第39話 年越し
最近はほぼ満席なままの状態が続いているこのお店も少し寂しくなる時がある。
年末になると忘年会やクリスマスなどのイベントが続き、この街も賑やかになる。たまに酔っ払ったお客さんが入り口の扉を開けるけれど、黒木さんは上手にお断りをしてくれる。
「お客さん、申し訳ないです! もう満席なんですよー、ごめんなさい!」
「れれ? 満席なの? あ、あそこ空いてるよー、あそこでいいから!」
「いやいや、あそこもいらっしゃいますよ」
「んー? れ? ほじゃー、そこで立って飲めばいいから、ダイジョウブ、ライジョウブ……」
「あー、残念です、立ち飲みはやってないんですよ。申し訳ありませんが、また来て下さいよ、ね、足元お気をつけ下さい! 寒いので風邪ひかないようにー」
と、丁寧にお店から少し離れた場所までお見送りをしている。そうしないと、またすぐに扉を開けて入ってきてしまうからだ。
そして大晦日になると、開店して間もなくは満席になるのだ。TEAM180のメンバーや玄さんやしんさん、武文さんと由実さん……といつもの顔ぶれが揃う。軽く飲みながら食事をして、ワイワイガヤガヤと賑やかに過ごしている。
「今回はどこに行くの? カウントダウン」
「今回はリネカーパークに行くんだ! カウントダウンの花火も今年はやるらしくて」
「みんなで行くの?」
「そ、ワンボックス2台に乗ってカウントダウンして、そのあと加賀美山に登って初日の出を見てくる!」
「へぇー、楽しそう!」
「黒木さん達も一緒に行けたらいいのに」
「まぁー、お店があるからね」
「残念ー!」
そんな会話をしながら食事を済ませたメンバー達が集合して挨拶をして出て行くのを見送るのだ。リーグ戦で仲良くなった別の店のTEAMと一緒にカウントダウンを見に行くらしい。
「では、来年も宜しくお願いいたします! 良いお年を!」
「良いお年を!」
「良いお年を、気をつけて行ってきてねー!」
みんなを見送った後には、穏やかな空間に変わる。いつものように玄さんとしんさんはカウンターでチビチビとお酒を飲みながら会話をして、黒木さんはグラスやボトルを丁寧に磨きながらふたりの会話に時折混ざる。
ーーーカランコロンカラン。
「いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ!」
フラりと立ちよったお客さんがぽつり、ぽつりとやってきて、少し飲んでお店を後にする。岩野さんも今日はカウンターに座って、ゆっくりと大晦日を堪能していた。私はキッチンをいつも以上に丁寧に片付けをする。
「もうすぐ年が明けますよーーー! みなさーん!」
岩野さんが大きな声をかけてくれた。
「10・9・8……3・2・1! ハッピーニューイャー! 明けましておめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
私たちは其々のグラスを片手に乾杯をする。常連さんも、たまたまその場にいたお客さんも一緒に新しい年を迎えた。
「黒木ちゃーん! あけおめー!」
キレイな着物を着て、上機嫌な夢ママがシャンパンを片手にやってきた。少し酔っ払っているようだ、ウィッグはずれているし、せっかくの着物の裾は乱れていて、つけまつ毛の端っこがピロピロととれかかっている。相変わらずな夢ママの姿に、みんなが大笑いをする。
「なによー、みんな私、そんなに面白い?」
「あー、面白いねぇー」
玄さんは、夢ママのずれたウィッグを見ながら笑っている。
「んもー、なによー、こうしてやるわよぉー」
夢ママのずれたウィッグは玄さんの頭に被せられた。そんな玄さんはまんざらでもないようだ。
「あー、こりゃー温かいわぁ」
その言葉に、またみんなで笑った。そして、今夜はいつもよりも早めに店を閉めるのだ。
「また今年も宜しくねー」
「こちらこそ、今年も宜しくお願いいたします!」
「今年も宜しくお願いいたします!」
挨拶を交わしてみんなを見送った。黒木さんと岩野さんと私はいつものように片付けをしてお店の鍵を閉める。私と岩野さんと黒木さんの三人で冷たい風の中を歩く。私は黒木さんに買って貰ったお気に入りのニットの帽子をかぶり、手袋をはめて防寒対策をばっちりしていた。黒木さんは私がプレゼントしたマフラーを巻いていたが、岩野さんは肩をすぼめてポケットに手を突っ込んで、とても寒そうに歩いている。
まだ新年を迎えて間もない街の中を人が賑やかに歩いていく。新年の挨拶が書かれたポスターが並ぶ商店街を抜けて歩いていくと、人々が同じ方向に向かってぞろぞろと集まってくる。随分昔からこの街にある、小さな神社に初詣に行く為だ。
私たちもその人の波に紛れてゆっくりと進んで行く。
鳥居の手前でお辞儀をしてくぐり、手水舎で手を清める。キーンと冷たい水に手が真っ赤になりそうだ。
「よし、新しい御札を買って御詣りしよう」
お店で一年間お世話になった御札を納めて、新しい御札を手にして列に並ぶ。其々がお賽銭をそっと入れて、手を合わせた。
(今年も一年、みんなで元気に過ごせますように……)
そして一緒におみくじをひいた。
黒木さんは大吉で私は小吉、岩野さんは末吉だった。出来るだけ高い場所におみくじを結んで神社を後にする。通りには出店がたくさん並び、人々が集まって楽しそうにゲームをしたり食べたりしている。
「あ、甘酒!」
「甘酒飲む?」
「うんっ! 飲みたい!」
黒木さんと私を見ながら岩野さんがふふっと笑って見ている。
「なに? 和也も飲むだろ?」
「おうっ!」
甘酒で少し温まった体でそのままゆっくりと歩いたり、おでんを食べたり、私は射的で駄菓子をゲットした。
いつしか空は明るくなり、今年最初の太陽が姿を表して私たちを照らした。とっても明るくてキラキラとした温かな光に包まれた。
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