第42話 お土産
「ふぅー、買いすぎたかなぁー」
「エヘヘ、でもみんな喜んでくれるんじゃないですか?」
「そうだね、喜んでくれるといいなぁ」
お店の扉に貼っておいた『謹賀新年』と書かれたポスターを剥がしお店に入る。いつもの出勤の時間よりも少し早いのだが、数日間閉めていたお店の手入れをしてからお客さんを迎える為だ。
扉を大きく開け、すべての窓を開けて新しい空気をたっぷりと迎え入れる。黒木さんはお酒が並んだ棚やカウンターの埃を払い、ボトルを一本ずつ丁寧に拭いていく。私はキッチンを綺麗に掃除をして、足りない食材などの買い出しに出かけた。まだまだ寒いけれど、きっとみんなおせち料理やお鍋に飽きてきた頃だろうから……と黒木さんと相談をして今日は焼きそばをメニューに入れてみようか……となった。もしかしたら、大阪へ旅行に行った影響かもしれない。
「澪ちゃん! おめでとう! 今年も宜しくね!」
「おめでとうございます! 今年もどうぞ宜しくお願いいたします!」
ご近所のお店や顔馴染みの方と出会うと、新年のご挨拶をしながら街を通り、買い出しを済ませてお店に戻る。
「澪ちゃん! 今年も宜しくね!」
岩野さんはお正月も普通にガソリンスタンドで仕事をしていたので、退屈な数日間を過ごしていたようだ。
「岩野さん、今年も宜しくお願いいたします! お食事何にします?」
「んー、久しぶりにキムチ鍋が食べたい!」
「了解です!」
私は岩野さんのキムチ鍋の準備をしていると突然岩野さんの大きな声が聞こえた。
「え―――! まじで? もっと早く言えよー!」
「まぁ、改めて言うほどの事でもないかと思ってたんだけど……」
「いゃいゃ、まぁ何となく気づいてはいたけどさぁー」
「何かありました?」
私はお玉を片手に二人の会話に混じる。岩野さんが嬉しそうにニコニコと私を見ている。その手には大阪で買ってきた縁起物の置物が乗せられていた。
「
「えへへ……まぁ……」
「出会った時から思ってはいたんだぜ、
「まぁまぁ、お客さん達には黙っててくれよ! 玄さんにも、な?」
黒木さんは少し照れた表情をして、岩野さんに頼んでいる。確かにお店の空気が変わってしまうのは私も嫌だったのでその方がいいと思っていた。
「岩野さん、内緒でお願いしますね!」
私も顔の前で手を合わせて、岩野さんに頼んでおいた。
「澪ちゃんに言われちゃー仕方ないなぁ。じゃあ、旅行は
「そ、だから澪ちゃんにはこれを! 俺からのお土産!」
小さなたこ焼きのサンプルで出来たキーホルダーだった。焦げ目も絶妙でソースや青のりも本物そっくりで美味しそうなキーホルダーだ。
「わぁー、可愛いっ!」
私はすぐにエプロンの紐にそのキーホルダーをつけた。動くたびにコロンと揺れてとても可愛いらしい。
「てか、これ何だよ? 目が細くなって、つり目になったキューピーちゃんみたいじゃん!」
「足の裏を撫でて願い事をするんだよ」
「へぇー、くすぐったくないのかねぇ」
「ピカピカになるまで毎日撫でてやってくれ」
「はい、岩野さん! キムチ鍋出来ましたよー! 特別にお餅入れときました!」
「わぁー、サンキュー!」
今年も賑やかな一年になりそうだ。看板を出して灯りをつけて、プレートを『open』にした。
―――カランコロンカラン。
「いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ!」
「おめでとうございます! 一番乗りかな?」
今年も始まりは玄さんのお迎えからだった。そして玄さんは毎年お土産を持ってきてくれる。
「ほれ、今年は草津の温泉饅頭だ」
「わぁ、ありがとうございます! 今年もどうぞ宜しくお願いいたします!」
そのあとも、ポツリポツリとTEAMのメンバーが集まってきた。それぞれ新年の挨拶を交わし、カウンターにはみんなのお土産が並んでいる。
「何これ? クレヨン? 違うんだ、クッキーだ!」
「わぁー、これ、本当にお好み焼きみたい! ちゃんとネギもついてる!」
黒木さんが買ってきた有名なクレヨンのパッケージの箱に入ったクッキーと、お好み焼きがそのまま小さなお煎餅になったお菓子は大好評だった。
「ねー、黒木さん、大阪へは誰と行ったの?」
「黒木さん、いつもはお取り寄せのおかきを持ってきてくれるのに、珍しい!」
「このキーホルダー可愛い!」
「これ何? パック?」
賑やかな会話は弾んで、いつもよりもダーツの音が少なめの営業となった。黒木さんは皆から誰と旅行に行ったの? と何度も何度も聞かれて、何度も何度も誤魔化していた。
「もしかして、澪ちゃん?」
「まさかー!」
そんな声も時々聞こえてきて、私は少しドキドキしていたけれど。食事のオーダーが多かったので私はキッチンに隠れていられた。
そして黒木さんの言った通りで、おせち料理に飽きた皆が注文するのはオムライスやキーマカレー、そして焼きそばだった。
楽しく食事をして、カウンターに並んだお土産をつまみながら、また新しい一年が始まった。
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