片道切符-5

「“蒼白の残火”……!?」

「えぇ。この700年間、あらゆる街を滅ぼしてきた災害のような彩化物、それが“蒼白の残火”。今回の事件の犯人でもあり、私の獲物でもあるわ」

 彼女は、真剣な眼差しでそう言った。

 “”……やはり、影狼の言っていたことは正しかったようだ。

 しかし、まさかヤツの情報を直接得られる機会があるとは思わなかった。確かに彼女なら知っているのではと予想していたが、この様子だと俺の想像以上に情報がもらえそうな予感がする。


「そうか、お前はその“蒼白の残火”を追ってきたってわけなんだな?」

「そうよ。本名が『フローゼン・ペイルブラッド』、およそ700〜800年ぐらい前に存在した辺境の貴族ね。

 色名の通り、彼の心の色は“蒼白”。氷霧を操る彩化物で、固有色に分類されているわ」

「固有色……?」

 突如出てきた知らない単語に気を取られ、そちらの方に疑問を浮かべる。

 彼女もそれを察したようで、若干申し訳なさそうに解説をしてくれた。


「固有色っていうのは一つの区分ね。彩化物には大きく分けて二種類の区分があって、集団にならないと村すら滅ぼせないのが“薄色”、単体でも村を滅ぼせるのが“濃色”という風に脅威度で分けられているの。

 そしてその濃色の中でもを持つ者が固有色に分けられているわ。その力があるとから、今回の相手はそういう存在ってこと」

「……は?」

 彼女の発言に、思わず耳を疑う。

 ちょっと待て。今コイツは一体なんて言った?

 国を、一人で、壊滅状態に? 今回の相手はそんな……バケモノを超えたバケモノだってことか?

……あまりにも突拍子のない話すぎて、逆に信じられてくるレベルだ。


「……なぁ、おい。一つ、聞くんだけどさ」

「なに?」

「流石に、何かこう……弱点はあるんだよな?

 じゃないと、今の話を聞いた感じ、どう頑張っても勝てる未来が……その、想像できないんだが……」

「弱点? そんなの、ないに決まってるでしょ。だから国を滅ぼせるわけだし。

 心臓を貫かれると死ぬけど、別にそれは彩化物全体の弱点だからね。むしろ貫かれてもすぐには死ななかったりするし、そもそも貫くのが難しいしで、弱点は実質ないのと同じね」

「……マジかよ」

 頭を抱える。相手は国を滅ぼせるバケモノだというのに、その上でさらに弱点がないときた。

 別に相手がどんなバケモノだろうが、この街に危害を加える時点でするのは決定している。しているのだが……流石にそれでは排除しようがないだろう。返り討ちにされる可能性の方が高い。


「まぁ実際、100年前ぐらいに討伐隊を送り込んで全滅したらしいし、貴方一人で勝つのは絶望的でしょうね」

「あぁ……ってちょっと待て。なんで俺が戦うことになってる」

「え、だってそうでしょ? 貴方はアイツを殺すつもりだもの。

 いくらなんでも情報を欲しがりすぎ、そして知りすぎ。流石にわかるわよ」

「───そっかぁ」

 隠し事をするのは得意な方だと思っていたんだがな。どうやらまだまだだったらしい。

 確かに俺はソイツを殺すつもりだったし、そのために情報が欲しかったのは事実なんだが……

「あと、勘違いで私のこと殺しかけてきたし。それって相手が犯人だったら殺すつもりだったってことでしょ? それでわからない方がおかしいと思わない?」

「……あ」

 確かに。ごもっともだった。


「まぁ、貴方一人で戦うのは絶対にオススメしないわよ。いくら貴方の色が強いからって、人間と彩化物それも、固有色じゃ流石の流石に実力差が大きすぎるわ」

「……じゃあなんだ。俺には黙って待ってろとでも言うのか?」

「いいえ? あくまでも私がオススメしないのはよ。貴方の色は異常なまでに黒いからね。それ自体は間違いなく強力な武器になるし、肝心の貴方自身も戦いたがってるなら使わない手はないもの。手伝ってもらうわ」

「──────」

 予想外の返事に、俺はまばたきしか返せなかった。

 てっきり「足手纏いになる」とか「一般人を危険には晒せない」とか言われて、この事件との関わりを絶たれるものかと思っていた。

 この街を守ることは他人に任せられない。俺がやるべきだ。だから、彼女を言いくるめる方法をいくつか考えていたのだが……どうやら、その必要はなかったらしい。


「どうしたのよ? この答えを望んでいたんじゃないの?」

「いや……てっきり足手纏いとか危険だとか言われるかと思ってたからさ」

「あぁ、どうせ貴方は言っても聞かないタチでしょ。それにあの完璧な動き……解変の黒を使ったとはいえ、どう考えても足手纏いになる未来は見えないわ。

 危険ってのも、むしろ貴方を突き放して勝手に行動される方が怖いわよ。勘違いで私を殺しかけるような危険な爆弾のような存在。それを放置するなんて真似、私はしたくないからね」

