凍結氷城/銀の弾丸-2

♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



───こんなバケモノに変わったのは“悲しみ”からじゃない───



「で、あれば……なんだと言うのだ……」

 少年の言葉が頭の中で響く。



───本当は気付いているんだろ───



「いったい、なんだと言うのだ……!」

 思考する。その言葉の意味を。

 とうに忘れたはずの■■それを、胸の奥から掻き出して。


“気付きたくない。この悲しみを、忘れたくない”

───しかし。その悲しみだけでは、領民たみの名前も忘れるほど熱烈に生きれはしなかった。



“何故───俺は生きている”


“何故───俺は眼を逸らしている?”



 男は考える。気付きたくない、けれど気付かなくてはいけないその想いを前に、吹雪を強めていく。

 その吹雪の中───彼の思考に割り込むように、緋色の閃光が輝いた。


「──────ぁ」


 一目見て気付く。その閃光は“殺意”そのものだ。

 反射的に振り上げた大剣が、時空ごとその“殺意”を両断する。無論、その奥に居た彼女も共に。




───彼は恐れた顔で、立ち尽くしていた。

 何故自分がここまで死を恐れるのか。そこに全ての答えがある気がして───その思考を振り払おうと、再度剣を握りしめた。






───眼を背けてんじゃねぇよ───






 少年の言葉がよぎり、一瞬その手を止める。

 次の瞬間───建物が大きな音を立てて崩壊した。


「な───ッ!?」


 現在立っていた足場を、土台ごとバラバラに粉砕される。

 城はその殆どが吹き飛び、足場や支えになりそうなものは一つも残っていない。

 全てはあの閃光によって───彼女は最初から、これを狙っていたわけだ。


 最早、彼に為す術はない。できることは、重力に従い落下するだけ。




───迫る“死”を前に、胸の奥でのを感じる。


「───あぁ。そうか───」


 胸の奥に在った、小さな残火。

 その赫い眼を開き、彼は笑って城の中へ落ちていった。






♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



「彼に来てもらうってそういうことかよ!

 さいっこうにバカなことしやがって!」


 目の前の光景に堪えきれず叫ぶ。

 その光景があまりにも想像のできないものだったから、つい溢れてしまったのだ。


 俺の頭上を通り過ぎて行った巨大な“ビーム”は、そのまま彼目掛けて直進した。

 勿論、あの剣の前でそんなモノが通じるはずもない。案の定、ビームは真っ二つに斬り裂かれた。



……だが、彼女は最初からそれを想定した上で撃ったのだろう。

 斬り裂かれたビームはそのまま突き進み、


 城はその衝撃に耐えきれず、中心部分は粉々に吹き飛んで崩壊した。

 城全体が崩れるのならば、勿論足場なんて残るはずがない。

 彼は空中に投げ出され、そのまま城の最下層まで落ちるだろう。


───彼に来てもらうとは、そういうことだったのだ。




「───っと危ねぇ!」

 顔面スレスレで“矢”を回避する。

 今ので城が崩壊したため、その中にいたであろう“領民”はほとんどが巻き込まれて死んだだろう。そうでなくとも、動くことはできない。

 だがそれも全員ではない。崩壊を逃れた一部の領民が俺に向けてクロスボウを構えている。銃じゃないことは予想通りだが、それでも嫌なパターンを引いたものだ。


───しかし、それぐらいはどうでもいい。こんな攻撃で立ち止まってるわけにはいかない。

 景色を視て、それをなぞるようにカラダを動かす。

 飛んでくる矢は一部を除いて弾き落とせ。疾走動きの邪魔にならないよう、武器は小さなもので。


「ぐ───ッ!」

 脇腹を矢が掠めた。───構うな。

 立ち止まるほどの傷じゃない。であれば、意に介する必要はない。


───続けて、矢が迫る。

 頭。弾く

 肩。掠める

 脚。蹴る

 腕。弾く

 肩。弾く

 顔。避ける

 腕。掠める

 腹。避ける

 脚。避ける

 顔。掠める


避ける。掠める。避ける。弾く。掠める。弾く。弾く。蹴る。掠める。掠める。避ける。弾く。掠める。弾く。避ける。弾く。弾く。弾く。避ける。掠める。蹴る。弾く。蹴る。掠める。弾く。避ける。避ける。掠める。弾く。蹴る。弾く。避ける。掠める。避ける。弾く。掠める。避ける。弾く。弾く。弾く。避ける。掠める。弾く。避ける。掠める。避ける。弾く。掠める。避ける。弾く。弾く。避ける。掠める。




