片道切符-4
「お邪魔しまーす。思ってたより大きい家ね」
「そうか? まぁ学生が一人で住むには少し大きい家かもな」
玄関で靴を脱ぎ、居間へ向かう。
先ほど言われた通りに俺が緑茶を用意する間、彼女は当たり前のように一つしかないソファーへ座っていた。
仕方ないので隣の部屋から椅子を持ってきてそれに座る。
「そういえば、緑茶はまだ飲んだことなかったのよね。麦茶ならあったんだけど、つい忘れて飲むタイミング逃しちゃって」
「なんだ、やっぱり外国から来てたのか。日本語がやたら上手いからてっきり日本出身かと」
「違うわよ。私は仕事のために来たの。吸血鬼……彩化物退治のためにね」
「彩化物退治……」
彩化物……彼女の発言からして、吸血鬼のことらしい。
なるほど。それなら納得だ。
彼女が彩化物退治のために来たのなら、その相手はおそらくカゲの言っていた事件の犯人、“蒼白の吸血鬼”だろう。さっきあのバケモノ共を殺していたのだって仕事のうちだったのかもしれない。
しかし、同族殺し……はいいのだろうか? 仕事だとは言っていたが、人間で言うところの“殺し屋”のような意味だとしたらあまり関わり合いにはなりたくないのだが……。
「なぁ、お前って吸血鬼なんだろ? 仮にも同族を殺すって、大丈夫なのか?」
「何? 倫理観の話? それなら大丈夫よ。私たち彩化物の間にそんな考えは存在しないし、私も見境なしに殺してるわけじゃないもの」
そういう問題なのか……? とは思いつつも、そもそも人間が同族を殺さないのはあくまでも倫理観やそれに基づく道徳心が元だ。そういう考えが存在しないのなら、確かに同族殺しはタブーにならないのかもしれない。
「───というか、それよりも私の方が質問したいんだけど。貴方、本当にただの学生なの? やっぱりどうしても信じられないわ」
「だから何度も言ってるだろ……俺は確かに普通じゃないかもしれないけど、ただの学生だ。あんなバケモノと出会ったのだって初めてだし、ましてや武器なんか人生で扱ったこともないよ」
明確に相手を殺そうと武器を振ったのは、正真正銘アレが初めてだ。
「ん〜やっぱり信じられないわ! 仮に貴方の言ってることが本当だったとして、それじゃああの動きはなんなのよ。
躊躇なく殺そうとしたことは貴方がサイコパスだとか言えば説明できるけど、あの綺麗な動きは流石にバックストーリーがないと無理があるでしょ! 一流の暗殺者でも中々見ないぐらいすごかったわよ!?」
「綺麗な動き……? ……あぁ、なるほど」
こいつの言いたいことがなんとなくわかった。俺がただの学生なら、あのバケモノ相手に上手く戦えたのはおかしいと言いたいのだろう。
確かに、学生が初めて握ったはずの武器を完璧に扱うなど、いくら言われたところで納得はできない。俺だってそう思う。
つまり、彼女はその原理が気になっているのだ。それなら、俺の持っている
……しかし、このことを話してもいいのだろうか? このことを知っているのはカゲだけで、他の人に話したことはない。別にこんなことを伝えたところで困惑されるだけだし、妄想症の精神異常者に扱われるかもしれない。そうなれば面倒なことこの上ないわけで、むしろそれを避けるために隠しているのだが……
「その顔、やっぱり何かあるんでしょ?
