第一章

片道切符-1

 小鳥のさえずりが聞こえる。

 カーテンの隙間から薄い光が射し込む。日は出ているようだが、部屋の中はまだ薄暗い。

 脳が困惑している。間違いなく朝なのに、この暗さは朝ではないと認識する。

 遮光性の高いカーテンはこういう時に困る。どこからどう考えても朝なのに、夜と見間違えてしまう。


「─── 一応、起きるか」

 ベッドから起き上がり、カーテンに手をかける。

 寝ぼけた目を擦りながら、そのままカーテンを開ける。

「まぶしっ⁉︎」

 カーテンに隠された日光の明るさは、容赦無くまぶたを貫通する。

 あまりの眩しさに驚いて飛びのき、そのままベッドに倒れ込む。

 頭がクラクラする。まだ夢見心地の頭に日光の衝撃はあまりにも強すぎたようだ。

 しかし、その光は目を覚ますにはピッタリだったらしい。


 瞬きをして目を朝日に慣れさせてから、朝食の準備を始める。

 冷蔵庫から適当に卵を取り出し、その卵を割ってフライパンに入れる。

 あとはこれを焼き上げれば飲み物と食器、ついでに塩を出して準備は終わる。元々俺は少食なため、この程度の食事でも問題はない。


 卵の殻をキッチンペーパーで包み、ゴミ箱へ捨てようとする。

 しかしゴミ箱はキッチンから少し遠い場所にあり、手を伸ばしたところで届きはしない。数歩歩くにしても、卵を焼いてる最中にキッチンから離れるのは少々危機意識が足りない。

 卵を焼いてから捨てにいけばいいのだろうが、俺の場合わざわざそうする必要はない。


「よっ、と」

 腕を振り、ゴミを投げる。

 すると投げられたゴミはそのままゴミ箱へ向かって飛んでいき、思わず感嘆の声が漏れてしまいそうなほど綺麗にホールインワンを決めた。




───俺には、未来が視える。


 いや、正確にはが視えると言った方が正しいか。

 物心ついた時にはすでに持っていた能力チカラなので、詳しいことは何も知らない。が、この能力チカラを解説するのならそういった言い方をするのが正しいのだろうと感じる。

 この能力チカラ、先ほども言った通りどういう原理なのか詳しくは知らないのだが、どうも俺が“そうなってほしい未来”を想像すると、が頭に浮かぶのだ。

 サッカーでゴールを決めたいなら“コートの端”と“シュートを決める”という景色が、野球でボールを打ちたいなら“バットを振る”という景色が、そしてゴミをゴミ箱へ投げ入れたければ“下から腕を振る”という景色が……俺には視える。

 こんなふうに、という景色が視えるのだが、コレは言うほどすごい能力チカラではない。


 そもそもどう頑張っても実現不可能な出来事だと景色は浮かばないし、あまり遠すぎる未来を想像したところで頭には頭痛という名の被害しかやってこない。

 まぁ要は、人が翼も無しに飛ぶ未来なんていくら願おうが実現できないし、テストで良い点を取るために能力で答えを視るなんてズルはできないってことだ。

 その上この能力チカラは使いすぎても頭痛がするので、そう何度も頼ることはできない。残念ながらサッカーでシュートを決めるにも野球でホームランを打つにもこの能力チカラでは限度がある。そもそも基礎能力を鍛えないと話にならないため、都合よく「勝ちまくり!モテまくり!」みたいなことは起きないのが現実だ。


……まぁ、とは言っても日常生活では便利なのでこのようにお世話になることは多々ある。特に、簡単な掃除の時やパソコンが壊れた時などは引くほど役に立つのでありがたい限りだ。




 と、そんなことを考えてるうちに卵が焼き上がり、無事美味しそうな目玉焼きが完成した。

 棚から食器と塩を取り出し、冷蔵庫からお茶を取り出してテーブルに並べる。

 食卓に着いた俺はテレビの画面を点け、ニュースを見ながら朝食を食べることにした。



♢♦︎♢♦︎♢



 登校の準備をして、学校へ向かう。

 忘れ物がないか確かめた後、テレビの電源や部屋の照明が点いていないかの確認を終えて家の扉を開けた。


「行ってきまーす」

 誰もいない家に向かって、意味のない言葉を投げる。

 親のとある教育方針のせいなのだが、俺は一人暮らしをしている。だから家には誰もいない。

 それでも、挨拶は習慣のせいかついつい言ってしまう。別に悪いことではないので直す気も今のところはないが。




 学校へ向かって、静かな道を歩く。

 俺の住むこの『帆布はんぷ市』は少し不思議な場所だ。住宅街と繁華街がはっきりと分かれていて、その間までのグラデーションのような移り変わりが一切ない。文字通り、真っ二つの分かれ方をしている。

