煙に巻かれて-2
「はーい到着! 9時12分、全然早く着いたわね!」
「こ───おま───マジで───」
最終的に時速200km近くまで加速したバイクで学校へ到着した俺は、ヘロヘロになりながら降車する。
色々と文句がある(というか文句しかない)が、いちいちコイツにそんなことを言っても無駄だ。ここ数週間で学んだ。
「……そ、それじゃ俺は、学校に行くけど……お前、法定速度は守れよ!
警察のお世話になったら面倒だからな!」
「わかってるわよ。ちゃんと
「そういうことじゃなくて……まぁいいか。
じゃあまた後でな。絶対に目立つなよ」
「はいはい。また後でね〜」
果たして俺の忠告を聞いているのか聞いてないのかわからない笑顔で手を振り、彼女はまたしても高速で駆けて行った。
知ったけど、やはり……聞いていなかったか。
「はぁ……でもまぁ、面倒事を起こさないって約束は守ってくれてるみたいだし、なんだかんだ大丈夫だろ。大丈夫であってくれ……」
半分神に祈るような気持ちで校舎へ向かう。俺は特に神を信仰しているわけではないが、なんとなくその気持ちはわかる気がした。
♢♦︎♢♦︎♢
「あ、来た来た。佐季くんおはよー」
教室へ入ると、鮮やかな緑色の髪をした少女───葉美が手を振って来る。
いつまで経っても俺が待ち合わせ(と言う名の待ち伏せ)の場所へ来なかったため、一人で先に登校していたようだ。
「おはよう、葉美。カゲのヤツはまだ来てないのか?」
「うん。いつも通り。……って待って、まだ? 今日来るの!?」
「お、おう。遅くても昼休みまでには来るはずだよ」
そう伝えると顔を赤くして、彼女は髪の毛を弄り出した。
……こんなにもわかりやすく惚れていると言うのに、実際にカゲを前にするとその仕草を隠し通せてしまうのが片想いの原因だろうか。
「……お前、もっと素直になれば?」
「ん!? へ!? なに!?」
「声でか」
まぁ、これ以上は野暮かもしれないので黙ることにしよう。
彼女が頼ってきた場合は手助けするが、“お節介は程々に”を忘れてはならない。
「おはよーございまーす」
「あ、つぼみちゃんおはよー!」
教室でスマホを弄っていると、明るいが特段元気と言うわけでもない、普通の挨拶と共に。白い上着を羽織った少女───“白薔薇つぼみ”が入ってきた。
ここ数週間で葉美と仲良くなったらしい彼女は、自分の席から椅子を持ってきて葉美の隣に座る。
「なんか葉美ちゃん、嬉しそう?」
「え? そ、そんなに嬉しそうに見えるかな、私」
「うん。すごい嬉しそうだよ。あ、もしかして影狼君が───」
「うわぁー!!! そういうのじゃないからぁー!!!」
二人が楽しく話し始めたので、俺は再度思考をスマホへ戻す。
特段話したい内容があるわけでもないし、それならただ影狼を待ちながら、調べたいことを調べるだけだ。
……しかし正直なところ。男一人ではなんだか心細い気もするので、心の中で少しだけ、中々学校へ来ないカゲのことを恨むのだった。
♢♦︎♢♦︎♢
そうこうしているうちに時間は過ぎ、昼休みになった。
「昼には向かう」と言っていたはずの影狼はまだ来ていないが、昼休みは1時間近くも存在する。少し遅れてくるぐらいならよくあることだろう。
そう思って、いつも通り“借りている”鍵を使って屋上へ出ると───そこには何故か、とぼけた顔をしてハンバーガーを貪っている
「ん。へほー」
「食ったまま喋んな。ってかお前、どうやって
鍵は閉まってただろうが」
「ほんははは……ん。届けてくれたんだよ、ここまで。お前の相棒さんがね」
「……は?」
「───ハロー、佐季。数時間ぶりね!」
突如聞こえたその声に反応して振り向くと、屋上のドアの上───
影狼の発言からして、彼女が屋上まで影狼を運んだのだろう。目立っていないのならそれは別に構わないのだが……
「……お前ら、いつ、というかどういう経緯で知り合った」
「偶然だよ、意外にもな。
一週間前ぐらいだっけな。彩化物と出会って、情報収集中に」
「その時に仕事中だった私が対応して、記憶を消そうとしたら佐季の仲間だって言うから色々話を聞いたの。そしたら本当のことっぽかったし、連絡先を交換したのよ」
「なるほどな。……とりあえず、事情はわかった」
なんでそんな重要なことを俺に知らせなかったのかについては小一時間ほど問い詰めたいところだが、この二人にはそんなことを言っても無駄ということは痛いほど理解している。
それに今から話す予定の内容を考えると、サラが一緒だったのは嬉しい誤算だ。影狼のそういう“的確なモノを的確なタイミングで持ってくる能力”はやはり凄い。
