第44話 ダーツのプロに俺はなる!
「黒木さん、ちょっと話できる?」
リーグ戦の翌日、ラピスがカウンターに来て黒木さんに話かけてきた。その手にはダーツの矢を握り、無意識にコロコロと手の中で転がしている。
「ん? どした? なんかあった?」
黒木さんは拭いていたグラスをそっと置いて、ラピスの前に立つ。ラピスは自分の飲みかけのジンバックがはいったグラスを持ってカウンターに静かに座った。
「黒木さん、俺、プロになりたいんだ!」
「ダーツの仕事したいの?」
「そうじゃない……前から岩野さんとも話してたんですけど、リーグ戦とかやってて試合をするのが楽しくて仕方ないんだ。それにレーティングもかなり上がってきたんだよね」
「確かに。最近調子もいいもんなぁー。ラピスがTEAMを引っ張ってくれてるおかけで、成績も良くなってるし。今年はうまく行けば地区大会にも出れそうだし」
その言葉を聞いたラピスはグラスの飲み物をぐいっと一気に飲み干した。溶けかけた氷がカランと小さな音を立てる。
「俺、挑戦してみたいんだよね! 目標が高い方がやる気も出るし、この前クリスティに試合で行った時に店長さんに言われたんだ。プロ目指せるんじゃないかって」
「そうだね、ラピスなら頑張ればいけるかも! フライトはAA行けそう?」
「もうちょっとでAAになれそうなんだ」
黒木さんはラピスの空になったグラスをさげて、流し場に置くと新しいロンググラスをバーカウンターに置いて氷を入れ、ジンとジンジャーエールを注ぎ、ラピスの前にそっと差し出す。細くて長い小指をテーブルにつけて、音を立てずに静かに置かれた。ラピスはグラスを手に取り、一口ごくりとそれを飲む。
「じゃぁ、まずはAAになろう!」
「応援してくれる?」
「もちろん! ラピスも少しずつ名前が広がってるし、うちのTEAMにプロがいるなんて最高だからなぁー! 楽しみだなぁー」
「で、プロって試験があるんだよね? どうすればいいの?」
日本には『JAPAN』と『PERFECT』と二つ団体があるのだ。『PERFECT』の方が先に出来たのだが、『JAPAN』の方がプロの人数も多く、間口も広い。何よりプレイヤーが多い。
「フライトがAAになったら、お店に予約をして試験を受けるんだよ。スケジュールが合えばすぐにでも受験できるし、何度でも挑戦できる」
「ここでは試験受けれないの?」
「認証されてるお店でしか受けれないんだ」
「そっか……。でも何回でもチャレンジできるんだよね?」
「そ、お金はかかるけど」
「よしっ! 頑張ってみるよ!」
その会話を聞いていた結希や公平がカウンターに集まってくる。
「えー、ラピスさん、プロ目指すんですか? すげー!」
「まだまだこれからだよ、練習しなきゃ!」
「シュートアウトの練習は必要だな! 他はいつもの試合でも実践できるけど、シュートアウトはやらないだろ?」
結希が不思議そうな顔をして首を傾げている。私も初めて聞く言葉だった。
「シュートアウトってなぁに?」
「一から順番に狙って加点していくんだよ。最終的には五千五百点以上で合格!」
「うひょー! めっちゃヤバいやつ!」
「やっべ、俺、大丈夫かなぁー」
「あー、もう弱音吐いてるー!」
「んなこと言ってもさぁー」
ワイワイと楽しそうに騒いでいるメンバーを黒木さんは目を細めて笑顔で見つめながらビールを一口飲む。少しずつ増えてきたダーツのメンバーがTEAMを作り、プロになりたいと目標を持ち始めた。自分が作ってきたこの店に人が集まってくるというのは、何よりも嬉しい事だろう。
黒木さんに拾われてから一緒に一生懸命頑張ってきた私にとっても、とても嬉しい景色だ。
二つしかないソファー席には、別々に来ていたグループが混ざりあって座っている。嬉しそうに挨拶をして、私が作った料理を美味しそうに食べながらダーツを楽しみ、会話を楽しんでいる。
三つあるテーブル席にはダーツをしないお客さんも座り、食事やお酒を楽しみながら笑っている。
カウンターのいつもの場所には玄さんがいて、顔馴染みのお客さんとお喋りをしたり黒木さんと会話をしている。
私がこのお店に来てからたくさんの事を教わった。ダーツがこんなに楽しい事、仲間を大切に思う気持ちは、黒木さんに出会わなければ知らないままだったかもしれない。
それに、黒木さんの存在が私の中でこんなに大きくなるとは思ってもみなかった。
すべての出来事は、黒木さんと出会うためにあったのだろう……。あんなに傷ついていた私の心の傷も気がつけば小さなシミのようなものに変わっている。
ラピスはみんなの前で右手を大きく上に挙げて言った。
「ダーツのプロに俺はなる!」
そして、黒木さんが口を開いた。
「あ、ラピスー、筆記試験もあるけど大丈夫かぁ?」
「えっ、ひ、筆記試験? 何? 何それ!」
慌てるラピスの姿を見て、全員で笑った。
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