 というのも、この土地は現代では珍しくとある一族に管理されている。

 その一族は“秋宮家”と呼ばれており、長年の間、まるで領主のように管理者としてこの土地を守り続けてきた。今ではそれを知っている者も一部の家とこの辺りの会社ぐらいになってきたものの、未だにその管理形態は続いている。


 帆布市の中でもこのあたりは住宅街で、横断歩道も少ない。というか、そもそも曲がり角のような道の分かれる場所が少ない。基本的に一本道だ。

 交差点が少ないのは事故が起きづらいということでもあるが、同時に不便である証でもある。そのため、このあたりは住み慣れた人以外にはあまりおすすめできない。

 街までも少し遠く、一番近い場所でも二駅ほど離れた所にある。

 まぁ簡単に言ってしまえば、田舎のようなものだろう。

 山や森を抜けた先にある本当の田舎に比べればそこまでではないが、それでも都会ではないことに変わりはない。


 学校への通り道では五回しか存在しない交差点を右に曲がる。

 そこには、待ち伏せをしていたかのように女が立っていた。

「あ、やっときた。

 おはよう、佐季」

「おはよう。今日も待ち伏せか、葉美」

「待ち伏せとは失礼な。待ち合わせと言って欲しいな」

 この女、『篠目しののめ 葉美はみ』と俺は知り合いだ。俺と同級生で、中学校のころからの友人でもある。

 中学の頃は俺の幼馴染であり共通の友人と一緒に三人でよく遊んだ。最近はお互いにそれぞれの事情があって遊ぶことも前より減ったが、それでもたまに遊んだりする仲だ。


「あのな、待ち合わせってのはお互いで「この時間に集まろうね」って言って集まるものなんだ。相手と話すこともなく勝手に決めて勝手に待つのは、世間一般では待ち伏せというんだよ」

「悪ガキのあんたが世間を語るとは。世も末だね」

「誰が悪ガキだ。

 それに、箱入り真面目娘のお前よりは世間に詳しい自信はあるけど」

「箱入り真面目娘、絶対褒めてないよね?」

「当たり前だろ。むしろどこに褒めてる要素があるんだよ」

「真面目って普通は褒める時に使うでしょ」

「お前に限っては別だ。お前はもっとふざけろ」

「私がそっち側に行ったらあんたら二人を止める人がいなくなるでしょーが!」

 う……。中々痛いところを突くものだ。

 俺の幼馴染であり共通の友人、『柊木ひいらぎ影狼かげろう』……通称『カゲ』と俺はよく二人で悪ふざけをするが、それをいつも止めにくるのが葉美だ。

 俺たちのクラスメイトや先生からは「悪ガキコンビ&ストッパー」と呼ばれている。

 俺が悪ガキコンビとまとめられるのは心外だが、彼女がストッパーなのは認めざるを得ない。


 二人でそんな会話をしながら、学校へ向かう。

 カゲは学校をサボっているため、ここにはいない。朝から学校に来ることは稀で、昼食の時間になったら来ることが一番多い。

 葉美に捕まるとその後の授業を強制的に受けさせられることになるため、午後の授業の時間が近づくと、葉美から逃げるのがいつもの光景だ。

 アイツが中性的なイケメンなのにモテないのは間違いなく葉美との追いかけっこが原因だろうというぐらいにはよく見る光景である。

「あいつは今日もサボりかぁ……最近多いよね。大丈夫かなぁ……」

「まぁ体調的な心配なら問題ないだろうよ。なんなら昼休み辺りに来るかもな」

「ほんと? 嘘じゃないよね?」

「嘘も何もただの勘ですゥ。すいませんねェ貴方の乙女心を考えない発言をしてしまってェ」

「おと───ッ!」

 葉美が顔を赤くして言葉を詰まらせる。

 怒ったような、照れたような表情で俺のことを睨みつけてきた。


……こいつは元々カゲに惚れている。俺たちと仲良くなったのだって、カゲと仲良くなりたくて頑張って近づいて、その過程でカゲの幼馴染だった俺もついでに仲良くなった感じだ。

