第49話 リクエストのポテトサラダ
「ねぇ、澪、食べたいものがあるんだ。リクエストしていい?」
休日の夕食の買い物をしていると、黒木さんが私の肩に顎を乗せて耳元で言った。
「私に作れるものなら頑張ります!」
「ほんと? ポテトサラダが食べたい! フランスパンに乗せて食べたいなぁー。昔、母ちゃんが作ってくれてさ、大きなお皿にどーんってポテトサラダがあって。スモークサーモンとか買って並べてあるんだ」
「へぇー、ポテトサラダがメインなんですね」
「そうそう! 料理するのがめんどうな時によく出てきてたよ」
やっぱり母親の味って忘れられないものだなぁーと私も感じている。幼い頃は母親が料理している姿をよく眺めていたものだ。おやつのパンケーキやスイートポテトも作って貰うと嬉しくて、喜んで食べていたなぁ。
「じゃあ、リクエストにお答えして今日はポテトサラダを作りますね! スモークサーモンも買いましょ! それと、スープでも作りましょうか」
「やったね!」
「私の好きなポテトサラダでもいいですか?」
「もちろん!」
黒木さんの瞳がキュルキュルと輝いて、まるで小さな子供のように見える。仕事をしている時はお客さんと楽しそうに笑顔で会話をしたり、時には真剣な表情で相談にものっている。
美しく磨き上げられたグラス、丁寧に拭いて並べられたボトル、繊細に丸く削られた氷はとても綺麗だ。冷凍庫の霜も定期的に掃除がしてあって、気持ちの良いカウンター。
キッチンを任された私も、冷蔵庫の中は使いやすいように整理をして、コンロは綺麗に掃除をして終わらせる。
床掃除が得意な岩野さんは、出勤すると床をピカピカに磨いてくれて、店内はとても心地よい空気に包まれる。
私たちが付き合い始めてからいくつかの季節が過ぎ、少し早めの桜の花が咲き始めている。ありがたいことにお店は毎日笑い声が集まり毎日が忙しい。そんな日々の中での黒木さんとの時間は本当に穏やかで大切な時間だ。
じゃがいもは少し大きめにカットして、電子レンジで温める。その間に玉ねぎを薄くスライスして水にさらしハムも小さくカットしておく。湯気のたつじゃがいもをざっくりと潰して、ハムや玉ねぎの具材を混ぜ込みマヨネーズと塩コショウで味を整えて出来上がりだ。
フランスパンをカットして軽く焼いてキツネ色にして、スモークサーモンやボイルしたエビをお皿に並べた。そして、キャベツと卵のシンプルなスープもあっという間に出来上がる。
「いただきます!」
「いただきます!」
フランスパンがサクッとして、ポテトサラダの食感と重なる。シンプルだけど、これだけでも私は美味しいと思うのだけど、黒木さんはどうだろう? 私は向かい側でポテトサラダを口にする黒木さんを見ていた。
「うんまっ! これこれ! 懐かしい感じ!」
「ポテトサラダの味、お口に合います?」
「うんうん! なんかあっさりしてて美味しい! これ、なんだろ? ツナ?」
黒木さんがスプーンの先に少しすくって、口に入れた。
「何だと思います? 少し和風のポテトサラダなんです!」
「ん? なんだろ? あっさりしてる? ん? 和風?」
「うふふっ、実ははちみつの梅干しを叩いて混ぜてあるんです」
「梅干し? へ?」
「酸っぱさが消えて、さっぱりしますよね。昔、母親がお弁当に入れてくれてたんです。夏場でも痛みにくいように梅干しを入れてくれて。もちろん、保冷剤もお弁当の袋に一緒に入れてありましたけど」
「へぇー! 優しいねぇ」
母親の事をふと思い出す姿は、いつも楽しそうな顔でお料理をしている横顔だった。元気にしてるかなぁー、今度電話でもしてみよう。そんな風に思いながら、スープを飲みスモークサーモンをのせてパンを口に運ぶ。
黒木さんもパンに山盛りのポテトサラダをのせて、スモークサーモンものせて、大きな口を開けて頬張っている。少しだけ口の横にポテトサラダがついていて、私はそっと指でとってあげると、黒木さんの目は細くなってニッコリと微笑んでくれた。
まだ春は少し先だけど、私たちのまわりにはうっすらと染まったピンク色の花びらが舞っているような……そんな二人の休日。
「これ、お店でも出せる?」
「もちろん!」
また新しいメニューが一つ出来上がった。
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