片道切符-7
───時は遡り、佐季が“藍色の男”に連れ去られた頃。
「……驚いた。まさか仲間を作るタイプだとは思わなかったわ」
「いえいえ、違いますよ。あの男性とは今、初めて出会いました。
ただし狙いはあの少年だったようなので……ここは利害の一致ということで」
「あっそう。申し訳ないけど、彼には個人的に興味があるの。
まぁ、簡単に死ぬとは思えないし、もしそうなら期待外れだから諦めるけど……それでもやっぱり、心配ではあるからね。
……さっさと終わらせるわよ。『テンペラ』」
サラは空中に現れた緋色の剣を手に取る。
西洋剣術の構えを取り、ただ静かに、執事が構えるのを待っている。
「……おや。早く終わらせたいのでは?」
「わかってるなら早く構えてくれないかしら」
「あぁいえ、すみません。しかし……急ぎたいであろうに何故、わざわざ待ってくれるのかが気になってしまいまして」
「別に、貴方は敵だけど悪人じゃないっぽいし。待つのが筋ってものでしょ?」
「成程、そうでございましたか……ではこちらも、その誠意に応えなければいけませんな」
執事は少しだけ微笑むと、どこからか流水のような剣を取り出し、両腕に構えた。
昏い涙のような色をしたその剣から、サラは■■を感じとる。
「……どうかなされましたか?」
「いえ、なんでもないわ。始めましょう」
「そうですか。では……っと、そうそう。始める前に一つだけ。
───貴方は確かに強敵でしょうが、
急ぐのなら……頑張ってくださいね?」
「さらっと「仮に」とか言うあたり、元々負ける気ないでしょ。意地が悪いなぁ」
「旦那様にもよく言われます。では……ッ───!」
執事の合図から一呼吸置いて、剣が打ち合う音が響く。
互いに全速力で飛び出したからだろう。駆け出すなんて過程はとっくに過ぎ去っていた。あまりに凄まじい速度だったため、剣同士が打ち合った瞬間、強烈な衝撃波が辺り一帯を駆け抜けていった。
その衝撃波は
「街にはできるだけ被害を出したくないんだけどなぁ……まだこの街の権利者とも会ってないし、どんなことを言われるかわかったもんじゃないわ」
「では、
「やっぱりなんだかんだ性格悪いわよね貴方!」
サラの全力を防ぐためビルを背に戦おうとする執事と、全力を出すため執事をビルから離そうとするサラ。
互いに互いを牽制し合い、確かにこの様子ではどちらが勝ったとしても時間がかかる戦いになりそうだ。サラにとってはあまり良い状況では無いだろう。
それでも二人はこの戦いを楽しんでいる。それは強者故か、命知らず故か……
───霧は冷めていく。
♢♦︎♢♦︎♢
「グッ───!」
胸に衝撃を受け、道路を横断するように俺の身体が吹っ飛ぶ。
そのまま道路を挟んで反対側の服屋まで飛んでいき、ショーケースのガラスを突き抜けてやっと勢いは収まった。
大きな音を立て粉々になったガラスの破片が上着に突き刺さるが、制服に止められて肉体までは届いていない。
「だから、なんで生きてんだよ……!」
「つっても……ゲホッ……ボロボロ、だけどな……ゴホッ……」
胸を蹴られたせいで肺が思うように動かない。咄嗟に両腕で守っていなければ潰れていただろう。代わりに腕を動かす度激痛が疾るようになったが……動くだけまだマシだ。
つくづく、合気道もやっていてよかったと思う。衝撃の逃し方がわかっていなければこの腕は使い物にならなくなっていただろう。
「お前の方も限界だろ……いい加減諦めて心臓刺されてくれねぇか……?」
「今更諦められるかよ……せっかくの再スタートなんだ。今度こそ、全部失うなんてことはしない……」
藍色の男は何かを想うように、己の胸元を握りしめてそう言った。
過去に何かあったのだろう……しかし、俺には関係のないことだ。
「そうかよ……ところで、左腕はどうした。再生させないのか?