───ここまで、致命傷はなし。




 吹雪の中走り続け、やっと城の入り口が見えてくる。

 城が崩壊した影響か、入り口にあるはずの扉は砕けて無くなっていた。

 おかげで、中の様子がよく見える。瓦礫と砂埃が次々に落下し、城の中身はもうぐちゃぐちゃだ。建物を支えるための柱も倒れ、二度と再建は不可能だろう。

 そして───その崩壊する城の中、瓦礫に混じって落ちてくる人が一人。


 景色は視えている。疾走はしれ。景色をなぞり、トドメを刺せ。

 そうやって、大地を踏みしめた。そのまま思いっきり、大地を蹴って───





















──────“











「──────、」

 突如響いた声に、顔を上げる。

 その瞬間、俺の脚を矢が貫いた。


「がっ───ぶ───っ!」

 勢いはそのままに。俺は顔面から地面へ激突し、転がりながら城の中へ。

 鼻血が止まらないが、そんなことはどうでもよかった。






 今の声は───彼の心だ。

 しかし、その色はもう氷のような“悲しみ”ではない。

───炎のような、“情熱”だ。


「やっぱり気付いてたんじゃねぇか……」

 そうだ。お前の核にあったのは『領民たみを失った悲しみ』なんかじゃない。『領民たみと交わした』があったから、お前はここまで生きられたんだ。

 じゃなきゃ……


「───アァ……そうだ。だから、俺はお前を殺して“生きてやる”」

 彼はそのつるぎを握りしめ、立ち上がる。


───吹雪かなしみは止んだ。其処に在るは、燃え盛る火炎じょうねつ


 彼は俺を殺さんと、その剣を構えた。

 しかし彼は既に死に体だ。その速度は遅く、避けることは容易いだろう。

 ここは一旦避けてから反撃をするのが確実だ。その方が安全で、やりやすい。


 しかし、その切先───俺の遥か背後うしろには、彼女サラがいる。

 彼がその剣を振り下ろした瞬間、彼女は真っ二つに斬られるだろう。「一度ならギリギリ耐えられるわよ」とは言っていたが、既に一撃受けている。二撃目も耐えられる保証はない。

 それなら──────




「──────うぉぉぉおおおおお!!!」


「な───!?」


 大地を蹴って、彼の胸へ飛び込む。

 ではあったが、そんなものは意地でなぞってやる。

 近付けば熱を奪われる? そんなもの、最初から考慮などしていない。する必要がない。

 俺は右手に握った結晶をナイフへ変え、彼の心臓に向けて突き立てた。






──────『熱を奪う能力チカラ』。それは、彼の記憶が生み出した能力だ。

 あの執事が死んだ時に感じた、“熱が奪われていく感覚”。その刻み込まれた悲しみの記憶トラウマが、能力として発現していた。


……しかし、その悲しみは本質じゃない。彼の根底にあったのは別の情熱だった。

 その吹雪も、熱を奪う能力も、全ては“悲しみ”から生まれたモノだ。つまり、


 だから───俺は信じた。

 彼の強さを。

 彼の───を。




「ぐ───ぁぁぁあああああ!!!!!」

 熱を奪われることはない。故に、この攻撃は届く。

 しかし───今度は新たに、火炎じょうねつが牙を剥いた。


 彼の心臓から赫い炎が湧き出る。

 その炎は俺の全身を焦がし、焼き、引き剥がさんとする。

 熱い。あつい。アツイ───その中に、彼の声が聞こえる。


“生きてやる”


“生きてやる”


“生きてやる、生きてやる、生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きてやる生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて生きて──────!”