ため息をついた後、俺は影狼の隣に座って弁当を食べ始める。
時間がもったいないので、本題については食べながら話すことにした。
「……んじゃ、どうせわかってると思うから早速本題に入るぞ。丁度いいからサラも混ざってくれ。
───今起きてる、『霧の殺人鬼事件』についての話だ」
真剣な空気を感じ取ったのか、サラが塔屋から飛び降りて俺たちの前に立つ。
───数週間前、フローゼンと戦って以降の話だ。
サラが俺の噂を流したせいで、不定期に彩化物が襲ってくるようになった。
幸い、影狼と俺、そして元凶でもあるサラが頑張ることで街に被害は出ていない。問題が起きる前に対処───即ち処理、をすることでなんとか抑えている。
……普通、こうなった元凶にはどうしようもない程怒るのだが、どうしてか彼女にはそこまで本気にはなれないみたいだ。いやまぁ、怒ってはいるのだが。
───とにかく。俺たちはそうやって対処してきたのだが……ここ一週間ほど、対処のできていない問題が発生していた。
それが、『霧の殺人鬼事件』。この街に現れた、二つ目の事件だ。
「『霧の殺人鬼事件』、ねぇ……ある日突然灰色の霧に覆われたかと思えば、路地裏や高架下に
「んで行方不明者も出る、霧の出てくる数日前にな。この街周辺程度だけど、事件が起きてるのは。警戒しといた方がいいかもしれないな、一応」
「あぁ。街を覆う灰色の霧と行方不明者、そして残る大量の血痕。それがこの事件の特徴だ。この霧の目撃例は最近増えてて、少しずつではあるがこの街へ近付いているらしい。
まぁどう考えても狙ってるだろ。流石にあからさますぎる」
「でしょうね。そう思ってここ数日私も調べてたけど、彩化物の仕業で間違いないみたい。過去のデータに似た例があったのを見つけたの。詳しい情報は今同僚に頼んでるから、今夜にでも届くと思うわ」
「今夜か……マズいかもな」
影狼が食い終わったハンバーガーの紙袋を片付けながら、苦い顔をする。
反応からして、おそらく“何か”を感じ取ったのだろう。
「どうした。まさかとは思うが……」
「そのまさかだよ。危険な感じがしてる、今夜は。
話あったろ、行方不明者の。逆算すると数日前だけど、行方不明の情報が出るのは霧より後のこともあるんだ、あれって。
多分だけどもう出てるぞ。この街でも、行方不明者がな」
「え、うそ。じゃあできるだけ急いでもらうように頼んどくわね。
となると今夜は戦闘になる可能性が高そうなので、私は帰って準備でもしておくことにするわ。何かわかった情報とか予定とか決まったら連絡して。
それじゃ、また後でね!」
「え。あちょ、おい!?」
そう言い残し、サラは煙になって消えた。
彼女の勝手な行動には毎度毎度振り回されっぱなしだが、これでもちゃんと彼女なりに考えてはいるらしい。仕方がないので、後で面と向かって文句をぶつけてやる。
「……ベタ惚れかぁ。かわいそうに……」
「ん? どうした?」
「いえなんでも。とにかくだ、それより。
俺は途中で合流するよ、今夜仕掛けるって言うならな。調べたい事があるんだ。引っ掛かることもあってな、個人的に」
「ん、わかった。お前の直感に関しては俺も信頼してるからな。任せるよ。
何かわかったらいつも通り連絡してくれ」
「りょっか。それじゃ今日はこの辺で……」
とりあえずの方針を決めたからか、カゲが“仕事は終わった”とでも言う様に帰る準備を始めた。
別に昼休みに来て昼休みに帰るのはいつもの事なので、俺はそれをとやかく言うつもりはない。だが───
「───カゲ、ちょっと待て。せっかく学校に来たんだから帰るなら葉美に顔見せてからにしろ」
「えぇ……面倒なんだけど」
「いーから。これは仕事じゃなくて友人としての頼みだ。
あいつお前が今日来るって聞いて楽しみにしてたんだから、せめて顔出すぐらいはしとけ」
「たのしみぃ? 勘違いじゃないか? 攻撃の表情だぜ、笑顔は本来な」
「ちげーよ。仮にそうだったとしても顔出しとけ。
特大の爆弾を受けるぐらいなら小出しの銃撃を食らった方がマシだと思うぞ」
「う〜ん一理ある。しゃーねーな、聞いてやりましょう。親友の頼みとあらば」
どうやら納得してくれたようで、カゲは俺と一緒に屋上を降りる。
……先ほど“お節介は程々に”とは言ったものの、カゲは学校に来ない上に鈍感なんだ。これぐらいは手助けしてあげてもバチは当たらないだろう。
きっと今頃そわそわして待っているであろう葉美のことを思い浮かべつつ、俺はカゲと共に教室へ向かった。
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