氷霧の蒼白-6

───緋色に染まったビル群が、まるでドミノの様に倒れていく。


 ぐにゃりと曲がったビルの側面は瞬く間に整えられ、巨大で大きな一つの“道路”を作り上げる。


 出来上がったばかりで、白線も何も描かれていない、もはや道路と呼べるのかすら怪しい代物だ。


 その出来上がったばかりの、若干乱雑さの残る道をはしる、緋色の流星が一つ。


 残光を“死線”に斬られながら、流星は進む。


 ソレは背後うしろへ残滓を残し───前へと、加速した。



♢♦︎♢♦︎♢



 全身に強烈な向かい風を感じながら、全力でバイクを走らせる。

 勿論バイクの免許なぞ持ってはいない。しかしこの場所彩蝕世界に法律はなく、それならば無免許でも問題はない。肝心の運転方法については昔親に頼んで教習所の人間に教わったことがあるため覚えている。

 その中、わざわざ人間に処理できる限界の速度を出して走っているのはできるだけ最短で終わらせるためだ。サラ曰く、時間をかければかけるほどに作戦の成功率は下がっていくらしい。ならば、少し無理をしてでも急ぐ必要がある。


「───にしてもこれは目立ちすぎじゃないか!? どう見ても斬撃にやられそうなんだが、本当に大丈夫なんだよな!?」

「だいじょ……ぶ! 銃ならまだしも斬撃なら切先の精密な挙動は無理のはず!

…………っと、剣の角度が1度ズレるだけで100m先では大体1mぐらいズレるから、200m以上離れてる私たちに正確に当てるのは至難の技よ!」

「のわりには時々危ない当て方してる気がするんだけど!?」

「そういう…………危ないのは私が見てるから!

 てか集中したいからちょっと黙っててくれない!?」

「そうかよ悪かったな! そういうことなら任せる!」

 確かに、この作戦を実行するにはサラが要となる。

 その作戦というのは、『360度あらゆる方向からフローゼンの心臓に向けて槍を飛ばし、串刺しにする』というものだ。今はその準備として、ヤツを中心に円周上に動きながら槍を生成している。

 サラ曰くヤツの心臓を狙撃するだけなら容易いものの、それだと斬撃で潰される可能性が高いらしい。ヤツの技量を見るに、動いている物ならともかく物は確実に潰してくるはずだ。

 実際、さっきから高速で動いてる俺たちにも───


「……ッストップ!」

「───っ!」

 バイクがピタリと停止した直後、すぐ目の前を“死”が過ぎていく。

 サラの言う「空間と時間の連続性」が復活するのを待ってから、すぐにバイクは最大速度に戻って走り出した。


───こんな風に、危ない瞬間というのがさっきから何度か起きている。

 このまま時間をかければいつか対応を間違えて死ぬだろう。作戦も確かに大事だが、それよりも死なない為に俺は全速力を出し続けている。


「やっと半周……!」

 ここまで到達するのに時間にしては数分も経っていないであろうが、いつ死ぬかわからないこの状況ではとてつもなく長い時間に思えてくる。

 ここまで頑張ってまだ半分なのか、と諦めたくなる気持ちもあるが、同じことをもう一度繰り返すだけで殺せると言い換えることで無理やり身体に熱を入れる。

 “物は言いよう”かつ“根性論”だが、実際それで動けるなら利用しない手はない。




───そうして、何度か死にかけながらも、ついに俺たちは一周し終えた。

 おびただしい数の槍はフローゼンを囲むように配置され、発射の瞬間をいまかいまかと待ち侘びている。


 ここまで来れば、もう時間をかける必要もないだろう。

 サラが右腕を掲げ、そして降ろす。

「『』!」

 彼女の叫びを合図に、大量の槍が発射される。

 その大群は音を超え、もはや光にも等しい速度で。心臓を貫かんと迫る。


 そしてその大群は───蒼白の氷霧によって



♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


 周りの地形が変化し、巨大な道を造った。


 そしてその道を、緋色の流星が駆けた。


 男はその流星を潰さんと何度も大剣を振るった。だが、その流星が残滓を残すだけで攻撃をしてこなかったことに違和感を感じなかったわけではない。


 その残滓に何か意味があることはわかっていた。攻撃の内容まではわからずとも、それが自身の斬撃では防げぬ類のものであるとは理解していた。


 そしてその残滓が今、緋色の輝きを魅せてこちらへ向かってきている。

 ここから躱すことなどできない。そんな隙間はない。かといって斬撃で潰すにはあまりにも数が多く、そして範囲が広すぎる。


 誰がどう見ても終わりだ。しかし、彼はその攻撃すら

 斬撃で潰すことはできない。かといって、躱すこともできない。

 なれば、彼はどうしたか。簡単だ。



     



 幾千の槍は彼を突き刺すわけではなく、直前で静止する。

 速度を失ったかのように急停止しては、凍った氷のようにその場で砕けた。


 これが、彼が何もせず立っていた理由。全ての攻撃は無意味。

 彼は対策をしなかったわけではない。“その必要がない”のだ。



「その程度の“熱”で、我が領民たみの渇きを満たせるものか……!」


 男は、悲哀の表情を浮かべる。

 その残火のような赫い眼を見開き、再び大剣を握り締めた。


♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



「ちょっと待て……なんだそれ」

 槍が砕かれ消えた場所には、薄い氷霧を携えて立っているフローゼンの姿があった。

 驚くことに、あの攻撃は一切効いていなかった。全くの無傷で、意にも介さずといったその様子に一周回って笑いすら込み上げてくる。


「………………」

 サラは黙ったまま、一言も発さない。

 ムカついているのか、それとも悔しいのか。ここからじゃ表情が見えないためよく分からないが、背中に感じる“圧”から彼女がこの状況を良く思っていないことだけは理解できる。


 それもそのはずだ。自信満々に用意した策が、全く通じずに終わったのだから。

 しかし、未知に関してあれだけ楽しげに考察を始めた彼女のことだ。すぐにその気持ちを抑えて、考察を始めるに違いない。


「……サラ、どうする?」

「───まぁ、まずは考察よね。情報集めのためにも攻撃は続けましょう。

 あれが一回限りの技や一定時間しか行使できない能力なら連続的な攻撃には耐えられないでしょうし、まだやりようはあるわ」

 ほらな。思った通りだ。

 彼女はすぐに気を持ち直し、攻撃の構えをとった。

 まだ終わったわけじゃない。この攻撃が通じなかったぐらいで、絶望するにはまだ早すぎるだろう。

「OK。わかっ───「ストップ!」っとォ!」

 バイクが停止すると同時に、“死”がバイクのタイヤを半分持ち去っていく。

 その衝撃波でバイクごと身体が吹き飛ばされたが、すぐに体勢を持ち直して道路に着地した。


「し、しぬかとおもった……」

「マズいわね。どんどん精度を上げてきてるわよアレ」

 斬り裂かれたタイヤに緋色の液体が纏わりつき、欠けた部分を補修する。

 そうしてバイクは即座に走り出したが……やはり、サラの言う通りに斬撃の精度が上がっている。少しずつではあるものの、何度かバイクの車体を削る程度には当たるようになってきた。


「…………だめ! 常に攻撃し続けても防がれる!

 というかむしろ攻撃を続ければ続けるほどに斬撃が速くなってきてる! もっと速度出せないの!?」

「これ以上は俺の処理が追いつかない。バイクというより俺の脳の問題だ!」

「そうは言っても、攻撃しながら斬撃のタイミングを見てバイクの操縦もするなんて、いくら私でも無理よ。せいぜい二つが限界だけど───ッバック!」

 サラがバイクを無理やり後ろへ下がらせる。次の瞬間、俺の指先ギリギリのところを“死”が通り過ぎていった。

 あと一瞬でも遅れていたら死んでいた恐怖から、息が詰まる。

「……いくら操縦が危ないとはいえ、攻撃とタイミングを見るのは私にしかできないし、攻撃しないと考察が進まないからやめるわけにもいかないでしょ?」

「じゃあどうするんだよ! このままだとジリ貧になって死ぬぞ!」

「そんなこと言われたって……」

 サラが口籠る。そりゃそうだ。どうしても思いつかないんだから。

 俺と操縦を代わろうにも、そうすると今度は打開策の考案ができなくなる。攻撃を続けようにも、ヤツの斬撃を見なければ死んでしまうためソレを捨てて攻撃を取るなど論外もいいとこだ。

 俺が攻撃か斬撃注意のどちらかを取れれば話は早いのだが、所詮俺がサラより優れているところなぞ『思い描いた未来が実行可能かどうかを視れる』程度しかなく、攻撃方法も持ち合わせていなければ未来予知ができるわけでもない。











───いや、はたして本当にそうだろうか?

 本当に、俺にできることはのだろうか?


 確かに、あの二つはサラだからこそできることだ。その代わりをするなんてできない。

……なら、発想を変えろ。俺にしかできないことで、彼女を手助けすればいい。


「サラ、攻撃はいい。その代わりちょっと運転を代わってくれ。そうしないと、このままじゃいつか斬られて死ぬだろ」

「はぁ? 確かにそれはそうだけど……攻撃しないでどうやって殺すっていうの? あの能力を破らないことにはどっちみちいつか斬られて終わりよ?」

「要は、あの能力の仕組みがわかればいい。なら、攻撃しないでも方法はある」

「仕組みがわかればいいのはそうだけど……攻撃しなきゃ何が効いて何が効かないかわからないじゃない!」

「いいや、わかる。考え方を変えればいいんだ。

 要は“この攻撃でヤツに傷を負わせられるかどうか”がわかればいいんだ。もっと簡単に言えば、

「それが可能な未来なのか───そうか、『』ね!」

「あぁ、その通りだ。

 お前が試したい攻撃を俺に言え。その攻撃を使った場合にヤツが傷つくかどうかを俺が想像すれば、あとは景色が見えるかどうかで弱点がわかる」

「なかなか面白いこと考えるじゃない!

 もう残ってる道もないし、早速やるわよ」

「あぁ、任せろ。お前はヤツの攻撃の回避と操縦を頼んだ」

「もちろん。じゃあちょっと待ってなさい」

 サラが手を動かすと、大量のビルがフローゼンの視界を遮るように立ち並び始めた。

 そのビルが段々と透明なガラスのように変わっていく中、サラはバイクを停止させて俺の前に割り込んでくる。


「思ったけど、どうせ攻撃しないんだったら障害物があっても構わないし、あっちから見えない方がいいわよね」

「いや、見えてるだろ……? ガラスみたいになってるぞこれ」

「マジックミラーってやつよ。こっちからは見えるけど、あっちからは見えないわ。

 それじゃあほら、早速やるわよ」

「おう───ってうおっ!?」

 サラがハンドルを握りしめ、アクセルを入れる。

 バイクは俺が運転していた時とは比にならない程の速度で駆け出し、俺はもはや認識すら難しいほどの動き続ける景色を前にして眼を閉じる。


───そして、俺たちの反撃は始まった。

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