氷霧の蒼白-9
サラが飛び出してから少しして、ビルを突き破るようにフローゼンが現れた。
おそらく、サラに吹き飛ばされてきたのだろう。その身体はボロボロで、右腕と左脚が欠如している。
もはや生きているのが不思議なぐらいだが、そこは流石というべきか……心臓付近の損傷が増えていないことから、心臓への攻撃は全て避けきっているのがわかった。
「ぐ……う……」
「は、マジかよ───」
ただ、それとは別に……あまりの光景に、思わず笑ってしまう。
仕方ないだろう。だって、まるで鏡合わせのように、空に街が現れたのだから。
夢でも見ているのかと錯覚してしまうが、これは紛れもない現実だ。全身の傷と痛みがそれを証明している。
その“夢のような現実”を瓦礫の影から眺めて数秒。まるで槍でも作るかのように、その街が回転しながら一箇所へ集まっていく。
もちろん、その目標は決まっている。そして……それに気づかない相手ではない。
「が──────ぁあッ!」
ボロボロの身体で、大剣を掴み、握り締め、振り上げようとする。
……大したものだ。その“生”への執着は並のものではない。しかし───
「ぐ───ッ!?」
その腕を、
その大剣が届くことはなく、同時に、逃げの一手すら潰された。
もうヤツに為す術はない。後はサラが槍を完成させて、貫けば終わる。
もう、ヤツに頼れるものと言えば……
「……───旦那様!」
……あの執事だ。
執事は血相を変えて駆け寄ってくる。そりゃ当然だろう。自分の主人が死にかかってるんだから、焦らないはずがない。
しかし厄介なのは確かだ。あの執事がフローゼンを回収すればまた戦いは振り出しに戻り面倒なことになるが、満身創痍のフローゼン相手ならまだしも、五体満足の執事を相手に足止めできるほどの余裕というのが、今のサラには存在しない。
つまり───ここからは俺の仕事だ。
「──────っ!」
「な───ッ!?」
執事の足を狙い、低空姿勢で影から飛び出す。
俺は景色通り、半ば転がるような形で、執事の踵を斬り裂いた。
「が───この……邪魔を……!」
「どうした。主のことが心配か?」
俺の煽りにも反応せず、執事はすぐに起き上がった。
こちらのことを睨んではいるが、あくまでも目的は主人の救出らしい。よく出来た執事だ。
それでも───通すわけにはいかない。
「…………!」
「は───っ!?」
突然迫ってきた執事の双剣を受け止め、慌てつつも弾き返す。
そのまま俺の脇を通り抜けようとする執事の前に剣を突き刺し、進路を塞いで反撃した。
……我ながらよく反応できた。踵を斬られたというのにこの速度……やはり、最初に足を狙っておいて正解だったらしい。
そのまま数十度、打ち合いを繰り返す。
なんとか対応はできているものの少々押され気味だ。このまま長引けば、確実に隙を突かれて合流されてしまう。
汗が滲み、ただでさえ限界な俺の
その音が槍の完成した音だと気付いた次の瞬間───まるで世界がぶつかったかのような、
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
彩蝕世界とは、空想の具現である。
想像した事象を現実に起こすことが可能なこの世界で、思考・肉体の両方の制限がなくなるとどうなるか……答えは簡単、世界そのものを生み出せる。
「『トロンプ・ルイユ』」
緋色の少女が生み出した“もう一つの世界”は変形し、一つの巨大な槍となる。
彼女はその槍を掴み、蒼白の城主へ向かって突撃した。
いくら形が変わったとはいえ、それは世界そのものだ。つまりこの一撃は、世界そのものをぶつけた一撃ということになる。
流石に規模としては地球に遥か及ばないものの、それでもその槍が『世界』であることに変わりはない。
もちろん、そんなものを喰らって無事で済むわけがない。いやむしろ、少しでも死体が残れば奇跡と言っていい。
これだけの威力なら、心臓を貫いた“余波”で全身が跡形もなく消え去るはずだ。
……しかし───
「ぐ──────ぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「は───ぁあ!? うそでしょ!?」
───男は、耐えた。
彼女が驚くのも無理はない。そもそも、世界を相手に一瞬でも持ち堪えたならそれだけで偉業だ。にも
彼の全身から吹雪のような風が巻き起こり、世界そのものを凍らせるかのような勢いで周りのもの全てを押し除けようとしていた。
一体、どれほどの自我があればそこまでできるのか……それは確かに彼女の好奇心をくすぐったが、それよりも彼女には為すべきことがあった。
槍を持つ手に力を込め、吹雪を押し除けるように、更なる力で心臓へ刺し込んでいく。
「旦那様!」
その様子についに耐えられなくなったのだろう。執事が声を荒げて駆け寄ろうとする。
その瞬間───全てが、決まった。
「───隙を、見せたな」
「あ───っ」
動揺した執事の隙を突き、少年がその心臓を貫く。
あの槍が世界であることを彼は知らない。故に、動揺も感嘆もせず、冷静に執事だけを見ていた。
全てはこの一瞬───そして、城主を仕留める為───
「■■■■!」
もうとっくの昔に忘れてしまった、彼の名を叫ぶ。
最期まで共に生きた、生きてくれた、愛しい
彼はもう既に限界だった。後一歩のところを、その意地で持ち堪えていたに過ぎない。
しかしその意地すらもたった今砕けた。そして、遂に───
───槍は、その心臓を貫いた。
♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎
「はぁ……はぁ…………はぁ───」
「ァ……ァア、ア……」
配下を殺され、心臓を貫かれ───それでもなお、ヤツは生きていた。
しかし、それも時間の問題だろう。このまま放っておけば、ヤツは死ぬはずだ。
「だん……な………さ…………」
執事の姿も段々と薄れていき、白い霞になって消えた。
死体が完全に見えなくなると、肩を軽く叩かれる。
「お疲れ様、佐季」
「あぁ……そっちこそお疲れ様」
彼女の笑顔を前に、思わず表情がゆるむ。
先ほどまでの死闘が嘘だったかのような落ち着きだが、ようやく終わったのだ。そう気が抜けるのも仕方ないだろう。
「本当に疲れたわ……佐季は大丈夫だった───ってうわ、すごい傷!?」
「え? あぁ、うん。名誉の勲章だよ」
「バカなこと言わないの! ほら、今治してあげるからじっとしてなさい」
「あ、はい。ごめんなさい」
ついカッコつけようとして、割と真面目に叱られた。
確かに彼女の言う通りなのだが、少し悲しい気持ちで治療を受ける。
「……それにしても、とんでもない相手だったわね」
「あぁ……そうだな」
先ほどまでの死闘を思い返し、疲れから大きくため息を吐く。
確かに、あの戦いを経験すると『一人で国を潰すことができる』というのも納得だ。サラの反応を見ている感じでは流石にその中でも外れ値ではあるらしいが、正直あそこまで行けば大差ないだろう。「核爆弾と隕石激突ならどっちが強いか」と言われてるようなものだ。
「まぁ、あの大剣が大変だったのは確かだけど、何気に熱を奪う能力が一番キツかったかもしれないわね。遠距離攻撃が通じないわけだし、近くで戦うにも常に集中力が試されるから辛いのなんの……」
「熱を、奪う───」
───改めて聞くととんでもない能力だ。
熱を奪うことで攻撃を無力化し、さらに射程無限かつ攻撃力無限の剣で相手を斬る。
大剣は武器であり能力とは関係ないが、それでも無敵の能力だろう。悔しいがサラの言っていた通り、俺一人では絶対に殺すことなどできない相手だった。
もっとも、今では静かに死を待つだけとなっている。配下も死んで、もうヤツは無力化された。
……ただ、その能力に対して少し違和感を感じた。
これまでの戦いを見る限り、熱を奪うモノであることは間違いないのだろう。しかし、少しだけ引っ掛かる部分がある。
戦いの中でコイツが熱を奪い動きを止めたのは、温度と一緒にエネルギーを奪っていたからだ。
熱とエネルギーに関係がある限り永遠に熱を奪い、最終的に国ごと凍結して滅ぼしてしまう……それがヤツの
……いや待て。何かおかしい。
熱とエネルギーの関係は断ち切られていたはずだ。なら、コイツが熱を奪ってもエネルギーは減らない。サラ曰くそうなると凍ることもないはずだから、ただ寒くなるだけで見た目の変化はないはずだ。
実際、二人が戦ってる時にサラの攻撃が凍らされることはなかった。サラと関係のない物体は凍っていただろうが、サラ自身に関わるものが凍らされることはなかったのだ。
───なのに、コイツが心臓を貫かれる瞬間、吹雪が舞っていた。
つまり、その吹雪はサラから熱を奪った結果生じた現象ではない。だからと言って空間から奪ったにしては、いくらなんでもいきなりすぎる。突然奪う熱の量が多くなったのか?
……いや、そもそも前提から間違っている気がする。
「コイツの彩蝕世界はあの氷霧だ」とサラは言った。だが本当にそうなのか?
いやそれより、この能力の最大の疑問点が残っている。
『熱を奪う』、それに間違いはないのだろう。だが───
───奪われた熱はどこへ行ったんだ?
少なくともサラによって関係性が断ち切られていない状態では『熱を奪うこと』は『エネルギーを奪うこと』と同義なのだ。
だが、ヤツ自身は大きな動きはしていない。確かに大剣を振るってはいたが、あれは結果として発生する規模がおかしいだけでやってること自体は普通だ。戦闘中もサラ以外からはエネルギーを奪っていたことを考えると、奪ったはずのエネルギーと使ってるエネルギーの量が釣り合わない気がする。
いや……違う。使っているはずなんだ。じゃないとヤツの体は過剰なエネルギーによって崩壊してもおかしくないはずだ。
じゃあ、その熱は一体どこに使われた? 思い返せば、あの吹雪はヤツの心臓から溢れていた気がする。
つまり、あの吹雪は『体の内側から溢れ出たモノ』なのか……?
……つまり、奪われた熱は『ソレを抑え込む』ことに───?
───マズい。
「……サラ、今すぐコイツをもっかい貫け」
「え?」
「いいから。コイツの中の熱が無くなる前に。早く!」
「ちょ、ちょ、え? どうしたのよ急に⁉︎」
サラは困惑する。そらそうだろう。だが今は困惑している時間すら無い。
───世界の気温が下がる。『熱が奪われる感覚』ではない。『冷気が蝕む感覚』が世界を支配する。
「し……ル…………ノか──────」
もはや死に体のはずのフローゼンがうめき声をあげる。
これは、ヤツ自身が抑えようとしていた世界だ。空気が凍りつき、世界にヒビが入る。
「───そういうことね……っ!」
サラが気付く。だがもう遅い。
すでにヤツから熱は失われた。もう抑えるモノはない。
「───くそッ‼︎」
「下がって!」
サラが右手を突き出す。
瞬間───
───緋色の
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