鮮緋の絵画
どこんじょう
第一色目『蒼白の城主』
序章
緋色の来訪者
「日本、到着!」
満月が輝く綺麗な星空の下、一人の女が大きく腕を広げる。
髪の毛から服装まで、何もかもが『緋色』だらけのその姿は異様であると表現するほかない。
今は深夜だが、都会の空港は未だ夕暮れのような明るさを感じさせる。
もっとも、例え灯りがなかろうとその姿はよく目立つ。月明かりさえあるのなら、その姿を捉えるには十分だ。
「さて……情報が正しいならヤツはこの国にいるはずなんだけど……うぇ、もう街に手をつけてるの? さすが、仕事がお早いことで。
『氷霧の吸血鬼事件』……またそんな風に呼ばれてるのね。こういう時、名付け方のセンスはどこの国でも同じか。
……ま、なんにせよ早く向かわないとね」
スマホを確認しながら、彼女はスーツケースを“影”に仕舞う。
独り言が多いのは彼女の癖だ。同僚からは「気が散るからできるだけ喋るな」とよく言われている。
そんな口数が多い彼女だが、こと魔術に関しては別だった。
───唐突だが、彼女は人ではない。
色鮮やかなバケモノ。分類種名『
存在そのものが非科学である彼女は、体を動かすのと同じ要領で、己の意思のままに魔術を扱うことができた。
本来であれば詠唱が必要な魔術を、無詠唱で意のままに操る彼女。魔術師であれば一度は憧れ、そして諦める技術。これは彼女というよりも、吸血鬼の特徴である。
……もっとも、魔術を知らない一般人にとってみればどちらも等しく“非現実的”であることに変わりはない。
もしここに誰かがいたのなら、影に沈んでいくスーツケースを見て「これは夢だ」と信じきっていたに違いないだろう。
「それにしても、“固有色”の討伐依頼ね。
吸血鬼……いや彩化物だったわね。彩化物殺しとか、半世紀ぶりかしら?」
薄暗い歩道を歩きながら、彼女は業務内容を思い出す。
半世紀と言えば非常に久しく聞こえるが、悠久の時を生きる吸血鬼である彼女にとってはついこの間のことに過ぎない。
しかし、それでも人間の基準であれば久方ぶりの仕事だ。
というのも、彼女の仕事は非常に特殊なモノであり、そうそう任せられることがない。
半世紀もの間、一度も仕事を任せられることがなかったのには理由がある。
『誰にも殺せない怪物を殺すこと』こそが彼女の仕事であり、そんな怪物はそうそう現れない。
怪物が湯水のように湧いてくる世界なら、人類はとっくの昔に滅んでいるだろう。
彼女の仕事が少ないということは人類が安泰である証でもあるのだ。
「えっと、目的地まではタクシーを使えば良いんだっけ。
……うげ、こっからだと数万円とかするじゃない。私がお金を使わずに貯めてるからってこれぐらいは経費で落として欲しいところなんだけど!」
文句を言いつつも財布を取り出し、現金の残高を確かめる。
普段からあまりお金を使わない彼女は、きっと財布に多額の現金が残っているだろうと考えたのだ。
───が、残念なことに彼女は自分があまりお金を持ち歩かない性格であることを忘れていた。
彼女はほとんど空に等しい財布を数秒見つめた後、真顔のままそれを閉じた。
硬直したまま財布を握りしめ、その場に立ち尽くす。
せめてカード類さえあればまだ良かったものの、彼女はこれまでの人生の中でそんなものは作ったことがない。無論、財布に入ってるわけもなかった。
「……え、今から空港に戻って引き落としするの?
たかだか一回限りのタクシー代のために?」
彼女は財布を仕舞いながらため息を吐く。
悩みながらも夜空を見上げ、道路を見て、空港を見る。
繰り返して三度ほど見た末、彼女は大きく息を吸って答えを決めた。
「……よし、飛ぶか!」
タンッ……と静かにタップ音が鳴る。
軽快な響きと共に、彼女は銃弾のような速さで空を駆けた。
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