煙に巻かれて-3

「葉美さーん。連れて来ましたよー」

「佐───カゲ!」

 こちらを確認した直後、俺を無視してカゲに反応する葉美。

 すごく嬉しそうな表情を一瞬だけ見せたかと思うとすぐになんでもなさそうに取り繕った。


「アンタ今日も遅刻してきたな〜?」

「してきたんだよ、仕事」

「確かにお金は大事だけどさぁ……まぁそれならいいか」

「あ、いいんすねそこは。価値観わかんないなお前の」

「なんだとぅ!」

 カゲと葉美が話し出し、コッソリとつぼみが俺のそばに寄ってくる。

 少し俺の袖を引き、ちょっとだけ二人から離れると、彼女は小声で話しかけてきた。

「あんな風に隠さなければもっと近付けると思うのにね」

「同感。普段はあんなにわかりやすい癖に、完璧に隠しやがるからなアイツ」

 つぼみは「すごいよねー」相槌を打ち、こっそり笑う。




 あの日以降つぼみと関わることが増え、気付けば一緒にいることが当たり前になりつつある。

 元々葉美とは友達だったらしいが、プリントを届けてくれたあの日以降カゲとも話すようになったらしく、その関係で俺との交流も増えたわけだ。(ちなみに、カゲはあの後ちゃんとシバいた)