……うん。どうやら彼女は俺のことをよく理解しているようだ。さっきの心を覗かれるような感覚は嘘じゃないのかもしれない。


 しかし、それならこっちにとっても好都合だ。

「───わかった、それでいい。喜んで協力するよ。

 それで、えっと……」

「? ……あ、名前ね! 言われてみれば互いに自己紹介がまだだったわ。

 私はサラ、『』。貴方は?」

「俺は……佐季。 佐季だ。短い間になるだろうけど……よろしくな、サラ」

「えぇ。こちらもよろしく、佐季」

 そうして、彼女は右手を差し出した。

 俺も右手を差し出しその手を……握る前に、確認しておくことがあった。


「───そうだった。協力する前に、一つ聞いておきたいことがあったんだ」

「何?」

「俺一人じゃソイツを殺せない。それはわかった。

……だが仮に、俺とお前が協力したとしてソイツは殺せるのか? 一人で国を滅ぼせるバケモノなんだろ?」

 これは大事な問題だ。俺一人では殺せないとして、俺とこいつが協力して勝てないのならそもそも協力する意味はない。

 確かに協力しないよりはマシかもしれないが、それぐらいならいっそのこと彼女を犠牲にして漁夫の利を狙った方がいい。

「えっと……いくらなんでも殺意が高すぎない? いやまぁ、そっちの方がやりやすいし別にいいんだけど……。

 それで、協力して倒せるのかですって?」

「あぁ。協力しても倒せないなら協力の意味がないだろ?」

「そうね。でも心配はないわよ。

 だって───




───私も、固有色だもの」




♢♦︎♢♦︎♢



「さて、それじゃ早速行きたいところなんだけど……」

 サラはコップの緑茶を飲み干すと、そう言いながらソファーに寝そべった。

 ふと見ればいつの間にか2Lペットボトルの容量は半分にまで減っており、いつの間に飲んだのか彼女に対して驚きを隠せない。

「作戦でも決めるのか?」

「違うわよ? 作戦なんてどうせ役に立たないし。それにそもそも、それ以前の問題なの」

「それ以前の問題……?」

「えぇ。大きな大きな問題ね。なんとすごいことに……フローゼンの居場所がわかりません!」

「……はぁ!?」

 彼女は困り顔のまま笑ってそう告げた。

 コイツ……あんなに自信満々で「私も固有色だもの」とか言いながら、それじゃ勝てる勝てない以前に戦いすら始まらないだろ……。

「いや、一応ってことはわかってるのよ?

 でも現代の街を舐めてたの……建物が多すぎて霧の中心がどこかわからなくて」

「あー……まぁ確かに、霧自体もビルとかの建物にぶつかって広がる方向が変わってくるしな……」

 確かに、相手は氷霧の中にいるのだから目視で確認するのは難しいだろう。中心付近と言われたところで、巨大な建物にぶつかりまくって均等に広がれなかった霧ではどこが中心なのかもよくわからない。

 だから相手の場所がわからない……ということか。それなら仕方ないだろう。


「……でも、霧の中でヤツはもう動き始めてるんだろ?

 なら早くしないと……せめて氷霧の場所までは向かっておいてもいいんじゃないか?」

「私だって急ぎたいわ。けど、氷霧の中はどうなってるかわからないの。

 霧の中で闇雲に探したところで、むしろ不利になるだけの可能性が高いわ」

「じゃあ先に見つけないといけないってわけか……」

「そう。でも霧の中に入らずに見つける方法がなくて……せめてある程度の場所がわかればいいんだけど」

「せめてある程度……あー……確実じゃないけど、それなら一人いいのがいるかも」

「え、本当!?」

 サラが眼をキラキラさせて身を乗り出す。

 その勢いに少したじろいでしまったが、気にせずに俺はスマホを起動した。

 メッセージアプリを起動し、ある人物に向けて[今夜、街の中でも特に危険そうな場所を教えてくれ。できるだけ細かく]と打ち込む。それを送信しながら、乗り出しているサラを再度席へ座らせた。


「俺の相棒は危険回避能力が死ぬほど高くてな。ソイツに何処が特に危ないのか聞いたらわかるかもって。

 確実性がないとはいえ、経験から言ってかなりアテになる」

「へー。すごい相棒がいるのね。そんな性格だし、てっきり独りかと思ってたわ」

「んだとテメェ……っと、さすがカゲ。返事が早いな」

 通知を見て、すでに返ってきている返事を確認する。

 そこには[街の東側。この前しゃぶしゃぶ食いに行った場所の辺り]と、これまたご丁寧に必要な情報だけが的確にまとめられた文章が写っていた。

 こういうところがわざわざアイツに任せる理由でもある。相手にとって欲しい情報を察してわかりやすく無駄のない伝え方をしてくれるのは一種の大事な才能だ。

「あの辺りか……それなら駅はあっちのが近いかな?」

「なになに? もう返ってきたの?」

「あぁ、ちゃんとある程度場所は絞れた。

 街の東側……最寄りの駅から電車で三駅分だな。ここから駅まで数分かかるから、さっさと準備するか」

「そうね。でも準備なんて……あ、そうだった。一応聞いておくけど、貴方って本当にただの学生なのよね?」

「そうだけど……どうしたんだよ突然?」

「いえ、それなら武器は持ってないはずでしょ? だからその確認。

 心配しないでいいわよ。私のやつを貸してあげるわ」

  そう言うと、サラは何か赤い結晶のようなものを投げてきた。

「うぉっ……急に物投げんな。危ないだろ」

「ごめんごめん。それ、貴方の武器だから。

 私用に合わせてるから少し使いづらいかもだけど、いちいちチューニングしてる時間もないし今回はそれで我慢してちょうだい」

「いや武器ってお前……」

……これ、ただの結晶にしか見えないんだが?

