氷霧の蒼白-2


「じゃあまず魔術と科学の関係性についての話なんだけど……どうせその感じ、魔術のこと名前しか知らないでしょ?」

 彼女はおそらく解説のため、手のひらサイズの立方体と煙で出来た球のような物を作り出してそう言った。

「言い方がムカつくが……確かにその通りだな。魔術なんて単語、小説とか漫画とか、そういうでしか聞かない言葉だ」

「まぁそうよね。魔術の存在はあまりおおやけにならないし……でも魔術は確かに存在しているし、一部の科学者は知ってたりもするわよ。

 なんてったって、科学と同じレベルでこの地球の根幹になる法則だからね」

「科学と同じレベルで……つまり物理法則ってことか?」

「そうそう。正しくは科学の分野で定められている法則だけどね、『理法物理法則』は。逆に魔術の場合、『魔法魔素法則』と呼ばれている法則になるわ」

「魔法……てっきり魔術と同じものかと思ったけど、そういう意味だったんだな」

「まぁ理法だって本来は“道理にかなった法則”って意味の言葉だし、違う使われ方をしているのは不思議でもなんでもないわ。なんてったって理法と魔法は略語であって正式名称じゃないし、特に魔術の場合、知らない人の方が多いからね。


……話を戻すけど、魔術は科学とは対になる法則なの。科学が“実体”……つまりを基本にした分野なら、魔術は“属性”……を基本にした分野になるわね」

「物理的に形のない……概念?」

 ここで先ほど言っていた『実体』『概念』『属性』の話が出てきた。

 しかし肝心の意味についてはまだよくわからない。

「ここからは少し難しい話になるんだけど、どこから説明しようかな……今の時点で、何か疑問はある?」

「疑問云々以前に何もわからん。そんな状態じゃ疑問すら浮かばないよ」

「そっかー……じゃあ概念の仕組みから説明しようかしら?

 魔術の根本と少し絡んでくる話なんだけど……なんとか説明してみせましょう」

 知識ゼロの相手に教えるのはやはり難しいのか、サラは眉間にしわを寄せて深呼吸した。

 正直理解できる気はしてないが、聞くだけ聞いてみるしかないだろう。仮に全く理解できなかったとしても、それで説明に四苦八苦する彼女の顔を見られるのなら面白そうだ。


「……えーっと、まず概念っていうのは、簡単にいえば辞書の言葉みたいなものよ。

 そうね……例えば、科学では火をおこしたい場合、可燃性のある“物質”に何かしらの衝撃を与えるでしょ? それは実体のある物質を利用して火を起こしてるってことになる。

 魔術の場合は、『燃える』という概念を使うの。『燃える』という概念を使えば、周りにあるモノがその概念の干渉によって燃え始める。

 燃えたら火が出るでしょ? そういうこと。

 要は『』という“結果”からという“過程”が生まれたってことなんだけど……わかる?」

「あー……なんとなくは分かったが、なんかすっごいややこしくないか?

 どうしても理解に時間がかかる」

「まぁそれが原因で廃れたようなものだしね、魔術……。

 “結果の後に過程ができる”魔術ってのはどうしても“過程の後に結果ができる”科学の世界に生きる人間にはわかりづらいから仕方ないとは思うけど……。

 ちなみにこの概念、『燃えるためには火が必要だ』という人々の“認識”から来てるんだけど、概念はこんな感じで“認識”が強く現れるのよ。ある意味、それが廃れていくのを加速させた原因でもあるわ。

 ただでさえわかりづらい上に「魔術は難しいモノ」って認識が出来ちゃって、そのせいで更に魔術は扱いづらいものになり、そのループが始まったせいで最終的には誰も魔術には見向きもしてくれなくなってね……」

「あぁ……」

 すごく暗い顔で視線を落としているのを見るに、どうやら本当に残念らしいことがわかる。

 まぁ、実際に今説明を受けている俺が理解できていないことからも魔術の衰退は仕方がないとは言えるだろう。むしろ現代までしっかりと形を保って残して来た事の方が褒められるべきだとは思う。


「……話を戻すけど、魔術はこうやって認識が元になって過程が作られるの。

 彩化物の『色褪せる』というのは「太陽光を浴び続けると色が薄くなる」って認識が表れてるから、実際の色の種類とかはあまり関係しないのよね。「色褪せる」という結果が元になるわけだし、過程で結果に差が出るのなら結果から作られる魔術の場合は差が出ないのも必然でしょ?」

「……わかった。要は「」って事だな?」

「んー……まぁそういうことでいいや……。

 これで魔術についての説明は終わりね。結局これ使わなかったな……」

 手に持った立方体と煙のようなもので出来た球体を消して、彼女は若干不満そうに終わらせた。

 多分俺の理解方法に納得がいっていないのだと思うが、説明が面倒だから諦めたんだろう。彼女の楽しそうな顔が見られないのは残念だが、正直理解できないことを延々と言われても仕方がないので諦めてくれたのは助かった。




「……さて、ちょっと不満は残るけど解説も終わった事だし、今夜に向けて準備でもしましょうか」

「準備……じゅんびかぁ」

 そうは言われても防具とかがあるわけでもなし、武器に関しても貸してもらった結晶アレが便利すぎて新しい物はいらないわけで、特に出来そうなことはない。

 ただし、やるべきことがないわけではないので一応整理してみることにした。


・相手が次に現れる場所の確認

───これは影狼に聞けば解決しそうだ。

・今回の標的、即ちフローゼンの能力の確認と対策

───これに関しては俺よりも詳しいサラに聞くべきだ。整理が終わった後にでも頼もう。

・昨日発生した面倒事の後処理

───警察にでも連絡を入れておけばいいだろう。おそらく今夜も発生することを考えると、今日は控えて明日にまとめて連絡する方が良さそうか?