……それとも、できないか?」
「チッ……そうだよ。それがどうした。
お前を殺すにはこの怪力さえあれば十分だ」
男はそう言って、すぐ横の壁を殴りつけた。
拳が当たった瞬間、凄まじい轟音と共に壁が吹き飛ぶ。衝撃で隣のビルの壁も崩れかけており、その威力の恐ろしさを実感する。
「……合気道やっててよかったよ、本当……───ッ!」
眼前に迫っていた拳をギリギリで躱し、激痛に悲鳴をあげる全身に鞭打つようにその場を転がる。直後、先ほどまで俺の背後にあったカウンターの左半分はぐちゃぐちゃの破壊音と共に粉々の瓦礫へと変貌した。
……ついに不意打ちまで使い出したか。しかし、こんな状態の俺でも回避できたことを考えると相当に遅い一撃だ。それから考えるに、あの男も限界に近いのは間違いないだろう。
これ以上街を壊されるわけにもいかない。そろそろ心臓を貫くことも不可能じゃなくなってきたはずだ。互いに限界だが、それ故にここで決めれる。
男が振り向く。俺が構える。
振り上げられる拳を前に、俺は動く瞬間を待っている。
……此処だ。その眼に視えた景色をなぞろうとした瞬間───
「ぃつッ……」
───声が、聞こえた。
「──────」
その声が聞こえた瞬間、俺たちは動きを止めた。否、止めてしまった。
声なんて関係ないのに。俺はただ、景色をなぞっていればよかったのに。
動きを、止めてしまった。
「───ッ!」
最初に動き出したのは、男の方だった。
声の聞こえた、カウンターの裏へ駆け込んでいく。そのためにカウンターを投げ飛ばして、瓦礫を撒き散らして、なりふり構わない様子で。
嫌な予感がした。
遅かった。
飛んでくる瓦礫を躱すのに必死で。
……走り出すことが、できなかった。
「ひっ! ───ぁぁぁぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
短く、悲鳴が聞こえる。
次いで、絶叫が鳴り響く。
その耳を
「………………………………」
びちゃびちゃと、音が響く。
そこには、白目を剥き、血を流して倒れている女性と───
───左腕を取り戻した、口元の紅く染まった男がいた。
「……すまなかった」
男は涙を流し、そう言った。
成程、ただの外道ではなかったらしい。
殺したくて殺しているわけではないのだろう。生きるために仕方なく、といったことなら納得できなくもない。
───だからどうした。納得は、コイツを許す理由にはならない。
「………………」
剣を構え、真っ直ぐと歩み寄る。
男は藍色の棘を生み出し、こちらに向かって投げてきた。
疲労困憊の俺はその一撃に反応できず、肩を貫かれる。
……止まらず、俺は歩き続ける。
景色は視えている。今度は間違えない。
ヤツには左腕がある? 関係ない。それが今、殺さない理由にはならないだろう。
「なん、で……止まらない……!?」
男は、怯えた表情で
ヤツが次の棘を生み出したところで、俺はヤツの足を貫いた。
「ガ……ッ!」
剣を槍へ変えて、投げただけ。
しかし効果は絶大だ。ヤツは転んで、動けなくなっている。
「……別に、その人には興味もないしいいんだが」
そのまま歩み寄り、槍を引き抜く。
瞬間、拳が向かってきた───が、
「え……ゴプッ───」
「死人を出されると、日常が壊れる。
それだけは……許せないな」
───心臓を貫かれた男に、俺を殴りぬくだけの力は、残されていなかった。
「おま、え……」
男はまるでバケモノでも見るような眼でこちらを見てくる。
そして死に際に一言、こう、吐き捨てた。
「……じごくに……おちるぞ……」
「だろうな、先行ってろ。
精々蜘蛛の糸にでも縋っとけ」
その言葉を最期に、男の眼から色が消える。
こうして、藍色は骸へと成り果てた。
「───ってぇ……」
骸から剣を抜く。
変形する機能のおかげで狭い場所でも長い武器を使えるのは“良い”。急に武器が伸びるのも奇襲になって便利だ。結晶に戻して、ポケットに仕舞った。
剣を抜いて少しすると、骸は心臓のあった場所を中心に白くなり始め、やがて霧散して消えた。
今日殺したゾンビ共も消滅したことから考えるに、消え方は違うにしろ死体が消滅するのは彩化物全体の特徴のようだ。
厄介事が残らないという意味では楽ではあるが……存在したことの証すら遺せないと思うとなんだか寂しくも感じる。まぁ俺にはあまり関係のないことだ。どうでもいいだろう。
───それよりも、厄介事と言えばまだ一つ残っていることがある。
目線を骸があった場所から横へ逸らすと、すでに青白くなった女性の死体が見えた。
