凍結氷城/銀の弾丸-1

「──────」

 世界が黒の闇に沈んで、意識が戻ってきた。

 フローゼンとの問答はやはり、彼の記憶の中での出来事だったのだろう。なんとなく、そんな気がする。


───さて、意識の戻ってきた俺は、彼の記憶から生まれた世界がどんなものなのかをこの目で確認した。


 見える場所全てが真っ白の銀世界。

 暴風が吹き荒れ、大雪が吹雪いている。辛うじて巨大な城の影だけは見えるものの、逆に言えばそれ以外の全てが認識不能。

 地球上の全生物が数分で死に絶えそうなほどの極限環境。しかし……おそらく此処は、彼の暮らしていた村だ。“悲しみ”の記憶が元になって極寒の地を作り上げてはいるが、氷の下にはきちんと当時の姿を再現した村があるのだろう。

 根拠はない───だが、何故だか俺にはわかった。


「私としたことが、完全にやらかしたわ……」

 俺の隣で、緋色の女が目を覚ます。

 怪我こそしていないものの、明らかに疲弊した様子で汗をかいていた。

 呼吸をする度に肩が上下しており、もはや戦えない状態であることは俺にもすぐわかる。

「大丈夫なのか?」

「なわけないでしょ……自分の肉体みたいなモンを上から塗り潰されたのよ……?

……まぁ、心配してくれてありがとね」

 そう言いながら、彼女は近くの壁にもたれかかる。

 彼女が近づくと同時に雪は溶け出し、綺麗な石垣が露わになった。

 何をしたのかはわからないが、とりあえず世界の展開される直前に彼女が対策を打てたことはわかった。この極限環境で俺が生きているのもそのおかげだろう。






「───彼の記憶を視た」

「え……? あ───なるほど。そうね。そうよね」

 ついさっき、自分の世界を覗かれたからだろう。想像していたよりスムーズに納得してくれた。

「それで……どうだったの? 何かわかった?」

「───あぁ。このかなしみだ。奥には別の約束がある」

「……そう。私にはわからないけど、貴方がそう言うってことは恐らくそうなんでしょうね。

 そうと決まれば、早く行くわよ。正直この状態を維持するだけで精一杯だし、それもそろそろ限界だからね」

 サラの言う通り、彼女が疲弊しているのは俺からみても明らかだ。

 先ほどに比べれば回復したとはいえ、それでも戦闘ができそうには見えない。


……やはり───決着は俺がつけることになりそうだ。



「……わかった。それならあの城に向かおう。

 なんとなくだが、彼は彼処あそこに居る気がする」

「わかるの?」

「あぁ。まぁとは言っても、勘みたいなモンだけど───っ!」

 咄嗟にサラの手を引き、位置が入れ替わるようにして短刀を突き出す。

 何が起きたのかわかっていないサラを抱き止めると同時に、胸に短刀を刺された人形きおくは粉々に砕け散った。


「な、なに?」

「お前───マジか」

……もはや自分を狙う気配にすら気付けないほど弱くなっているとは。ビルを投げたり空を飛んだりしていたあの大活躍からは想像できない姿だ。

 どうやら、彼女は俺の予想以上に限界らしい。

「……まぁ、どうこう言ったところでどうしようもないか。

 それより、この人形きおくだ。まさか、こんなものがいるとはな……」

 俺の記憶が正しければ、今壊した人形きおくはあの村の領民だったはずだ。あの執事ほどの中身おもさはないだが、それでも雑兵程度の働きは十分できそうに見える。

 つまり───今のサラが戦える相手ではない。


「……本格的に急いだ方が良さそうだな。

 ほら、腕まわせ」

「え、あぁ。ありがとう……」

 サラの腕を肩にまわし、彼女を支えながら歩く。

 彼女一人でも歩けはするのだろうが、それでも見ていて危なっかしい。

 何より……こっちの方がいざという時に庇うことができる。

「よし。転ぶなよ」

「安心して。貴方が “怪我人を乱暴に扱うような最低なこと” をしなければ転ばないから」

「コノヤロウ……」

 せっかく人が支えてあげてるというのに笑いながら煽ってくるなんて、良い度胸をしている。

……ただ、おかげで少し安心できた。


 “後で少しばかり仕返ししてやろう”などと考えつつ、俺は彼女を抱えて遠くに見える城へ急いだ。



♢♦︎♢♦︎♢



「わかってはいたが……なんだかんだ大きな城だな……」

 障害物に身を隠しつつ、城を観察する。

 彼の記憶で一度見たのでわかってはいたが、それでも圧巻の大きさだ。

「んで、あの城の頂上に……やっぱりな」

 吹雪で視界が悪い中城の頂上を見上げると、テラスの上に立つ彼の姿が見えた。

 左手で額を抑え、ただただジッと、何かを考え込んでいる。

 右手に大剣を構えているのは───身体に染み付いた癖だろう。今の状態から考えるに、こちらが動いたことを認識した瞬間、反射で斬ってくる可能性が高い。

 そうなってはおっかないので、俺は大人しく顔を引っ込めた。

「さて、時間がないわけだが……どうやってヤツを殺す?」

「私に聞かれても困るんだけど……今の私は武器も作れなければ満足に動き回ることもできないか弱い乙女なのよ?」

「つまり完全な役立たずってわけだな。理解した」

「噛むわよ」

 サラが俺に抗議の目を向ける。いや違うか、これは明確に殺意の籠った目だ。抗議感覚で殺意を出さないで欲しいものだが、そこはまぁ文化と常識の違いだろう。そう思って割り切ってみると、なんだか可愛くも思えてくる。


