第43話 メープルシロップ
粉雪がしんしんと降り積もるとても冷たい夜だった。お店の前に置いてあるプランターには真っ赤なポインセチアが並び、真っ白な雪が積もっていく。私は冷たさに耐えながら、小さな雪だるまを二つ作ってプランターに乗せた。
いつもの街は白い雪に覆われて、歩く人も足元を気にしながら誰かの足跡の上を歩いていく。
何年ぶりかの大雪で交通機関のダイヤは乱れ、『早めの帰宅をお勧めします』とテレビのニュースではキャスターが言っていた。
「さすがに今日はお客さん少ないですねー」
「そうだなぁー、ラピス達は車だし、みるくに運転させるのも心配だから今夜は練習も休みますって、メール来てたし」
「玄さんは大丈夫ですか?」
「ん、俺は歩いて帰れっから大丈夫だよ」
TEAMのメンバーもこの大雪で仕事の段取りが変わってしまったり、いつも自転車でやってくる学生達もいるので黒木さんは心配だったようだ。
「明日のリーグ戦なんですけど、大雪かもしれないので延期にしませんか? TEAMのメンバーが無理して集まってケガでもすると大変ですから……」
黒木さんが昨日の夜に対戦相手のお店と連絡を取り、スケジュールを調整することになった。無理にリーグ戦で集まって何かあっては困るからと、対戦相手の店長も悩んでいたらしい。
いつもはリーグ戦で賑やかな店内も、静かなBGMが流れている。武文さんと由美さんも、今日はテーブル席で食事をしながらパンフレットを見ている。旅行の計画を立てているらしい。
岩野さんは一人でダーツの練習をしている。時々腕にはめた時計をチラチラと気にしていて、何だかそわそわしているようにも見える。
「今夜はホントに冷えますねー」
「みんながいないと寂しいもんだなぁー」
玄さんは店内を見回しながら、ポツリと呟いている。黒木さんはカウンターにある冷凍庫の霜を丁寧に取っていた。
ーーーカランコロンカラン。
「いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ!」
「こんばんわー! すっごく寒いんですけどー!」
扉が開いて冷たい風と一緒に大きなトランクを持った一人の女性が入って来た。ビニール傘に積もった雪を落とし、コートについた雪も払う。その女性はすらりと背が高く、明るい栗色の髪の毛をしている。瞳も栗色で鼻も高く、とてもカッコいい女性だ。
「とても寒かったでしょ! お好きなお席にどうぞ」
私が案内すると、その女性は店内をキョロキョロと見回して視線を止めた。
「和也!」
「ん?
と岩野さんの言葉を最後まで聞くことなく、その女性は岩野さんに抱きついた。
店内のみんなが、突然の出来事にびっくりして固まってしまう中で岩野さんはその女性を抱きしめている。
「はらー」
と玄さんは口を開けたままで、武文さんと由美さんは顔を見合わせて微笑んでいる。私と黒木さんは何がなんだかわからずに視線を合わせると、黒木さんは岩野さんの姿を見て目をぱちくりとさせている。きっと黒木さんも、岩野さんのそんな姿を初めて見たのであろう。
そして、抱き合った二人はみんなの前でキスをした。その場にいた誰もが驚いていたのだが、岩野さんは何事もなかったかのようにその女性の髪の毛を愛おしそうに撫でる。
そして、何事もなかったかのように女性と一緒に近づいてきて笑顔で言った。
「
「和也、言ってくれれば良かったのに。びっくりしたー! 宜しくね、
黒木さんは、スッと右手を出して挨拶をする。私も慌てて彼女の所へ行き、黒木さんの真似をする。
「
「
「俺は玄さん! は、ハロー!」
玄さんはぎこちなく言って、みんなが笑った。
「玄さん、彼女は日本語もペラペラなんだよ」
「あー、そりゃー良かった! びっくりしちゃってよぉ」
「玄さん、とても素敵な名前ですね!」
「あだ名……ってわかるべか? あだなっ」
「ニックネームのこと?」
「いえす! いえす! ニックネーム!」
「玄さん、普通で大丈夫ですよ」
岩野さんが嬉しそうに笑って、
こんな岩野さんの姿を見ると、外国でたくさんの事を学んできたのだなぁとつくづく感じる。そして岩野さんの嬉しそうな顔を微笑みながら見つめている黒木さんは、いつもよりも楽しそうだった。
⭐記念品なんでメープルシロップ
今日だけの特別メニューは黒木さんからのサービスとしてみんなに振る舞われた。
今夜はとても冷たくて静かな夜だけど、甘い甘い記念品になった。
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