 葉美の恋心に関しては彼女も知っているらしく、それもあってかカゲと葉美が一緒にいる場合はこうやって俺と二人で一歩引いて眺めていることが多い。


「でもああいうの、わかるなー……」

「へぇ、意外だな。誰か好きな人でもいるのか?」

「え!? あ、いやそういうことじゃ───ぃゃぁ───ぇぅ……」

「? まぁ、もしそういう人がいるんなら俺たちも応援するからな。誰かに漏らしたりもしないし、遠慮なく言っていいよ」

 一緒にいることが当たり前になった今では、彼女も大切な友人の一人だ。彼女が困ったり頑張ったりしているというのなら、是非その手助けをしたい。

「あ、ぁう……うん、ありがとね……」

 つぼみは少しくらい顔で笑う。

……やはり先程の発言も踏まえるに、何か悩んでいることがあるのかもしれない。彼女自身が打ち明けない限りは深入りしないが、後で少し話を聴くことにしよう。




「───つぼみちゃんもそう思うよね!?」

「え!? なにが!? ごめん全然聞いてなかった!」

「じゃあ佐季! 佐季は!?」

「右に同じく。まぁでも、多分葉美が正しいだろ。これまでカゲが正しかったことなんか数えるほどしか無いからな」

「別にないだろそんなことは。いやあるか……」

「ちょっと待て納得すんな」

 特に内容のない、たわいのない会話で昼休みが過ぎていく。

 チャイムと同時にカゲが帰ろうとした時は流石に葉美との攻防戦が始まったものの、それ以外は特に何事もなく、いつも通りに放課後を迎えた。



♢♦︎♢♦︎♢



「それじゃ私は先に帰るからね。残りは二人に任せた!」

 そう言われて葉美に仕事を押し付けられてから三十分。つぼみと共に頑張ったおかげで、あんなに多かった作業もなんとか終わらせることができた。

 カゲならともかく、葉美が仕事を押し付けてくるのは珍しいが……つぼみと話す機会が出来たのはちょうど良かった。


 作業中は作業に関連する話ばかりでその機会は訪れなかったが、幸いにも途中まで帰り道は同じだ。

 だいぶ日も傾いてきた中、俺たちは二人で下り坂を降りる。


「なんだか、こう……新鮮だね」

「ん? なにが?」

「いやほら、いつもは私、葉美ちゃんと一緒に帰るし。佐季くんはいつも気付いたらいないから、中々一緒に帰ることなかったな〜、って」

「あ〜。確かに、そういえばそうだったな。

 一緒に帰ったのって街まで遊びに行った時ぐらいか?」

「かな? 今度また行きたいね」

「そうだな。……そういえば、話は変わるんだけどさ」

「ん? なに?」

 こうやってなんでもない会話をしているのも平和でいいものだが、折角二人きりなのだし、ここで切り出しておきたい。

「勘違いだったら申し訳ないんだけど、最近何か、なやん───」

───その続きを言おうとして、止めた。


 突然立ち止まった俺の方向に、つぼみは不思議そうな表情で振り向く。

「佐季くん? ……もしかして、なにか忘れ物でもした?」

 心配してくれているのか、彼女はそう言ってこちらの顔を覗き込んだ。

 「おーい?」と手を振りながら、彼女は俺に呼びかけている。しかし……俺にとって、そんなことは今どうでも良かった。




───




「───つぼみ。今すぐ俺の後ろに隠れろ」

「え……、え? なに?」

「いいから。今すぐだ。早く来い」

 できるだけ冷静に。視界の端につぼみを捉えつつも、目線は正面遠くを眺めたまま。彼女に小さく合図する。

「え、えと……わ、わかった」

 彼女は若干不安そうにしながらも、指示通り俺の後ろに立った。

「えっと……佐季くん、一体どうし「シッ! ……静かに。そのまま動くなよ」

 俺の様子に流石に彼女も違和感を感じ取ったのか、口をつぐんで縮こまる。

 俺はそれを確認し、静かに、ポケットから赤い結晶俺の武器を取り出した。





「クッソ……まだ日は落ちきっていないはずなんだがな……!」

 予想外の事態に焦りつつも、できるだけ冷静に周りを観察する。

 いまだ夕方だと言うのに黒幕が現れるとは思わなかったが……実際現れたモノはしょうがない。現れた理由よりもまず、どう対応するかを考えろ。


 とりあえず、現状での状況を整理する。

 第一に、相手の位置は不明。霧の中にいるだろうことはわかるが、それだけだ。

 相手の狙いはおそらく俺であろうことから俺を狙ってくるのは想像がつくが、不幸なことに今、俺の隣には一般人つぼみがいる。

 俺が狙われるのはまだいいが、相手が彼女を狙わない保証はない。むしろ人質という形なら積極的に狙ってくる可能性すらある。

 つまり俺は、彼女を守りながら戦う必要があるわけで───そうなるとおそらく、相手をだけの余裕はない。せいぜい必死に退けるのが精一杯だ。


───太陽が沈むのに比例して、霧も段々と深くなる。

 少しずつ灰色に染まっていく景色の中、結晶を握った右手に力を入れる。

 何かが起きそうで、けれど何も起きないまま数分ほど経った頃……つぼみの後ろに、鋭く光るナ?■はものが見えた。


「まず───ッ!」


 嫌な予想が当たった。相手はまず、つぼみを狙ってきた。

 咄嗟に手を伸ばし、彼女を庇う。 相手の姿は見えないが、そこに灰色の■?だれかがいることはわかる。直前に気付けたおかげで、ギリギリ彼女は回避させられた、が───


「ぐ───ッ!」

「ぇ───あ───佐季くっ……───ッ!」


 二の腕を深く突き刺され、その激痛に顔を歪める。

 尻餅をついたつぼみのスカートに、傷口から溢れた血がかかる。彼女は恐怖からか顔を蒼くして、口を抑えていた。

 多分、吐きそうなのを我慢しているんだろう。正常な反応だ。むしろ、それを我慢しようとしているのは偉い。

 俺の場合は吐くというより泣いて叫び声を上げたいところだが……そんなことをしても意味はない。それに守る対象の前でそんな姿を見せられるはずもない。

 仕方がないので、痛みを堪えて灰色の¿■だれかを振り払った。


「はぁ……はぁ……」

───相手は的確に、先ほどまで彼女の心臓があった場所を突き刺していた。

 直前で庇っていなければ、彼女は間違いなく死んでいただろう。即死はせずとも、治療は不可能だったはずだ。

 そう考えれば、右腕が使えなくなった程度は安い。が、それはあくまでも最悪の事態を回避できたという話であって、相手を退けるという点で見ればそれはかなり出来事だ。


……正直な話、この状況はかなりキツい。

 普段のように景色をなぞろうにも、あまりにも情報がなさすぎる。今この状況になって初めて気付いたことだが、『黒の解変』で景色を視るためには、ある程度相手を認識できている必要があるらしい。

 多分だが、景色を視るために未来の想像───つまるところ、俺のが必要なのが関係しているのだろう。まぁ理由がわかったところで解決できないのならこれ以上は考えても無駄だ。


「───ぁ、───ッ!」


 またも視界の端に□?フはものが映る。

 使えなくなった右腕の代わりに左手で結晶を握り、盾に変化させることでナ□◆はものを受け止める。

───が、その盾に穴が空き、盾は真っ二つに切り裂かれてしまった。

 盾を二つに裂いた“はもの”はそのまま、俺の心臓目掛けて迫る。


「あ、やばっ───」


 俺は死を覚悟する。

 人間の身体能力じゃ、反応はできても動作が追いつかない。

 もう生き延びることは諦めて、せめて、心臓を突き刺されてから死ぬまでの時間で、どうにかつぼみに逃げろと伝える方法を考えよう。


 そう思って、後ろへ振り向こうとして───






「───『デカルコマニー』!」


「─…─…─…!」


 突如、上空からあかい雨が降り注ぐ。

 その雨は地面に落ちる寸前で軌道を変え、灰色の◇?だれかを追いかけるように飛び出した。

 流石にそれにはその“だれか”も驚いたのか、上着に傷をつけたところでその“はもの”ごと俺から離れていった。




「『テンペラ』、『コラージュ』」

 再度声が聞こえたかと思うと、唖然と固まる俺たちを囲むように大量の槍のようなものが現れ、組み合わさって一つの檻を形作る。

 そして、檻が完成するのとほぼ同時。


 俺たちを庇うように、一人の───あかい女が降り立った。

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