隠してないで教えなさいよ。それとも隠さないといけない理由でもあるの?」
「いや別にそう言うわけじゃ……」
彼女が怪訝な顔をして俺を見てくる。
……言われてみれば、隠しているのには別に面倒以上の理由はない。確かに普通なら異常者扱いされるかもしれないが、相手は彩化物という名の異常存在だ。
……そうだな。別に、彼女になら話してもいいかもしれない。
「……まぁいいか。あれは俺の
多分だけど、それが完璧な動きに見えたんじゃないかな」
「チカラ……? やっぱり何か仕組みがあったのね。
でも完璧な動きをする能力なんて聞いたことないわよ?」
「ん〜完璧に動けるっていうか、そうだな……一言で言えば、景色が見えるんだよ。
“こうなってほしい”って未来を想像すると景色が浮かび上がってきて、その景色通りに動くと望んだ通りの未来になるって感じだ。
あの時はバケモノを殺す未来を望んだから、多分それが完璧な動きに見えたんだと思う。想像付くのはそれぐらいかな」
「景色通りに動いて……望み通りの未来に……なるほど、合点がいったわ。
え、でも本当に? アレっててっきり空想上のものだと思ってたんだけど……」
俺の
どうやら妄想症の異常者だとは思われなかったみたいだが……これはこれでなんだか面倒そうな気配がする。
そしてその予想通り、彼女は突然立ち上がると、両手で俺の顔を挟んできた。
「ちょ、なんだよ突然!」
「……ちょっとその眼、よく見せてくれない?」
「はぁ?」
先ほど殺されかけたのもあって思わず振り解こうとするが、すぐにやめた。
確かに恐ろしい状況ではあるが、別に彼女から殺意は感じない。
俺の眼を見てくる彼女の瞳はどこかもっと遠くを見つめている感覚がして、まるで透明な水晶に心を覗かれているような、不思議な感覚があった。
……そうして彼女の言う通りじっとしていると、しばらくして彼女は俺の顔からその手を離した。
なんだか頭を抱えているようだが、同時にニヤついているようにも見える。
「うん、予想通りだったわね。予想通りだったことが予想外だわ」
「どうしたんだよ急に……何かわかったのか?」
「うん。実物は見たことないんだけど、特徴がどう考えても一致してるわ。
貴方のそれ、『解変の黒』と呼ばれている能力と一緒……というか解変の黒そのものね」
「『解変の黒』……? なんだそれ」
突然出てきた知らない単語に興味が湧く。俺の
「う〜んその説明をするにはまず“心の色”の説明をしないといけないんだけど……ついでだし、それに関連して彩化物の説明も一緒にしちゃいましょうか。えい、『テンペラ』」
彼女が発言すると同時、彼女の目の前に緋色の液体が出現する。
彼女が腕を振ると、その液体は等身大の人形のような形に変化した。
「……すごいな。無駄遣いの規模感が」
「うっさいわね。能力の有効活用と呼びなさい」
「それじゃ“心の色”についてなんだけど……貴方、どこまで知ってる?」
「いやどこまでっていうか、そもそも知らないぞそんなの。聞いたことはあるけど、絶対お前の言ってるヤツとは違うだろうし」
「あらそう。まぁ、そんなところだろうとは思ってたわ。
じゃあまずは前提から話していきましょうか。
そもそも心の色っていうのは、私たちの中に必ず一つは存在している心
まぁとは言ってもその色は一色だけじゃなくて、感情などによって様々な色に変化するのだけど……とにかく、これが“心の色”ってやつ。わかった?」
彼女の説明に合わせて、人形の心臓の色が変わる。
人形が怒った顔になると色は赤くなり、悲しい顔になると今度は青くなった。
……どちらも若干緋色がかっているが、まぁそれについては一旦置いておく。
「まぁ大体は。要は人それぞれに魂があって、その色も様々ってことだな?」
「う〜ん大体あってるしいっか。そんな感じそんな感じ。
それでこの色なんだけど、人によってはほとんど色が変わらない人もいるの。それは感情が変わらないんじゃなくて、感情の色にすら染まらないほど強烈な“自我”があるって話なんだけど。
そういう強烈な自我を持つ人たちの場合、何かをきっかけにその色が暴走することがあって、きっかけ自体は様々なんだけど……大抵の場合は本人の色と一致する感情が強く出ちゃって、色同士で共鳴して暴走するパターンが多いわね。元々赤い色を持つ人が強く怒りを感じて、赤色同士で暴走するみたいな。要は色が強くなりすぎると暴走するのよ。
そして色が暴走した結果、人を超えてバケモノと化してしまう。それが“彩化物”。
色彩と化した化物で“彩化物”。これが私たちの正体ね」
人形が説明に合わせてバケモノになったところで、その人形は粉々に砕け散った。
説明が終わったから用済みになったのだろう。いやだがしかし、なんとなくその正体と仕組みは理解できた。
「なるほど……だからお前はそんなに全身緋色の格好をしていたのか」
「いやそれはただの趣味。でも確かに、自分の色と同じ色の格好をしている彩化物は多いわね。やっぱり惹かれるものがあるんじゃないかしら」
彼女はそう言いつつも「でもあんまり意識してはないわね。言われてみればって感じかなぁ?」と不思議そうにしていた。
まぁそれはどっちでもいい。あんまり重要な内容でもない。
それ以上に、今の説明を聞いて一つ、彩化物についての疑問があった。
「なぁ、彩化物についてはなんとなくわかったんだが……吸血鬼なんだよな?