……さて、話を戻そう。俺たちは、現状を打開する策を考えなくてはならない。

 そのためにも、前提として相手と此方こちらの状況を把握していることが大事だ。

「サラ。あの城の中に人形きおくが何体いるかわかるか?」

「きおく? ……あぁ、さっきのね。

 正直こんな状態じゃ自信はないけど……うん。城内の外側の方に固まってることだけはわかるわ。ただごめん、数はわからなかった」

「いや、上々じょうじょうだ。それで大体わかる」

 さて、ここからは予想だ。城内の外側に固まっているということは、城の外から来る脅威を排除する目的のはずだ。

 つまり───遠距離攻撃の手段を持っていることになる。そうではなくては、見張りはともかく他の者まで城内での防衛を想定していないことに説明ができない。

 であれば、遠距離武器と仮定して───肝心となるのは、武器のだろう。

 その武器が『弓』であるか『銃』であるか……そのまた他の可能性も考えらえるが、その違いは非常に重要だ。特に『銃』やそれに類する物であった場合のことを考えると……正直頭痛がする。

 しかし幸いなことに、ここは“彼の記憶”だ。つまり、この世界は現実の歴史でいう12世紀頃を軸にしているはずであって……俺の知識が正しければ、その時代に

 なら……障害は一つ減った。




「……現状で問題があるとしたら、あの斬撃だな……」

 正直なところ、それが一番恐ろしい。

 防御不能で飛んでくる音速の一撃。それを回避できるだけの身体能力は、人間の俺には存在しない。再生能力なんかはもってのほかで、一回でも斬られた瞬間俺の命は終わりを迎える。

「なぁサラ。確か、この武器結晶って拳銃もあったよな?

 彼の死角から心臓を撃ち抜くとかって考えたんだけど……」

「はぁ? 私が言ったこと忘れたの?

 その拳銃を使ったら間違いなく右腕がぐちゃぐちゃになるって言ったでしょ。それに、この吹雪じゃ最低でも20mは近付かないと当たらないだろうし、仮に近付けたとしても熱を奪われて銃弾が空中で静止するわ。現実的じゃないわね」

「そう、か……───ならやっぱり、なんとか近付いて心臓を突き刺す作戦だな」

 銃弾が当たろうが結局熱を奪われ無力化されるというのなら、やはり銃は使えないだろう。

 “熱を奪う能力チカラ”の無害化はサラがやっていたが、「遠距離攻撃では使えない」とも言っていた。つまり、難易度は上がるが近付いて突き刺す作戦に───




「───あ、それ無理よ。今の私、熱とエネルギーの関係切断とか絶対無理だから」




「───ははっ、マジか……」

 突然告げられた事実に、俺は笑って流すしかできなかった。

 どうする……このままじゃヤツに勝つ手段がないぞ……?

「ごめんなさい。けど、流石に限界が過ぎるわ。

 そもそもあれ、私の世界じゃないと使えない技だし……」

 サラが申し訳なさそうに落ち込んでいる。

 別に、彼女が悪いわけじゃない。彼が規格外だっただけだ。

 それにそもそもの話、サラがあそこでフローゼン相手に頑張ってくれたおかげで俺は生きている。だから……───そんな顔は、しないで欲しい。


「……気にするな。それに関しては後で考えればいい。

 どっちにしろ、俺は近付くという手段を取らざるを得ないんだ。その上で大きな障害になるのが……多分、あの斬撃だ」

「そう……ね。あれをなんとかしない限り城へ走ることもできないでしょうし」

 サラの言う通りだ。恐らく、あの斬撃は飛び出した俺を認識すると同時に放たれるはずだ。そして間違いなく、“死”は正確に俺を仕留める。

 せめて、一撃でも逸らすことができれば───


「───ねぇ。私が囮になって斬撃を逸らすってのはどう?」

「は? ……それ、大丈夫なのか?」

「一発までならギリギリ耐えれるわよ。

……あーでもそっか。そもそも私の方に誘導する手段がなかったわ。やっぱり却下で。

 あ〜あ……せめてド派手に攻撃できる武器があったらな〜……」

「残念だけど、俺はお前から渡された武器しか持ってないからな。流石に攻撃手段がなくなるから、これは渡せないぞ」

「わかってるわよ。こっちだって予想外だったんから仕方ないでしょ。

 まさか彩蝕世界を封じ込めてるとは思わなかったんだもん。そら一回刺したぐらいで死ぬはずがないわよね」

 サラが口を尖らせつつも少し顔を背ける。

 恐らく、“「心臓を貫けば死ぬ」と言っておいて肝心の相手が例外もいいとこだったので恥ずかしい”とかそんなところだろう。


 それにしても、武器か……俺のナイフを渡せば囮作戦も実行できるかもしれないが、それだとさっき言った通り俺の武器がなくなる。それでは本末転倒だ。

 サラの言う通り、せめてもう一つ武器があれば───いや、待て。

「……サラ、俺が使ってるこのナイフって、確かなんだよな?」

「そうだけど……それがどうかしたの?」

「お前の話が正しければ、が存在するんだよな?