 カゲは彼女の気持ちに気付いていないみたいなのでまだ片想い中だが、それ故にこうやって少し弄るだけですごく照れ始める。どうやら想いを伝えきれずにモヤモヤする気持ちはすごく大きいらしい。


「こ、この……このヤロ……!」

「ちょちょ痛い痛い。ごめんごめんわかったって。その地味に痛いパンチやめろ」

 葉美は頬を膨らませて俺の腕を叩いてくる。絶妙に力が強いので、少しだけ痛い。

 なんで普段は普通に話すことができる癖に、こういう話題になった途端に照れだすのかがわからないが、まぁそれには彼女なりに色々あるのだろう。

「まぁともかく……多分今日は来ると思うよ。そろそろ来ないと先生達から心配されるだろうし、あいつもそれは分かってるはずだからな」

「そっか、流石に休んでた期間が長いしね……」

 葉美がまだ若干赤い顔のまま、少し笑顔になる。カゲが来ることを期待してるのだろう。

 まぁ、来たとしてもあいつのことだ。すぐに逃げていくだろうが、それを葉美に言うと捕まえようと張り切り出して面倒なので、そのことは黙っておくことにした。

……恐らく、好きが故に彼の行動を看過できないのだろう。面倒な性格だが、同時にすごく良いことだと思う。



♢♦︎♢♦︎♢



 学校の玄関を通り、そのまま教室まで向かう。

 まだ朝も早いこともあってか、教室にはほとんど人がいない。いたとしても、普段からあまり話さない、知り合い程度の仲の人だけだ。

 葉美と話しながら、自分の机へ向かう。───と、


「お、二人ともおはよーさん。今日もお早い登校で」

「うぇ───!?」

 突然、聞き慣れた幼馴染相棒の声がした。




「あれ、葉美さん? どーしたのそんな驚いた顔して」

「お前が朝から来てることにびっくりしたんだろーよ。かく言う俺も驚いたぞ」

「あら、そう? まー昼休みぐらいに来て昼休みぐらいに帰るもんね、俺」

 着崩した制服と若干茶色がかった髪の毛。彼は納得したように笑ってみせた。

 どうやら俺の予想は合っていたようで、カゲはついに学校へやってきた。

 しかし流石に朝早くからいることには驚きだったな。もう夏だというのに、今夜は雪が降るかもしれない。

 まぁなんにせよ、久々の再開だ。挨拶も兼ねてハイタッチを交わす。


「それにしても、今日来たってことはもしかして……」

「あぁ。予想通りだよ、お前の」

「やっぱりそうか。でも朝から来るなんて珍しいな。何かあったのか?」

「そうだよ。いや普通は何もなくても朝から来るんだけど」

 葉美が至極真っ当なことを、ため息を吐きながら言っている。

 恐らくもうほとんど諦めているのだろう。彼に正論が効かないことは彼の知り合いなら皆が知っていることだ。

 やはりその通りに、彼は葉美の言葉が聞こえていないかのように返事をする。

「なんだ? 『』のことは知らないのか、お前たち。最近は持ちきりだよ、この話題で。

 もしかして佐季くん達はニュース見ない人種?」

「いや流石にソレは知ってる。俺だってニュースぐらい見るよ」

 あぁ、もちろんその事件は知っている。

 ただの通り魔事件ではなく、不可解な点が非常に多い、いわゆるな事件だ。いやまぁ、いくら非現実的とはいえ実際に現実で起きているわけなのだが。

「あーあの事件か。実は私、その事件名前以外何も知らないんだよね。どういう事件なの?」

「やはり世俗の流行に疎いようで、箱入り真面目お嬢様は。

 そんなんだから乗り遅れるんだよー? 流行に」

「うるさいですー。いいから早く教えなさい」

「それが態度ですかぁ? 人にモノを聞くゥ……。

 まぁ別にいいんだけどね、んでこの事件だけど、最近起きてる通り魔型の事件で、濃霧があった次の日にが沢山見つかったって事件ね。だから『氷霧の吸血鬼』。

 同時多発的にたくさんの死者が見つかるもんだから警察も躍起になって探してるけど、見つかってないらしいのよ、未だ犯人が。殺し方が不気味だし、たくさんの人間を同時に殺す殺害方法も不明だし……まぁ、不可解な未解決事件ですね」