今の説明だと血を吸う要素なんかどこにも見当たらなかったんだが」
「ん? あぁーそれもか。そうね……それなら色の話からしましょうか。
さっきも言った“心の色”だけど、基本的にはその色が黒に近くなれば近くなるほど強くなるの。一部の特例を除いて、“心の色”は現実の色と似たように働くからね。
現実でも暗い色を持つものは強い傾向にあるでしょ?」
そう言って、彼女は暗い液体と明るい液体を用意する。
二つの液体を混ぜると、両者の中間ぐらいの、しかしやはり明るさよりも暗い印象の勝る液体に変化した。
「確かにそうかもな。でも、それがなんの関係があるんだ? やっぱり血を吸うこととの関係性が見えてこないんだけど……」
「それが大いに関係あるのよ。今度は心臓と血液の話に移るけど、心臓って全身に酸素を送る以外にも、魂の器としての役割を持っているの。
その心臓から送り出される血液は魂の情報が刻まれてるわけで、これを取り込むということは即ち“心の色”を取り込んでるのと一緒なのよね。
そして、取り込まれた色は本人の色と混ざる……後はもうわかるでしょ? 複数の色を混ぜるとどうなると思う?」
「黒くなる……あぁ、なるほどそういうことか。わかった。つまり、彩化物は他人の色を取り込んで自分の色を黒に近づけようとしているんだな?
その過程で血を吸うから、“吸血鬼”とも呼ばれていると」
「そういうこと。そもそも吸血鬼は俗称だしね。
だから私みたいに自分の色に自信がある彩化物は血を吸わないの。実際、私だってこの500年間で一回しか吸ったことないしね」
「いやあるのかよ!?」
普通その流れなら「吸ったことない」って言うはずでは?
「なによ。私は気になったことはとりあえず試してみる主義なの。
別に同僚の血だし、彩化物にしないよう輸血パック経由だし、ちゃんと本人から同意は貰ってるんだからいいでしょ?」
「そういう問題じゃ……いやそういう問題なのか……?」
先ほどから自分の常識の外側の情報が多すぎて、一体なにが正しいのかわからなくなってくる。
まぁ大事なのは本質だ。本人たちがいいのならそれでいいのだろう。そういう事にしておく。
「ちなみに彩化物に直で血を吸われると相手側にも色が混ざるから、よく吸血鬼に血を吸われると吸血鬼になるってのはそれのことね。
そこまで強固な色を持ってる人は少ないから大抵は知性のない“塗り潰し”になるんだけど……たまに色が同調してる場合は知性を残した“強色”になるわ」
「へー」
別にそれに関しては興味もないしどうでもいいのだが、覚えておいた方が後々役に立つかもしれない。とりあえず忘れないよう頭の片隅に留めておくぐらいはしておこう。
───と、
「……あ、また脱線しちゃった。私の悪い癖ね……」
───彼女は少し顔を赤くして軽く頬をかいた。
……マズいな。唐突なギャップを見せられると少し困る。
「ま、まぁいいわ。話を戻しましょう。『解変の黒』について、だったわよね?」
「───あ、あぁ。そうだったな」
「一応さっき話した通り、人には必ず“心の色”があるの。その中でも特に強い自我を持つ人は固有の色を持ち始めるのだけれど……中には、彩化物にならずとも強すぎる色を持つ人がいるのよ。
そういう人は本当に稀で半ば伝説みたいに語られてたんだけど……そういう人の場合、色が強すぎて人のまま能力が発現するの」
……待て。もしかして───
「───それって、」
「そう。つまり、貴方のことよ。
特に貴方の場合、色の中でも最も強い黒色、それも驚くほどに真っ黒だからね。だから『解変の黒』なんてとんでもな代物を発現したんでしょう」
「……やっぱりか」
───なんとなく予想はできていたが、やはり面と向かって言われるとどうも身構えてしまう。
俺の色が黒色だったのは意外だが……それ以上驚くようなこともなかった。
「……なんだか、思ってたよりも落ち着いてるわね」
「まぁ……流石に俺が普通じゃないのは自覚してるからな。昔とある人に釘を刺されたこともあるし、いつか社会に出る時のことを考えると『普通』と『異常』の違い、それも客観的に見て自分がどちら側にいるのかはわかっておくべきだ。
……流石に、そんなヤバい色だってのは予想外だったけど」
「へ〜。少なくとも表面上は達観してるってわけ。中身はドス黒いくせに。
……うん。それならいいか、いいでしょう」
彼女は少し考えた様子を見せて、改めてこちらへ向き直った。
先ほどまでのような楽しそうな顔とは違い、今度は真面目な
「それじゃあ、ここからが本題。正直話すつもりはなかったんだけど、貴方の“色”と反応を見て決めたわ」
「本題……?」
「そう、本題。おそらく貴方が一番気になっている内容のはずよ。
───“蒼白の残火”……『氷霧の吸血鬼事件』の犯人について、知っていることを話してあげる」
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