 俺が撃つと支えることすらできないほど高威力な弾を放つ、強力な武器が」

「そうね。普段は自分で作る方が便利だから使ってないけ、ど……あ!」

 俺の質問の意図を理解したのか、サラはポケットから赤色の結晶を取り出した。

 彼女が指を動かすと結晶は俺のモノと同じように姿を変え始め、やがて緋色の砲台へと変化する。


───これこそ彼の気を引く為の『ド派手な武器』……即ち、『』だ。


 ギリギリ物陰に収まる大きさだが、万が一の事を考慮して結晶に戻す。

 サラはその結晶を拳銃やナイフ、その他俺には名前すらわからない多種多様な武器に変形させ、動作確認を行った。

「よし、ちゃんと動くわね。……これでなんとかなりそうかも」

「なら城まではいけるな。

 問題は、“彼の場所まで辿り着けるか”なんだけど……」

 なんだかんだ、かなり大きな問題だ。

 城まで辿り着けたところで、その頂上にいる彼の元へ辿り着くのに時間がかかる。俺はあの人形きおく共を殺しはしない……というかそんな余裕がないため、城に入ると同時に大量の人形きおくに襲われることになるだろう。

 仮に景色を視て抜け出せたところで、この吹雪だ。彼と対峙するより前に凍死する可能性の方が高い。


「別に、そんなの簡単よ」

「え?」

「こっちから行くのが難しいなら、あっちの方から来て貰えばいいのよ」

「───は?」

……困ったな。久々に、言っている意味が何もわからないぞ?

「来てもらうって……一体どうやってやるんだよそんなの」

「別に、城までは行けるんでしょう? そこから頂上まで行くのが難しいだけで」

「確かにそうだが……」

「ならあとは簡単じゃな……っと、ごめん、ちょっとまってね……」

 サラが少し苦しそうに呻いた。

 もう時間がないのだろう。彼女の力も弱まっているのか、俺たちのいる場所にまで雪が舞い始めている。このままだと近いうちに凍え死ぬだろう。


 なら───迷っている時間はない。






「───わかった。それでいい」

「え……いいの? 内容もまだ聞いてないでしょ?」

「もう限界なんだろ。これ以上無理もさせられないし、やってやるさ」

「ちょ、ちょっとまって? 本当にいいの!? 貴方が無事な保証はないのよ!?」

「大丈夫だ。なんだかんだ、お前のことは信頼しているからな。どうせ、無事な保証はないとか言っておいて、実際はってことだろ?

 そんなの、最初から重々承知だ」

───そうだ。思い返せば、彼女は一度も“俺が死ぬ前提”で物事を考えていなかった。そりゃあ何度も死にかけたが、彼女はいつだって俺を生かそうとしていた。

 最終的に生きるか死ぬかは俺の活躍次第だ。むしろ、俺の活躍次第で生きれるような作戦しか彼女は考えていない。


───なら、命を掛けるには十分だろう?




「で、───でも待ちなさい。まだ熱を奪われることに関しての対策ができてないわ。それをなんとかしない限り、どう頑張っても殺すことは不可能よ!」

 と、俺が走り出そうとしていたところでごもっともな忠告が飛んできた。

 確かに、それをなんとかしない限り絶対に勝つことはできない。だが残念ながら、それをなんとかできる手段を俺は持ち合わせていない。だから───

「───そこは、まぁ……信じるしかないだろうな」

「“信じる”……って、何を……?」




「決まってる。───だ。」




「──────」

 サラは、俯いて震え出した。

 そのまま数秒間に渡って動かないものだから、心配になって顔を覗き込もうとした瞬間───


「───さいっこう! その冷酷な癖に変に真面目なところ、なんだかやっぱり大好きかも!

 いいわ。スタートは私が大砲を撃ったその瞬間! 後は貴方に任せるから、合図と一緒に走り出して!」

「だいす───っ!? ……あぁ。わかった!」

 これまでに見たことのない最高の笑顔を見せて、サラが大砲を構える。

 その言葉と表情に一瞬ドキッとしたが、すぐに気を引き締めて俺も構えた。






───真っ赤な光が砲口に集まり、殺意の塊となって標的の姿を捉える。
































「───いまッ!」











 彼女の声が聞こえた瞬間、それを掻き消すほどの“巨大”な轟音が空想セカイに響く。

 そのけたたましい轟音を合図として、俺は走り出した。

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