 彼の熱い火炎の如き想いが───その温度に乗せて伝わってくる。

 相当に生きたいのだろう。心臓を貫かんと刺したナイフもその火炎に阻まれ、これ以上深く入らない。






───大したものだ。そこまでして、領民たみのことを想っていたのか。

 領民のことを忘れてもなお、領民と交わした約束のため、ここまで心を燃やせるのか。

 正直……憧れる。俺は彼のように、大切なモノを忘れてでも大切なモノのために生きようとは思えないだろうから。


───けど、




「こっちだって……引けねぇ理由があるんだよ───ッ!」


 あぁ───そうだ。俺にはがある。俺にはがある。俺には───

 だから……引けるものか。何がなんでも、我を通してやる。






───炎が燃える中、ナイフを引き抜く。

 一瞬。たった一瞬だけ、炎は弱まった。だがそれも束の間、再度強く燃え上がる。

 あまりにも強い炎は赫を超え、蒼白の色を作り出す。“蒼白の残火”は、容赦無く俺の体を燃やしていく。


 俺の体が燃え尽きるまで、あと数秒。大丈夫。決着をつけるには十分だ。

 掠れた景色を元に、ナイフを結晶へと戻し、新たな形へ変化させる。

 描いた形は一つ。───だ。


 俺に拳銃の知識はない。そんなものは必要ない。必要な手順は、

 景色をなぞっていく中、警告のようにサラの言葉を思い出した。「その拳銃を使ったら間違いなく右腕がぐちゃぐちゃになる」……あぁ、そんなことは承知の上だ。

 俺の右腕を一本犠牲にして、彼を殺す。彼を殺して、サラとこの土地を救う。そう考えれば、捨てるだけの価値はある───ッ!




「させるものか───!」


 俺の行動を防ごうと、彼は燃え盛る手で俺の顔を掴んだ。

 じりじりと、どろどろと、俺の顔が焼けていくのを感じる。

───これでは心臓を狙えない。なら───ねじ込むまでだ。


 頭に浮かぶ景色を必死になぞり、なんとか彼の心臓へ銃口をねじ込む。

 俺の体が燃え尽きるまで1秒───大丈夫。この距離なら間に合う。


 引き金を引き、ナニカが“ぐしゃり”と潰れた音を聞く。


 瞬間───






───その残火は、遂に











♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



「ア───ァ……」

「ぐ……ぁ……」


 領主はに倒れこみ、激しく、されど弱々しく息をする。



───銃弾を心臓に喰らったことが決定打となり、空想セカイはついに崩壊した。

 氷は砕け、炎も消えた。もはや残るは、生きようと足掻いた男の姿だけだ。




「ガ───ァ───」

 男は、我が土地も守れずに倒れたことを悔やむ。

 もはや起き上がることもできないこの身体では、約束は果たせない。それをただ、泣きながら悔やんでいる。




「はァ……はァ……」


 少年が立ち上がる。

 右腕から大量の血を流し、フラフラの足で男に歩み寄る。




「あぁ……そうイう、こトカ……」


 男は理解した。領土きおくを失った自分がどうなるのか。

───この少年が、何故戦ったのかを。




 少年は使い物にならなくなった右腕の代わりに、左手でナイフを握りしめていた。

 二度も心臓を刺されて生きているこの男に驚きつつも、今度こそ死ぬだろうことを悟り、静かに立っている。

 そのままナイフを振り上げ、動きを止める。

 全てを塗り潰さんとするその真っ黒な眼で、男を見つめる。




「お前は「俺のいる所こそ我が領土」だと言ったな」




 男は答えない。もはや領土きおくは壊された。

 少年はそんな男を見て何も言わない。ただ、責任として───一言。




「一つ、教えてやる。



───此処は、俺の土地だ」



 は、静かにナイフを突き刺した。

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