死後間もないのに青白くなっているのは血を吸われたからだろう。血を吸われると色が混ざって彩化物になると聞いていたが……この感じだとその心配もなさそうだ。
「この死体は……警察に連絡を入れないとだよな。
今は別の案件があるし、事情聴取のことを考えると……いやそもそも、警察は彩化物のことを知らないだろうしどうやって説明すれば良いんだ……?」
「警察に連絡はいらないわよ。もう色々やっといたからね」
ふと聞こえてきた声に振り返ると、(もう壊れてしまった)店の入り口に、緋色の彼女が立っていた。
執事はどうしたのか気になるが……元々合流しようと思っていたところだ、ちょうど良い。
「色々って……お前の仕事、そんなに影響力あるのか?」
「警察のトップの方と繋がってるのよ。影響力っていうか協力関係のが近いかしら。
それより、その怪我大丈夫?」
「めちゃくちゃ痛いけど別に治らない怪我ではないし、大丈夫だよ」
「痛いなら大丈夫じゃないわね。ほら、ちょっと来なさい」
サラに手招きされるままに近づくと、彼女は俺の顔に手をかざす。
すると、背中の激痛や肩の刺傷などがみるみるうちに消えていき、疲労感以外の身体の不調はほとんど治ってしまった。
「うおすごっ!? なんだこれ」
「回復魔術。体力と引き換えに傷を治すってやつね。
そういえば魔術の説明はしてなかったっけ?」
「そう……だな。なんなら、魔術って単語も初めて聞いたはずだ」
「そっか。それじゃ簡単にでも魔術の説明を───」
「待った。それも気になるがそっちは後だ。それより、あの執事はどうした?」
「むー……」
サラはどうやら解説癖があるみたいで、それ自体は別にいいのだが今は聞きたいことがある。
サラは解説を邪魔されたことが不服なのか、ジト目の上目遣いでこちらを見つめてきたもののすぐにため息を吐き、真面目な顔に切り替えた。……なんだかんだ、こういうところは真面目らしい。
「執事は倒したわよ。少し苦戦しちゃって付近の窓ガラスが“全部”ぶっ壊れて道路が軽めに陥没して交差点二つが事故で停止してるけど……それ以外に大きな被害もないし、道路の方は応急処置を施しておいたから大丈夫だと思う。あ、ちゃんと死人も出してないわよ」
「うへぇ……いや、まぁ、そりゃあの男でも店を壊すほどに凄まじい怪力を使えるんだし、固有色ならむしろそれで済んだことを喜ぶべきか……?」
あの男は確かに強かったが、いくら『解変の黒』があったからとはいえ俺一人で殺せる時点で固有色ではないだろう。固有色未満の彩化物でさえ店を丸ごと壊すという大きな被害を出せるのだから、それよりも強い固有色はもっと酷いことに違いない。
なにしろ国を落とせるというのだから、街の一区画の道路と窓ガラスと交差点程度で済んだことを喜ぶべき……いや全然程度じゃないな、これ。
「それにしても、あの執事はお前が苦戦するほど強かったのか……。
……あの執事、フローゼンの部下なんだろ? 本当に勝てるのか?」
「あぁ、それなら問題ないわよ。
だって苦戦したのは本気が出せないからだし」
彼女は「そう言えば言い忘れてたわね〜」と軽く流す。
本気じゃなくてあの被害なのか……というのは一旦置いておいて、少し待って欲しい。「本気が出せない」だって?
「ちょっと待て。それってどういう意味だ?」
本気が出せない。それはつまり、自分の力を自分で扱えないということだ。
それは「国を落とせる」ということと矛盾する。それともコイツは全力を出した時を基準に言っているのか?
だとすればそれは間違いだ。全力を出せないのなら、それは実力がないのと同じだ。
誰しも全力が出せれば、脳の限界に挑戦できれば、できないことはほとんどない。
しかし、それはできない。だからこそ人は「私にそんな実力はない」と言うのだ。
不可能に近いができる。それは実力ではない。条件次第ではできる。それが実力だ。
しかし、サラはすごくわかりやすくソレを説明した。
「私、元々彩化物退治には仕事で来てるのよ。
そして上司は人間。立場的には私より上だけど、もちろん実際の実力で言えば私の方が上なの。なんたって、『国を落とせる』実力があるんだからね。
さて、そんな私が「叛逆します!」なんて言ったらどうする?」
「……太刀打ちできないな」
「そう。太刀打ちできない。
今回の固有色だって、本来なら百年かけて討伐作戦を計画するほどの化け物なのよ。むしろ勝てる方がおかしいわ」
「俺は今からそんな化け物と戦わされようとしてるんだけどな」
「貴方は黒いし、何より私がいるんだから大丈夫よ。
……話を戻すけど、もし私が叛逆しても自分たちでは勝てない。ならどうする?
そう、本気を出せないようにしておくのよ。なんとか太刀打ちできるレベルでね」
───なるほど。
こんな戦力を手放したくはない。しかし、叛逆されると困る。
だから本気を出せなくさせて……って、ん?
「それ、本気出せないなら意味がなくないか?」
戦力を手放したくないなら、本気が出せなくなると本末転倒だ。
それなら意識を奪うとか、そっちの方が効率がいいはずだろう。
いやしかし、彼女が強いのは心の色が強いからであって、意識を奪ってしまうことこそ本末転倒になるのか……? ……ここら辺はまだよくわからないな。
「もちろん、ただ単に本気が出せなくなると普通に弱体化だからね。
それは上だってわかってる。だから、私は傷を負うごとに強くなるように制御魔術をかけられてるの。
一応、厳密には強くなるってより制御が外れていくって言った方が表現としては正しいかな。
全力じゃない私ぐらいなら
私の方も一撃で沈められでもしない限りは負けないし、再生能力は制限を受けてないから何にも支障はないわ。むしろ、今回みたいに格下とも接戦ができるから気に入ってるぐらいかな」
「苦戦したのにやたらピンピンしてるのはそういうことだったのか」
「そうそうそういうこと! だから、フローゼンと戦う時は本気を出せると思う。
本気を出せるようになるまでは劣勢だけどね」
「それ、同じ実力同士だと負けないか……?」
まだ若干の不安があるが……とりあえずは納得できた。
戦力は手放さず、叛逆の心配はなく、いざとなれば全力を出すこともできて力は失わない。
実に理想的だ。こんな戦力を手に入れた組織はさぞ喜んだだろう。
これで心配は無くなった。本当にフローゼンと
サラもそれを感じ取ったのか、目線が俺から外れる。
「はい。それで疑問は解消された?
それならさっさと行くわよ。いい具合に傷ついて力が出てる今が丁度いいわ」
「あぁ、それなら少し待ってくれ。
さっきからどうも目眩が酷くてな。短時間であそこまで何回も景色を視たのは初めてだったから、そのせいかもしれない。
少し休んだら良くなると思うから、ちょっとだけ時間をくれ」
「そう? 体は治したはずだけど……脳とか心臓までは治せないし、そのせいかしら。
まぁいいけど……できるだけ早く治しなさいよ?」
「わかってるよ……」
そう言って、俺は腰をかけようと近くにあった瓦礫へ向かう。
サラの説明が始まったぐらいから妙に視界がぐらつく。どうも気分が悪い。
多分、疲労が溜まっているのだろう。体力を使って傷を治すと言っていたし、そういうことなら座って休めば少しは良くなるはずだ。のぼせたような感覚で、歩く。
しかし───瓦礫まであと、数歩というところで、異変が、起きた。
「───え?」
世界が落ちる。目の前にあったはずの瓦礫は消え、先ほどまで建物を映していたはずの俺の視界に灰色のアスファルトが映る。
「佐季?」
サラの声が聞こえる。振り向こうとするが、身体が動かない。
「佐季!」
駆け寄る音が聞こえる。
何が起きている? 頭が回らない。
「どうして? 確かに傷は治したはずなのに……確かに応急処置だけど……。
いやそれより、顔色がめちゃくちゃ悪いじゃない⁉︎ この症状どこかで……あ、そうだ貧血だ! でもどうして……そもそも、治す前の怪我もほとんどが内出血で貧血になるほどのものじゃなかったはずなのに……」
サラは俺のことを心配してるのか、それとも倒れた理由への興味なのかわからない声で分析を進めている。
しかし、分析は必要なかった。
「緋色の女、お前は強い。故にこそ、弱者を冒す毒に気付けない。
……強者であることが仇となったな」
答えを知る者が。今回の標的が。全ての元凶が。
あちらの方から、やってきたのだから。
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