氷霧の蒼白-4

「……とりあえず、お前が自分の世界でアイツの世界を塗り潰すことはわかったんだが……俺の出番なくないか?」

「ないに越したことはないと思うけど、流石にあるわよ?

 昨日も話したと思うけど、私って本気を出すのに攻撃を受ける必要があるから。最初は正面から戦う必要があるし、そこで協力してもらうつもり。

 そこで問題になるのがあの氷霧の性質なんだけど……それもあって、ちょっと考察しておきたいのよね。……『テンペラ』っと」

 彼女はホワイトボードを出現させてペンを握った。

 おそらく、情報の整理をするために用意したんだろう。ちょっとずつわかってきたが、サラは“単語”や“現象”等に対して解説癖がある癖に“行動”に関しては説明を放棄するらしい。

 別に自分の中の論理に則って行動しているのなら構わないため、何かとやかく言うこともなく続けさせた。


「まずあの氷霧の性質で、わかってることを箇条書きにしていくと……こうなるかしら。上から順番に、

・気温を下げる

・視界が悪くなる

・血を吸う

……以上! 他に何かある?」

「・街を覆うほどの大きさ

 テレビとか見る感じ、最近は事件ってより災害みたいな扱い受けてる程だしな。」

「確かに、それも一応書いておきましょうか。

 ん〜……こうやって見ると、あまり戦闘向きの性質は持ってなさそうね。でも百年前に討伐隊が返り討ちにされてたのを考えるに、まだ何か隠された性質がありそう。

 単純に情報も少ないし、あんまり突っ走るのはやめた方が良さそうね」

「討伐隊が返り討ちにされたって……それなら、何か情報があるんじゃないのか?」

「ないわよ。当時も無線とかがあったとはいえ、全滅しちゃったから大きな情報は収集できてないし、残ってた情報も大戦で焼けちゃったからね」

「大戦……世界大戦か。そうか、大戦が終わってからまだ百年経ってないのか……」

「そうよ? ちなみに勿論だけど、私も大戦の経験者よ。

 人間同士の争いには不介入を貫くって言い訳して戦場に出るのはやめたけど、中には彩化物とかその他の魔物もそこそこ混じってたみたいね。

……っと、話が逸れたけどフローゼンの能力はこんな感じかしら。一応寒さと吸血程度なら私の能力で無効化できるから、方針としては“隠された能力、もしくは武装に気をつけつつ心臓を狙う”って形になりそうね」

「なるほど、了解」

 俺が方針に納得したのを確認して、サラがホワイトボードを消滅させる。

 正直、この作戦じゃまだ決定打に欠ける気がするが……情報の量が量だ。現状じゃこれが最善だろう。

 それに、この作戦もあくまで本気が出せるようになるまでのだ。

 本気を出すイコール傷付いている関係上、それはつまり劣勢であるということなのだが、一発逆転の奥の手があることは安心材料となる。


「……あ、そうだ。傷付けば本気が出せるってんなら、自分で自分を斬りつけたりすればいいんじゃないのか?」

「え、あんた正気……?」

 俺の提案も兼ねた疑問に対し、心底信じられないとでも言うような顔でサラはドン引きしてきた。

 別に当然の疑問だと思うのだが、狂人でも見るような目で見られるのはすごく納得いかない。

「……まぁ貴方がヤバい人なのは知ってたからそこには触れないけど」

「おい」

「一応私を縛るのが目的のものなんだから、私が自分の手でなんとかできちゃうとマズいでしょ? だから自分自身の攻撃じゃ制限は外れないの」

「……なるほど」

 途中聞き捨てならない言葉が聞こえたが、それは置いておきとりあえず納得する。

 確かに、縛られている本人が縛りを解除できてしまうと意味がない。出口の鍵を渡した状態で閉じ込めるようなものだ。

「……んじゃ、お前が言ってた通りの作戦で良さそうだな。他に思いつくものも特にないし」

「えぇ。後は夜まで待つだけね。

 それじゃ予定通り、私の家まで戻りましょうか」

「りょうか……あぁいや、ちょっと待った。

 多分お前の家に着いたらもうゆっくりしてる時間もないだろうし、今のうちに晩飯を食べておきたいかな」

 腹が減っては戦はできぬ。ちょうど頭を使ったからか腹が空いてきたところだ。

 サラの家に行ってから食べてもいいが……一度“待ち”の状態に入ったのなら、どうしても心の準備ができてしまう。それを崩したくはないし、何より晩飯はゆっくりと落ち着いて食べたい。


「時間はまだ残ってるし別にいいけど……晩飯? 何か作るの?」 

「いや。なるべく時間はとりたくないし、冷凍食品で済ませるかな」

「ふ~ん……」

 幸い冷凍庫にはいくつか在庫がある。レンジで数分温めるだけですぐに食べれるのだから、本当に良い時代だと思う。


……ところで、なんでコイツはこんなに目を輝かせているんだろうか。

「……あげないぞ?」

「なんでよ!? まだ私何も言ってないでしょ!?」

「まだって事は言おうとしてたんだな?