・今夜発生しそうな面倒事の前処理

───ヤツの霧の規模感から考えるに、被害は大きな範囲に出そうだ。こちらも警察に連絡を入れて、街全体をある程度封鎖してもらった方が良いかもしれない。

……と、それとは別に一つ、俺にとって面倒な事があったのを思い出した。

 昨日は時間がなくて雑に対応するしかなかったが、今なら時間もあるだろう。


「……よし。俺は一旦家に帰るよ。

 昨日からずっと制服だからな。昨日の戦いでボロボロだからいいかげん私服に着替えたいし、何かあった時に家にいないと困るだろ」

 そう。思い出した面倒事とは、制服のことだ。

───制服とは「自分はこの学校に所属しています」という“証”のようなものだ。制服の存在理由と言ってもいい。

 その制服を着ている人物が何か問題を起こした時、もしくは問題に巻き込まれた時、そして何か善行を行った時……様々な状況でその人が関わった場合、すぐにどこに所属している人間なのかわかり、伝えることができるようにするのが制服だ。

 もちろん、それを知っている人間はそれを避けて制服を着ないようにする。もっとも今の時代では大きな問題が起きた際にはすぐに顔が破れてしまうので昔ほどの意味はなさなくなってきているのだが……それでも制服を着ていないだけで学生とはバレずらくなるし、それを目的としている者もいる。

 それを分かりやすく体現しているのは帝だ。

 アイツは学校をサボる場合、必ず制服の着替えを持っている。学校から離れた場所で制服から私服に着替えてサボっているのだ。

 これは他人からの「昼におたくの学校の生徒が街で遊んでいましたよ」という学校への連絡を防ぐために行っていることだが、実際そのおかげでアイツは学校へ連絡がいった回数は少ないらしい。


 そんな制服だが、今の俺は絶賛着用中だ。上着で隠しているだけで中には着たままだし、その上昨日の戦いのせいで所々破れているわ汚れているわボロボロの状態だ。

 万が一にもその様子を見られたらどうなるか? まぁ、間違いなく学校へ連絡が行くだろう。それが特段マズいわけではないが、後々面倒なことになるのは目に見えている。

 ただでさえ今朝は学校からの電話に俺の知り合いを名乗る謎の女が出ており、その説明で面倒なことになりそうだというのに、これ以上厄介ごとは増やしたくない。

 昨日制服で出かけたのは時間がなかったからで、一応上着で隠すようにはしたものの決して完璧ではなかった。どうせ時間があるのなら着替えておくに越したことはない。


「あら、それなら私もついていくわ」

 サラはテーブルに置いてあったスマホをポケットに入れて立ち上がった。

「いやお前、日光は大丈夫なのか?

 さっき日光を浴びると色褪せるとかなんとか……」

「それなら別に大丈夫よ。

 私、能力で日光程度なら問題なく無効化できるもの」

「……お前、「結果が先にできる」とかの話はどこ行ったんだよ……。

 まぁそれが本当ならそれでも良いんだけど……別に待ち合わせてってことにしてもいいんだぞ?」

「どうせ作戦会議とかするでしょ? それなら対面で話した方が楽だわ。

 というか、貴方はここから自宅までの道がわかるの?」

「それぐらいわかるよ。少なくとも、この街の道は全部覚えてる。

 一回家の外に出ればあとは一人でも帰れるさ」

「……マジで言ってるの?

 この街、そんなに小さかったっけ?」

 サラは若干ひいた様子で俺のことを見ている。

 心外だ。俺はただこの街についてちょっと詳しいだけだというのに、なんでこんな顔されなくちゃならないのか。


「ただ、まぁそうだな。

 作戦会議するなら待ち合わせよりそっちの方がいいか……」

「でしょ?

 そうと決まれば、さっさと行くわよ」

 サラはそう言うと、俺のことを無視してさっさと玄関へ向かう。

「ちょっとサラさん? せめてオレのことは待ってくれませんかね?」

「待ってるじゃない」

「同じタイミングで家を出ようって意味だよコノヤロウ。病み上がりの人間を放置して勝手に行くな」

「うるさいわね。本当に置いてくわよ?」

「わかった、わかったからそう急かすなってかもう置いてってるじゃねぇかお前!」

 慌てて玄関へ向かい、靴を履く。

 サラに置いて行かれないよう、俺は小走りで家に向かった。

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