 どこをどうみても武器ではない。何だか幾何学的な多面体が内側に写っているようにも見えるが、あくまでもそれだけだ。確かに綺麗だが、やはりこれを『武器』と見るには少し無理がある。

「あぁ、大丈夫大丈夫。ちゃんと武器だから、それ」

「いやでも、これってただの結晶にしか見えないぞ。

 殴る以外で使う方法ないよな、これ」

「いやいや、本当に武器なのよ。

 まぁ見せた方が早いか……ほらっ」

 サラが手を動かした次の瞬間、右手に握っていた結晶が小さな音と共に形を変え、鋭利でシンプルな見た目をしたナイフに変化した。

 突然の出来事に困惑すると同時に、彼女が『武器』と言った理由を理解する。


 なるほど、確かにこれは武器だ。

 この鋭利なナイフなら大抵のモノは切り裂けるだろう。おまけに、この見た目なら持ち歩いてもバレないときた。

 現代社会で使う武器には、攻撃力や殺傷力以外にも安全に、バレずに持ち運びできるかどうかも重要な判断基準だ。

 どんなに強くとも、持っているだけですぐにバレる凶器はあくまでも凶器であって武器ではない。その二つは似ているようで全く違う。

「───凄いな」

「でしょう?

 あ、ナイフからさっきの結晶に戻す時は頭の中で想像すれば……ほら」

 彼女がもう一度右手を軽く動かすと、まるでビデオを巻き戻し再生するかのようにナイフは小さな音と共に結晶の形に戻った。

「自由に変形させることができるのか、これ。

 ……便利だな。ただ、ナイフは俺に合わない。他の武器はないのか?」

「あるわよ? というか、一回想像してごらんなさい。

 貴方の想像した通りとまではいかないけど、比較的近い武器が選ばれるはずよ」

「……うわ、本当だ。すごいなこれ」

 彼女に言われた通り、とりあえず思いついた武器をいくつか想像してみる。

 俺が剣を想像すれば剣に、弓を想像すれば弓に、槍を想像すれば槍に……確かに、俺の想像とは少しばかり異なるものの、大体思い通りの形に変化した。


「ありがとう。でも……いいのか? お前の武器なんだろ?」

「心配しないでいいわよ。その武器より私自身の力を使った方が自由度も高いし、何より強いわ。あとそれ、一応予備スペアだから。

 あ、そうそう。それ、大抵の武器に変化できるけど銃とかはオススメしないわよ。

 私以外が使うことを想定してなくて、威力が高すぎるの。貴方の体じゃ、まず間違いなく片腕がぐちゃぐちゃに壊れるわ」

「スゥ……」

 危なかった。正直、忠告されなかったら使うつもりでいたんだが……流石にその話を聞くと中々使う気になれないな。

「ちなみにそれ、使用できる武器の中には大砲とかもあるんだけどね。ロマン詰め込みすぎてとんでもない威力になっちゃったから使えなかったり。

 建物とかも木っ端微塵に吹き飛ばすから、どう頑張っても被害が……」

「……絶対に使うなよ」

「流石に使わないわよ。守るべき街を自分で壊してどうするの」

 その言葉で安心した。

 いや、別に彼女がそういうことをするような性格ではないことはなんとなくわかってはいたが、やはりどうしても不安があるからな。使わないと断言されたことでいくばくか安心できた。




「よし。準備も終わったし、そうと決まれば早く行くわよ。時間が惜しいわ」

 そう言うと、サラは壁に手を触れる。

 触れた場所から壁は緋色に染まっていき、染まった壁が三次元的にありえない動きで人が一人通れるほどの穴を開けた。

「お、おま───⁉︎」

「ん? あぁ、この壁はちゃんと直るから安心していいわよ。

 ほら、貴方も早く来なさい?」

「いや、そういう問題じゃ……」

 せめてやる前に一言あるだろ普通! とは思いつつ、こちらは勘違いで殺しかけた身だ。

 そんなことを言える立場ではないことを思い出し、俺は玄関へ向かった。


「え、そっちから行くの!?」

「当たり前だろ! 靴も履かないとだし、鍵も閉めないといけないんだから」

「あそっか。じゃあ早くしてねー? 私ここで待ってるから」

「はいはい……」

 靴に関しては彼女も用意する必要があるはずなのだが……そう思って彼女の足元を見ると、いつの間にか綺麗な緋色のブーツらしきものを履いていた。

 能力で用意できるからこそ、そういう認識がなかったのだろう。彼女が非常識な理由を察して、俺は上着だけ着替え、彼女を追いかけるために家を出た。

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