 それはともかく、これは俺の貴重な食料だ。そうやすやすと他人にあげられるわけがないだろ」

 その通りだ。これは俺にとって今回のような非常用の貯蓄でもあり、簡単に他人に渡すわけにはいかない。

「ってかそもそも、彩化物って人の作る物食っても大丈夫なのか?

 なんだかんだ言って、結局血を吸ったりするわけだし」

「あー彩化物差別ですか?

 彩化物だって人間の料理も食べますー! 主食は別だけど、嗜好品みたいなものよ。食べないやつも中にはいるけど、食べられるのならなんだって食べるわ。

 まぁ、栄養にはならないけど」

「栄養にならないならいらないよな。じゃ、俺は自分のヤツ食べるから」

「嘘。栄養になるわ。

 なんだかお腹が空いてきちゃったから、私にも作って?」

「思いついたかのように空腹になるな。

 とにかく、これはあげな───」

「じゃあ貴方の血液を栄養としてもらうから、それでいいわよね?

 貴方がそれをくれないんだもの、仕方ないことよね!」

「ちょちょちょ待て待て! 俺の首に手を回すな!

 お前血は吸わないんじゃなかったのかって分かった分かった! 分かったから首筋に牙を突き立てるな!」

「……よろしい」

 俺が貴重な食料を渡すことを承諾すると、サラは素直に牙をしまった。

……本当に吸うつもりは無かったのだろうが、流石に今のは承諾せざるを得なかった。




「くそ……どうして俺がコイツのために料理を出さなきゃいけないんだ……」

「あ、私この『冷凍炒飯』が食べたいわ」

「お前マジで遠慮ってのがねぇな!?」

 まったく、コイツはこれまでこんな感じで生きてきて怒られたことはないのか……?

 いや、ないな。あったら絶対こんな事はしないはずだ。

「しょうがないな……とりあえず、できるまで二分あるから準備して待ってろ」

「準備? 具体的には何すればいいの?」

「あー……説明するのも面倒だし、とりあえず冷蔵庫から飲みたい飲み物とそこの棚からコップでも適当に出しとけ。あとは俺がやるよ」

「オッケー。それじゃ、私はテーブルで待ってるわね」

 弾んだ声でサラはリビングへ向かう。

 俺は人生でも中々することはないであろうかなり大きなため息をして、レンジの電源を点けた。



♢♦︎♢♦︎♢



 少し早めの晩飯を食べ終え、サラの家に移動してから数時間。

 外はすっかり暗くなり、そろそろヤツが現れるであろう時間になった。


「……」

 サラは先ほどからずっと携帯を見ている。

 無言で操作しているが、その顔を見るにどうやらかなり集中しているらしい。

 彼女がそこまでハマる物について少しは気になるが、別に聞くほどのことでもない。

 なにより、今はそれよりも大事なことがある。

「サラ、集中しているところ悪いんだが……そろそろアイツが現れる時間じゃないのか?」

「え? ───あ、もうこんな時間か。

 そうね、うん。もうそろそろだと思うわ。私たちも移動しましょうか。

 貴方の言ってた“相棒”は何処が怪しいって言ってる?」

「ん〜と……大体昨日と同じ場所っぽいな。

……移動していないのか? ……どうして?」

「そこまで慎重な性格じゃないんでしょ、アイツは」

 サラは携帯を仕舞いながらそう言った。

「どうしてそんなのがわかるんだよ」

「簡単な話よ。

 アイツが慎重な性格なら最初から人を襲ったりしないわ。あの氷霧は吸血能力もあるんだから、あれで殺さない程度に吸って地道に生きればいいのよ。

 なのにわざわざ、ちゃんと殺して吸い切ろうとしてる。狙われる危険性が上がるだけだってのを理解しているはずなのに、街を滅ぼすことをやめない。

 そんなヤツが慎重だと思う?」

「いや……たしかに、そうだな……」

 言われてみれば、そんな行動をしているような奴が慎重だとは思えない。

 いや、慎重ではあるのかもしれないが、それ以上に自分の実力に相当な自信があるのだろう。狙われる危険性を無視してそういう行動ができるのはそういう奴ぐらいのものだ。


「あとは考えられるとしても『そうしないといけないような理由がある』とかかしら?

