体のようなものが複数現れる。
その球体は細かく、けれど激しく振動し───破裂音と共に霧を吹き飛ばした。
「──……──!」
「よし───って、うっわ。これでも見えないの?」
サラが霧を吹き飛ばしてくれたおかげで、霧に隠れていた
しかし、その
「………───。
─……、───!」
「え? あ、ちょ───んっ!」
ぼんやりとしか認識できなかったが、その
サラはそれを軽く弾いたが、その短い時間で、先ほど吹き飛ばしたばかりの霧が再度彼女を包んだ。
「マッズいわねこれ。流石にこの時間でその速度は予想外だったわ」
「 」
「───あぶなっ!」
霧が濃くなりすぎてもうその“だれか”の姿は完全に見えないが、サラの反応から良い状況でないことは推測できる。
彼女は数回身体に傷を負ったところで、緋色の檻の中へすり抜けてきた。そのままバイクを影から出現させ、横に新しく生成したサイドカーを取り付ける。
「ん〜〜〜ごめん佐季! 流石に貴方達二人を守りながらってのはキツいかも!
一旦貴方の家に逃げるわ。その子も連れて行くから、二人でサイドカーの方に乗り込んで」
「チッ……わかった。それじゃあ、つぼみから先に乗ってくれ。
……つぼみ?」
「ふぇ!? え、あ、うん。こ、これに乗れば良いんだよね」
つぼみは大分困惑しているみたいだが、それも無理はない。また受け答えができる分マシだろう。
彼女が乗り込んだのを確認し、負傷した右腕を抑えながら俺も乗り込む。
「ひどい傷ね。帰ったら治療するから、それまでなんとか持ち堪えて。
それじゃ飛ばすから、しっかり掴まってなさいよ!」
言うが早いか、彼女はいつも通りとんでもないスピードでバイクを発進させる。
そのバイクは緋色の檻を砕き、姿の見えない“だれか”から逃れようと、直線の道路を駆ける。
俺はつぼみが振り落とされないよう支えつつ、家に着くのを待った。
♢♦︎♢♦︎♢
「はーい到着!
いつ霧が追いつくかわかんないし、降りて降りて!」
サラに急かされ、俺は放心状態になっているつぼみを連れてサイドカーから立ち上がる。
───と、突然視界が白くチラつき、俺は、フラついたあしを……立て直した。
軽い立ち眩みだ。俺は医者ではないので詳しい原因はわからないが、おそらく貧血が原因だろう。立て直すことはできたが、若干の息苦しさを感じる。
「さ、佐季くん?」
「……大丈夫。ほら、早く家の中に入ろう」
俺たちがサイドカーから離れたのを確認して、サラはバイクを影に仕舞う。
なお、サイドカーは仕舞われることなく粉々に砕け散った。もう必要ないから壊したんだろう。
玄関に到着した俺たちが振り向くと、サラは塀の外へ向かって手を
「───““定義する。今より此処は我が
彼女がその言葉を唱え終わると、少しして、空に薄い“膜”のようなものが現れる。
その“膜”は瞬く間に庭ごと俺の家を包み込み、水晶のように固まって、そして空気に溶けて見えなくなった。
「わ、わぁ……───」
つぼみは相変わらず、呆けた顔で感嘆の声を上げている。というより、度重なる非日常を前に混乱して、それぐらいしかできないのだろう。
……正直、彼女にはここで引いて欲しい気持ちがある。彼女は“普通”の人だ。だから、こう言った非日常にはできるだけ触れてほしくない。
そう悩む俺の心境を知ってか知らずか、サラはホッとした表情でこちらへ歩いてきた。
「はい。とりあえず、これで此処は安全になったはずよ。
誰も入れないし、誰も破れない結界を貼っておいたわ」
「あ、あぁ。助かった……」
「ほら、それじゃそこに直りなさい。その傷、今治療してあげるから」
「あ、あぁ……ありがとう。本当に助かる……」
正直なところ疲労感や息苦しさが本当に辛くなってきたので、彼女の言葉に甘え身を委ねる。
彼女は俺に手を
「ん〜流石に傷深いわね。体力も落ちてる、下手に治そうなら逆に危険かも。ここは出血止める程度に……傷口そのものの治療は自力でのほうが良いかも。となると必要なのはえっと……これと、これかしら。
……よし。ちょっと痛いけど、我慢してね」
「あ? ……い゛───ッ!?」
緋色の液体を傷口に流し込み始めたかと思うと、彼女は針と糸?を取り出し、麻酔もなしに傷口を縫い合わせる。
瞬間。当然と言うべきか、電流のような鋭い激痛が駆け回り、俺の全身を大きく貫いてくる。なんとか彼女に言われた通り我慢はしたが、正直死ぬほど辛い。
「おまッ───麻酔とか使わなッ───っぐぅ───……!」
「麻酔、専門的すぎて私学んだことないのよね。学んだことがない人間の使う麻酔は文字通り死ぬほど危ないんだけど、それでも使う?」
「あ、そのままでダイジョウブです───っづ───ッ、てぇ…………」
「はーい、これで終わり。失血に関しては輸血したから心配なし。一応もう少し休んだらある程度は治せると思うから、それまではちょっと我慢しなさい」
「あ、あぁ……助かった……ありがとな」
「どういたしまして〜」
サラは最後に緋色の包帯を巻き、結晶を使って固定する。
これだけ痛いのなら、今度俺自身で麻酔について学んでおくのもありかもしれない……いや、流石に時間がかかりすぎるか?