「あれそんなに大きな事件だったんだ。でもあれって別にこの県で起きた事件じゃないでしょ? まぁ別にすっごく遠いってわけでもないけど……」

「いや事件あったぜ? 隣町で、つい昨日に」

「え、嘘!? そうなの!?」

「あーあったな。今朝ニュースで流れてた」

 つい数十分程前、朝食の際に流していたニュース番組を思い出す。

 いくらなんでも不可解すぎる上に被害者が多いためすごい注目されていたのを覚えている。


「……ん?」

 と、葉美が疑問そうに首を傾げた。

「お、どうした?」

「いや、確かに事件のことはわかったんだけど……それがなんで朝から来る理由になるのかなーって。あんたなら普段通り昼過ぎから来そうなモノだけど」

「あーそれね。いくら学校に行かないとはいえ、俺の沽券に関わるんだよ、自室でダラダラするだけってのは。だから普段は街で暇潰しをしてから来るんだけどね。

 なーんか今日は街にいると危ない予感がしたから、普通に学校に来たってわけ」

 確かに、あまりにも不可解な事件だ。危ないと感じた行動はやめておいた方が得策だろう。

 それに経験から言って、カゲの勘は妙に当たる。危険を避ける能力が常人より高いのだと俺は感じている。

 実際、「なんとなくあっちじゃなくてこっちがいいな」という理由で道を変えた結果、後からそこで大事故が起こったということもあった。

 それも含めて、今の街は危険だと感じているのだ。

 それなら確かに、下手に外には出ない方が安全かもしれない。


……しかし、“自室でダラダラするのは沽券に関わる”か。

 なるほど。確かにそれなら納得だ。

 学校サボりの常習犯ならではの考えだろう。真面目な学生なら、そもそも学校に来てない時点で沽券も何もないと考えるのが普通だ。

 そしてその “真面目な学生” が、今俺の隣にいることをこいつは忘れている。


「ふーん。……まず一つだけいいかな?」

「なんです?」

「まず学生なら真面目に学校に通うようにしなさいよ!!!」

 強い気持ちの籠った叫びが炸裂する。

 おっしゃる通り。ごもっとも。ド正論である。

 そもそも学校をサボることは社会一般では悪行と扱われており、それを怒られるのは至極当然のことだろう。


「というか、本当に単位大丈夫なの!? 勉強……は学校来てないくせになんか得意だからいいとして……出席日数! 本当に足りてるんでしょうね!?」

「大丈夫。万が一足りてなくともなんとかできるから」

「そーゆー問題じゃあないでしょ!?」

「大丈夫だって! な、佐季!」

 彼はそう言って俺に何故か笑顔をむけてくる。

 もしや、俺がなんとかすると思っているのだろうか。そんな約束はした覚えがないため、勿論だがなんとかしてやる気はない。

「なんで俺に聞くんだよ。言っとくが知らねーからな」

「え、嘘マジ? お前だけが頼りなんだけど?」

「ほーらいいから叱られろ。朝礼まであと15分あるぞ」

「ウソだー! クソッ! 真面目に登校したのに怒られるなんて理不尽だ!」

「動悸が不純なんだよテメーは!」

「ほらさっさとそこに直りなさい。今から叩き直して差し上げます」

「わっ、目が怖い!」

 逃げ出そうとするのも束の間、葉美に肩を掴まれ悲鳴を上げながら椅子に座り直させられる。

 可哀想だが、これに関しては完全に自業自得だ。

 たまには灸を据えてやるのも必要だし、不良を更生させる協力をしたんだ。これは善行で間違いない。

───しかしまぁ、あいつの力なら葉美ぐらい余裕で振り解けるのだが。それをしないのは、一応葉美のことを考えてのことだろう。

 ああ見えて優しいのだ。だからといって彼の罪が消えるわけではないが。


 しかし、実はカゲに聞きたいことがあったのだが……そちらは昼休みでも問題はないだろう。叱られているカゲに目配せをして、俺は昼休みまで待つことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る