 まぁどっちでもいいでしょ。昨日と同じ場所にいるってことさえわかればいいわけだし、対して重要じゃないわ」

 少し不安は残るが、それでもコイツは専門家だ。

 専門家というだけで信用するのはあまり良くないが、今はコイツ以外に頼れるような人がいない。

 ならとりあえず言ってることを信用するしかないだろう。


───念のため、警戒だけはしておくが。


「……そうと決まれば早く行こう。

 これ以上犠牲者を出したくないし、それなら早い方がいい」

 ソファーにかけておいた上着を取って玄関へ向かう。

 寒さに関してはサラがなんとかしてくれるらしいためあまり意味はないかもしれないが、一応ないよりはあった方が役に立つかもしれない。

 俺が玄関で靴を履いてると、サラも鍵を手に取って立ち上がる。

 しっかりと靴を履く俺に対して、サラは赤い液体で靴を作り、それを足に纏った。

「何?」

「……いや。なんでもない」

「?」

 不思議そうな顔をするサラだが、すぐに俺をおいて歩き出す。

「ちょ、だからお前ちゃんと待てって」

「早い方が良いって言ったのは貴方よ。ほら、急ぎなさい」

「微妙に論点をズラすのはやめ……っておいせめて話は聞けよ!」

 一人でさっさと歩いていく彼女に遅れないよう、慌てて俺も家を出た。



♢♦︎♢♦︎♢



「やっぱり少し寒いわね」

「……何が少しだ。昨日の数十倍は寒いぞコレ」

 なんとかサラに置いてかれないよう急ぎつつ、俺たちは電車に乗って繁華街にやってきた。

 ちょうどその直前に氷霧が発生していたらしく、時間的にはちょうど良いぐらいに到着したのだが……。

「なんでここまで寒いんだ……昨日はここまでじゃなかったよな……?」

 そうだ。あまりにも寒すぎる。

 あまりの寒さにすぐ上着を着たが、それでも体が震えている。体の芯からどんどん熱が奪われているような感覚だ。

「……佐季、ちょっとこっち来て」

「? どうしたんだ急に」

「いいから、早く来なさい」

 戸惑いながらも、俺は言われるがままサラのところへ向かう。

「そのままじっとしてて」

 サラはやってきた俺に向かって手をかざし、そのまま一言唱える。

「『レディメイド』」

 途端、さっきまでの寒さが嘘のように暖かくなる。

「うわビックリした……。ん? これアレか、寒さと吸血をなんとかするって言ってたやつか。

 いやでも、流石に早くないか?」

「私だって消耗は避けたいからヤツと出会ってからにしようと思ってたんだけどね。

 でも、そのままだと貴方が死んでしまいそうだったし」

「死にそうだった……?」

「やっぱり気づいてなかったのね。

 自分の手を見てみなさい?」

「俺の手を? 一体それがどう……は?」

 言われた通りに自分の手を見て、初めて気がつく。


───


「───ッ!」

「放っておいたら治るからもう気にしなくて大丈夫よ。

 それにしても、気付かないうちに凍らせるとは……何かタネがありそうだけど……」

 突然の出来事に焦りそうになるが、サラの一言で我に返る。

「この氷霧、昨日よりも強力になってるってことか……?」

「おそらくそうでしょうね。でもどうし───あっ!

 昨日、佐季の血を吸ったから……!?」

「俺の血を……そうか!」

 彩化物が血を吸うのは元々、自身の色を黒くするためだ。

 色が黒に近くなればなるほど能力は強力になっていく。俺の“色”はサラ曰くらしいから、それを吸えば色は必然───


……だとしたら、マズい。

「このままだと街が危ない……っ!」

「そうね。幸い、ここまで力を放出しているおかげで気配はダダ漏れになってるわ。

 間に合わなくなる前に急がないと……」

 そう言うと、サラは近くに停めてあったバイクに触れる。

 そのままバイクは緋色に染まり、暗号化されているはずの鍵を難なく外しながらサラはそれに跨った。

「ほら、乗りなさい。

 私が一人で向かうならまだしも、貴方も一緒ならこっちの方が都合が良いわ」

「いやそれ盗難……」

 慌ててサラを止めそうになるが、少し考えてやめた。

 本当なら良くないのだろうが、この緊急事態だ。持ち主には後で謝ればいいだろう。

 サラの後ろに乗り、振り落とされないようしっかりと掴まる。

「本当なら出せない速度出すから、口を開いちゃダメよ。

 舌噛みちぎって死ぬからね」

「良いから、早くい───っ⁉︎」

 喋るなと言ったそばから現在進行形で喋っている俺を無視して走り出す。

 バイクは初速から高速道路を走るかのような速度で走り出し、更に加速しながら霧の中へ向かった。

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