なにはともあれ、応急処置も完了し落ち着いたところで、サラがつぼみの方に向き直る。
そのまま少し見つめた後、サラはつぼみを指差し、俺の方へ振り向いた。
「ところで、この子は? この前どっかで見たような気がするけど……貴方の知り合い?」
「───ふぇ!?」
まさか自分に注目が移るとは思っていなかったのだろう。そもそもそんなことを考えられるほど冷静じゃないのかもしれないが、彼女は突然指を差され驚いたように変な声を上げた。
「彼女は俺の友人だよ。一緒に帰ろうとしたらあの“だれか”に襲われたって感じだ」
「ふ〜ん。なるほどね……」
「え、えと……あの……」
サラにジロジロと見られ、どうすればいいのかわからないと言った様子でつぼみは固まっている。
「……うん。ちょっと白めだけど、別になんてことはない普通の人ね。
多分だけど目標でもなんでもないわ」
「もくひょう?」
「さっきのは彼女を殺そうとしてやってきたわけじゃないってことよ。
よかったわね。夜、外にさえ出なければ安全よ。じゃ、“今日見たことは忘れる勢いで、落ち着くまであそこのソファーにでも座ってなさい”」
「……? わ、わかった」
サラがつぼみに手をかざし何か言葉を唱え、つぼみは真っ直ぐにソファーへ向かって行く。
どう考えてもつぼみの反応が不自然すぎる。サラが何かしたのだろう。
「今何をした? 変なことはしてないよな?」
「別に、ただ今日の記憶を消しただけよ。本当なら彼女の自宅に帰してあげたいんだけど、この霧の中帰すのは危険だし、落ち着くまでこの家で待機してもらおうと思って軽く暗示もかけたわ。
それに、友達とはいえ彼女は普通の子でしょ?
というか、貴方がそんな感じの顔してたしね」
───驚いた。どうやら、彼女は俺の考えを見抜いていたらしい。
確かにそういうことならば助かったが……やはり、突然行動されると不安な気持ちが勝ってしまう。
「……わかった。実際助かったわけだし、ここは素直に感謝しとく。
ただ今回のに限らず、何かする時はまず言ってくれ」
「はいはーい」
聞いてるんだかどうかわからない適当な返事と共に、彼女は
彼女はペンと椅子を作り出すと、俺に向かって小さく手招きをした。なるほど、おそらく、俺の話は聞いていないみたいだ。
「はぁ…………」
「なに?そんな変な笑い方して。どうかしたの?」
「いや、なんでもないよ。
それより、作戦会議するのか?」
「当たり前でしょ。会議しないで突っ込んだら大変なことになるに決まってるわ。だって作戦会議をした上で大変なことになるんだからね!」
「あー……そういえば、あれはそうだったな……」
サラの言葉で、うっすらと
あの時は持っている情報が少なかったのもあったとはいえ、本当に大変な戦いを強いられた。流石にアレほどの熱を持っているものは他にそういないだろうが、それでもやはり作戦会議は重要だろう。
「まぁでも時間ないから、今回はできるだけ“巻き”で行くわよ。新しいこともわかったし、それの共有もしておきましょう。
それじゃほら、早く席に着きなさい」
「そんな授業みたいな感じでやるのか……」
俺はサラに言われた通り椅子に座る。
彼女はさっさとペンのキャップを外すと、ホワイトボードに調べてきたという情報を記入し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます