片道切符-6

「それで、街に来てみたワケだけど……見事に“霧”ね」

「あぁ……本当、見事に“霧”だな」

 見渡す限りの白、見渡せるのは十メートルほど。視界は悪く、なんだか気分も悪く感じてしまう。まるでホラーゲームの世界にでも転生したかのようだ。


 そしてついでにだが、

 真冬の気温ほどではないが、中々寒い。一番気温的に近いのは秋から冬に移り変わるぐらいのあの肌寒さだろうか?

 雪が降るほどではないが、長袖を着ないと凍え死にそうだ。

 幸い、今の俺は制服に加えて上着を着ている。寒さにはある程度の耐性がある服だが、普段着で来ていたらどれだけ寒かったのか……想像するだけで凍えてきそうだ。


「この中にヤツがいるんだな?」

「そうね。貴方のその相棒の情報が正しければだけど……ごめん、私ここら辺の地理に詳しくないから道案内を頼むわ」

「はいはい……」

 なんだか使いっ走りのように扱われている気がするが、確かにサラの言う通り彼女より詳しい俺の方が適任だ。仮にこの辺の地理を覚えていたとしてカゲの話していた情報はあくまでも内輪でしか伝わらない情報であるため、どっちみち俺が先導することになっていただろう。




 連日の事件と霧のせいか、普段よりも格段に静かな街を二人で歩く。

 この辺は繁華街だと言うのに人の気配はなく、重苦しい空気が辺り一帯を支配している。

 そのまま数分ほど歩いて、カゲの言っていた場所まで辿り着いた。

「多分、この辺りで何かが起きるはずだ。もしくはいるはず」

「……惜しいわね。確かに気配はするけど、。どうやら、フローゼンではない彩化物がいるみたいね」

「なんだと……?」


「───流石でございます。旦那様と出会わずして旦那様とわたくしの気配を見分けるとは、恐れ入りました」

「ッ───!?」


 霧の向こうから、サラの言葉に応えるように声が聞こえる。

 相手の姿を見るよりも早く、俺は即座に結晶を構えた。

 俺が視線を声の方へ移して数秒後、その主が姿を現す。そこには、少しばかり古いデザインのスーツを着た初老の男性が立っていた。

「……フローゼンは一人だと聞いていたんだけど、貴方は誰?」

わたくしですか? そうですね……かつての幻と言えばよろしいでしょうか。一応は旦那様の執事をさせて頂いております」

「そう。名前は?」

「名乗るほどのものではありませんので……」

「ふーん。じゃあいいわ。貴方の主人は何処にいるの?」

「すいませんが、それを教えることはできません。どうかお分かりを……」

「……ま、だろうと思っていたわ」

 サラが大きくため息を吐く。

 対して執事を名乗る男は、困り顔を見せたまま微笑んでいた。

 二人の間には殺意が渦巻いている。しかし、表面上はそれを全く感じられない。路地裏でよく見るチンピラの威嚇とは違い、あそこまでの強者となると目に見える威嚇は必要ないのだろう。むしろ相手にどれだけ悟らせないかが実力の証明になっている。

 皮肉なことに、すぐに構えた俺の方が構えなかったサラよりも弱いということだ。


「貴方のその感じ……なるほど、幻の意味がわかったわ。

……よし。ちょうどいいし、佐季。貴方の動きに合わせてあげるから、自由にやってみなさい」

「……え、俺? てっきりお前が戦う流れかと思ってたんだが……」

「戦闘訓練も兼ねて、よ。別にそれで構わないわよね?」

 サラが“執事”へ向けて問いかける。明らかに相手のことを見下したような物言いだったが、“執事”は微笑んだまま軽く頷いた。

「えぇ、喜んでお受けしましょう。しかし───」

「え───!?」


───突如、何者かに口を塞がれ、物凄い勢いで引っ張られた。






「──────それまで彼が生きていたら、の話ですが」






♢♦︎♢♦︎♢



「───ッ!」

 突然のことに驚いたが、すぐに俺を抱えている手を掴み投げ飛ばす。

 半ば背負い投げの形になり、引っ張られていた勢いを利用したのもあってか俺を抱えていた相手は少し跳ねて道路を転がっていった。


「ってー……いやーもしかしたら背骨折れちゃったかもなー」

 その言葉とは裏腹に、ソイツは寝転がった状態から元気に飛び起きた。

 首をパキポキと鳴らしており、気怠そうに肩を回している。

「……何者だ、お前」

「俺か? 俺は……そうだなぁ……いや、なんか考えようかと思ったけど特に思いつかなかったな。

 まぁ彩化物だよ。お前の血を吸おうと思ってたところ」

「正直なんだな。騙そうとかは思わないのか?」

「つっても嘘とか下手だしなー俺。せいぜいが揺さぶりかける程度だし」

「なるほどな。わかりやすくて助かる。

……それで、お前はこの街の住民か?」

 見たところ、この男は先ほどの“執事”とは違って、極めて一般的な、現代的な服装をしていた。

 フローゼン達との関係性はわからないが、おそらく血を吸われたことで彩化物になったタイプだろう。知性はあるようだから……サラが言っていた、“強色”というヤツかもしれない。

 いずれにせよ、大事なのはこの街の住民なのかどうかだ。

「……どうしてそんなことが気になるんだ? この街の住民だと殺せないとか?」

「いや、そこはどうでもいい。どちらにせよ殺す」

「……こっわ。まぁなら言っちゃっていいか。俺の出身は確かに日本だけどこの街じゃないぜ。初めてきたもんだから観光も考えてるぐらいだ」

「そうか。この街出身じゃないのか。

 じゃあ───




───何も考えなくていいな」


 瞬間、俺は走り出す。

 黒く塗られた景色をなぞる様に、ナイフを構え、その首元へ腕を伸ばした。


「は───ッ!?」


 しかし、流石に距離がある。即座に動いたつもりだったが、どうしてもヤツの反応が間に合ってしまった。

 ナイフが当たるギリギリで飛び退き、切っ先を掠らせて、すんでのところで回避される。




………………次の瞬間、ヤツの首は宙を舞っていた。




「……え?」


 ぼとりと落ちた頭が、気の抜けた声をあげる。

 それもそうだろう。ヤツは間違いなく回避した気になっていたはずだ。

……確かに、ナイフは回避した。それは間違いない。でも、たとえどんな行動をしようが意味はないのだ。


 俺が首を斬り落とす景色を視た時点で、それは間違いのないとなるのだから。




「…………ふぅ」

 俺は手にしたを結晶へ戻し、ヤツの死体から背を向ける。

 一度ナイフを見せて油断させ剣で突き刺す作戦だったが、思ったよりも上手くいった。変形する武器は予想通り最高の初見殺しだったらしい。


それにしても、厄介な奴に時間を喰われた。一瞬で終わったとはいえ、こんなことをしている時間はないのだが。

「とにかく、早く合流しないと……」

 サラと合流するため、辺りを見回して店の方角へ足を向ける。

 ため息をついて歩き出そうとした瞬間───


「ッ───!?」


 咄嗟に“ソレ”を投げ飛ばす。

 先ほどヤツを投げた時のように、“ソレ"は道路を少し跳ねて転がっていく。

 そして数秒ほど経ってから、“ソレ”はゆっくりと起き上がった。


「あー……お前さ、不意打ちに対しての対応力がやたら高くない?

 絶対今のは殺せたと思ったんだけど」

「……なんで生きてんだよ」

「あ、そうか。知らないもんな。

 俺たち彩化物ってさ、心臓を貫かないと死なないんだよ」

 ヤツはなくなったはずの頭を再生させながらそう言った。

 なんで頭がないのに喋れていたのか、なんてどうでもいい。ソレより、ヤツが生きていた方が問題だ。

 言われてみて思い出したが、そういえばサラが似た様なことを言っていた。「心臓を貫かれると死ぬけど、それは彩化物全体の弱点」……だったか。

 てっきりアレは心臓を貫けば確実に殺せる程度の意味かと思っていたが、どうやら逆だったらしい。彩化物を殺すには心臓を貫く以外にはないようだ。


「なんでそんな大事なことを教えてくれたんだ? 教えなければ有利に立ち回れただろうに」

「あー……こればっかりは俺の癖だよ。深い意味はない。

 それともなんか考えてる方が良かったか?」

「……いや、それなら別にいい。じゃあ言われた通り、次は心臓を狙うからな」

 そう宣言して、未来を想像する。

 後はさっきと同じだ。視えた景色をなぞれば───

「───!?」


……


 俺の能力チカラ……“解変の黒”は、確率が低い出来事や不可能なことを想像すると景色は視えない。つまりはそういうことだ。

 俺はヤツを“殺せない”。




「どうした? さっきと違って大人しいな」

「……流石に不意打ちはもう通用しないだろ。機を見計らってるだけだよ」

 などと誤魔化してはみたが、状況は悪い。

 まず、サラの助けは望めない。いくらなんでもここは距離が離れ過ぎている。たった一瞬でここまで移動したのだから彩化物の身体能力とは恐ろしいものだ。

 それ故にこの状況、俺とヤツの一騎討ちになるわけだが……どう考えても俺の方が不利だ。

 当たり前だろう。


「……そっちが動かないならこっちからいくぞ?」

「チッ───!」

 そのまま考え込んで突っ立っているのを見逃してくれるわけもなく、ヤツはを握り締め、俺へ襲い掛かる。

 動きは───速い。しかし対応できないほどではない。俺は咄嗟に片足の力を抜き、倒れるようにして攻撃を避けた。

「そりゃ不意打ちが効かねーんだから見えてたら避けるわな!」

 ヤツは喋りながらも、間髪入れずに次の攻撃を繰り出してくる。


 それも、避ける。


 また、避ける。


 避ける、避ける、避ける───避け続ける。


「フッ───ハッ───ッラァ!」

「くっ───!」


 ヤツのを躱しつつ、俺は思案する。攻撃を避け、対応するので精一杯だが、このまま考えなければジリ貧で負ける。

 すでに上着は一部が斬られている。皮膚までは到達していないが、それも時間の問題だ。猶予はない。それよりも早く、俺はヤツを出し抜かなければならない。


───まず第一に、景色が視えない理由はなんだ?

 いや、それはわかっている。実現できる可能性が低いからだ。

 心臓を貫くには……恐らく、ヤツの警戒心が高すぎる。先ほどの不意打ちが仇となった。あの一撃のせいで、ヤツは俺を警戒してしまっている。

 警戒している相手の弱点を性格に貫くなんて、そんな難しいことが一端いっぱしの高校生にできるわけがない。それも当然だ。


「ぐ───ッ!」


 ついに、が皮膚を斬り裂いた。

 傷口は藍色に滲み、体力が奪われていく感覚がする。ヤツの能力だろうか。明らかに異常な疲労が襲いかかってくる。どうやら予想よりも猶予は少ないらしい。


……考えろ。ヤツを殺すにはどうすればいい。

 そもそも、やり方が間違っているのか? いや、心臓を貫かないと殺すことはできない。それが最終的なゴールであることに間違いはない。

 だが、心臓を貫く未来は今の俺にはあまりにも遠い未来だ。それは不可能ということではなく、どう頑張っても相手に防がれるからというわけだが……そうだ、実力的に不可能な訳ではない。


 しかし、


 簡単だ。ヤツが警戒しているから……つまり、ゴールの前に障害があるからだ。

 ならその障害を取り払えばいい。でもどうやって?

 急所は警戒するのが当然だ。何しろ、警戒せざるをえないのが急所なのだから。

 ならヤツの警戒を解かなくてはならない。もしくは、警戒しても意味のない状態まで持っていかなければならない。


……そうか、わかった。なら急所は最後に狙えばいい。


「───っ」

 避けるのを止め、剣を構える。

 俺は視えた景色の通りにソレを振り上げ、ヤツの藍色の棘ごと、右腕を斬り飛ばした。


「なッ───!?」

 ヤツが驚き、飛び退いて俺から離れる。

 その後すぐに腕は回復した。だがヤツの顔には間違いなく、疲労と恐怖の色が浮かんでいる。これを続けていけば、いつかヤツは警戒できるだけの余力もなくなり、心臓を貫くこともできるはずだ。

 疲れているのは俺も一緒だ。だが、ソレを感じさせないようあえて余裕の笑みを見せつける。


「これでも……昔は剣道をやってててな……剣の扱い方には……自信があるんだよ」

「……剣道の構え方じゃねーだろ、それ」

 ヤツは冷静そうに返事を返す。しかしその声には、確実に焦りが混じっていた。

「バレたか……まぁ、どっちでもいーだろ」

 俺はゆっくりと、剣をヤツの方へ向けて構える。

 問題ない。もう、


 さぁ───


「来いよ彩化物バケモノ。俺が正面からぶっ壊してやる」


───反撃開始だ。

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