第48話 6312マイルの恋

 岩野さんの所にいた世莉亜せりあさんが、アメリカに帰国する事になった。岩野さんが休みの日は二人で旅行に出かけていた。アメリカとは違って、小さな日本は移動がしやすくて世莉亜せりあさんは驚いていたようだ。特に京都や四国はとても気に入ったらしい。たくさん写真や動画を撮って、食べ歩きをしてまわった。お寺や神社を巡り御朱印も書いて貰った。


 そして今、岩野さんと世莉亜せりあは空港にいた。世莉亜せりあさんはアメリカで待つ両親や友人へのお土産をたくさん持ち、岩野さんは大きなトランクを右手に持ち、左手は世莉亜せりあの腰にしっかりと回している。


「なぁ、世莉亜せりあ

「なぁに?」


 世莉亜せりあの栗色の瞳が、少し背が高い岩野さんを見上げている。行き交う人々の足音や、アナウンスの音声が二人の間を通り抜けた。またしばらくは会えなくなる。


「俺さぁ、このまま日本で暮らして行こうって思ってるんだよね。世界を旅して経験してきた事は本当に素晴らしい事ばかりだったけど、改めて日本の良さを感じられたというか……」

「和也は、自由を愛する人じゃなかったっけ?」

「もちろん、自由を愛してるよ! そして、俺は今、自由に生きている!」

「そうだね、素敵な仲間に囲まれて幸せなのね! 素晴らしい事だわ!」


 世莉亜せりあは栗色の髪の毛をかきあげて、大きな窓の外に視線を移した。いろんな場所へと向かう飛行機が並んでいる。あと少しで、自分もここから飛び立って行くのだと思うと少し寂しくなっていた。これまでも何度も離れては、別の国にいる岩野さんの元へと会いに行った。でも今回は何だか少し違う気がする。

(……また日本で会えるだろうか……)

 


「だろ? 素敵な仲間に囲まれてるし、日本にもまだまだ素敵な場所があるんだ! 世莉亜せりあ、良かったら一緒に日本で暮らさないか?」

「へっ? 一緒に、暮らす?」

「そ、次は俺がアメリカに行くから。世莉亜せりあを迎えに行くから! 中途半端な関係はもう終わりにしよう。俺は世莉亜せりあを愛している」


 世莉亜せりあの表情がパッと明るくなり、栗色の瞳には涙が少しずつ溢れてくる。

 たくさんのお土産を床に下ろして、両腕を岩野さんの首にまわすと涙は頬を伝って落ちた。岩野さんからの言葉に直ぐに返事をする。


「私もよ、和也、愛してる!」


 岩野さんはにっこりと微笑んで、世莉亜せりあさんの髪の毛を撫でながら囁く。


「Will you marry me?」

「Yes!」


 そして、二人はそっと口づけを交わした。

 行き交う人々の足音や、アナウンスの音声は二人を避けて流れて行った。嬉しそうな二人の笑顔はキラキラと舞う小さな幸せの欠片たちに包まれていく。



「気をつけてね!」

「和也もね! 待ってるから!」

「おうっ!」


 エスカレーターに乗った世莉亜せりあはパスポートを握りしめた手をいつまでもいつまでも振り続けている。そんな世莉亜せりあの姿が見えなくなるまで、岩野さんは手を振りながら見送った。


 これまでたくさんの旅をしてきた二人の距離はとてもとても遠かった。そして、6312マイルほど離れたアメリカと日本の恋は実を結び、新しい始まりを迎えることになる。


 

 

 世莉亜せりあさんを見送ったあと、岩野さんは店を訪れていた。今日はリーグ戦もなく時間も早い為、お店の中はしんとしている。岩野さんは珍しく静かにバーボンのロックを飲んでいる。ロックグラスに入ったまぁるい氷を指でくるくると回して、ゆっくりと口をつける。


「やっぱり寂しいのか」


 黒木さんが少し茶化すように声をかけると、岩野さんがふぅーっと息を吐く。


「緊張したー! これまでの人生で一番緊張した!」

「ん? どゆこと?」

「俺、世莉亜せりあを迎えに行く! そう決めたんだ! 曖昧な関係は終わらせるんだ。そう決めたから!」

「おぉ、そうか」

「おうっ! 俺、プロポーズしてOK貰ったんだけど……」

「だけど……?」

「彼女のご両親、許してくれるかなぁ? 急に不安になってきた」


 珍しい岩野さんの姿に、思わず私も笑みが溢れてしまう。こんなに神妙な表情をしている岩野さんを初めて見たようなきがする。


「大丈夫だろ! ねぇ? 澪ちゃんもそう思うよな?」

「はい! きっと大丈夫ですよ!」

「そうかなぁー、大丈夫かなぁ? 不安だわー、俺」


 その姿を見て黒木さんも笑っている。

「すげぇ遠距離恋愛だったな」

「距離も時差も凄かったよ……」

「おめでとうございます! 世莉亜せりあさん、嬉しかっただろうなぁー」


 そう呟いた私と黒木さんの視線が合った。何だかちょっぴり私の胸の奥がチクりとしたかもしれない。

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