第36話 冬のメニュー

―――カランコロンカラン。

「いらっしゃいませ!」

「いらっしゃいませ!」

「いらっしゃいませ!」

「こんばんわー、あーここは暖かい!」


 今年初めての雪がひらひらと舞っている。お店の入り口のドアが開くと、ひんやりと冷たい空気もお客さんと一緒にやってくる。



「澪ちゃん、今日は寒いから温かいものが食べたいなぁー」

「そーですねー、冬のメニューって作ってもいいかもしれませんね」

「ほー、なるほどね! 澪ちゃんに任せる! そして、俺はうどんが食べたい! とろろ昆布のやつ」

「えへへ、了解しました!」

 今日はうどんやネギやお肉などの食材を買って、新しいメニューを出すことにしよう。



 あの日から、私達はお互いの家を行き来するようになった。地震で散らかった私の部屋を黒木さんが訪れて、一緒に片付けをしてくれた。私の住む部屋は狭くて、背が高い黒木さんは少し窮屈そうだ。テレビの前にあるローテーブルを使うと、長い足の置き場に困っているようだ。だけどキッチン用品などは私の家のほうが充実している。私の家でご飯を食べて、片付けをして黒木さんの家に行ったりもする。

 それぞれの家の合鍵を作り、色違いのお揃いのキーケースを買って持ち歩くようになった。


 毎日とっても幸せだ。



「こんばんわー、あーここは暖かい」 

「え、冬のメニュー始めました! だって!」

「どれどれ?」

 直人や夏喜、陽がお店に入ってくるなりボードに付け加えられた文字を見つけて騒いでいる。



⭐寒い冬限定メニュー

 ・俺の好きな昆布うどん

 ・ちょっぴり甘めの肉うどん

 ・ちっちゃなキムチ鍋(ごはんorうどん追加OK)


 鍋といってもグツグツと目の前で温めることは出来ないので、すぐに食べきれるサイズにして出すことにした。お豆腐やキムチやお肉とその日の食材で合いそうなものを入れて、最後に玉子を落として仕上げる。


 

「俺、肉うどん!」 

「俺はオムライス! オムレツタイプで」

「ちっちゃなキムチ鍋とおにぎりにしようかなー」

「はい! お待ち下さいねー」

「澪ちゃん、慌てないでいいよー」

「はーい、ありがとう!」



 まずはフライパンでチキンライスを作りながら、横のお鍋でうどんとお鍋の出汁を弱火にかけておく。オムライスはこの店の一番人気のメニューになったので、作り方は体が覚えている。合間にカットしてあった野菜を入れて煮込みながら、玉子を割ってオムレツを作ってお皿に盛り付けていく。


「オムライスできました! お願いできますか?」

「おっ、了解!」

 

 岩野さんがお皿を受け取って運んでくれる。今日は週末で、岩野さんが来てくれていてお客さんが多くても安心だ。


 そして、お鍋で温めていた出汁を二つに分けてそれぞれの具材をさらに足していく。小さなフライパンでお肉を炒めてみりんとお醤油で味付けをして、うどんの麺を入れてひと煮立ちさせて器に入れて、炒めたお肉とネギを盛り付ければ肉うどんの完成だ。


「肉うどん、お願いします!」

「はいよー!」

 また、元気な岩野さんの声が聞こえてテーブルに運ばれていく。


「うわぁー、うまそーーー!」

 キッチンにいる私の所まで夏喜の嬉しそうな声が聞こえてきて嬉しくなってにっこりと微笑んだ。

 

 もう一つのお鍋で煮ていたお豆腐やお肉にも火が通り、キムチを投入して玉子をポトンと真ん中に落とす。こちらもネギをパラパラと乗せて出来上がりだ。これはそのままお鍋ごとテーブルに運び、取り皿に取り分けて食べて貰う。おにぎりは温かいご飯をそっと握って沢庵を添えた。


「キムチ鍋お待たせー」

 岩野さんがテーブルに運ぶと嬉しそうな声がまた聞こえてくるのだ。

「うわぁー、うまそー! これ、うどん追加でも良かったかもー!」

「俺、次はそれ頼もう!」

「あ、ちんどん騒ぎのメンマ、二人前下さーい!」

「はーい!」


 今夜はふわふわとしたわた雪が舞い、とても寒い夜だ。ダーツの練習に来るTEAM180のメンバーも、暖かなお店の灯りに吸い込まれてくる新しいお客さんも、みんな肩をすぼめてお店の扉を開ける。


―――カランコロンカラン。

「いらっしゃいませ!」

「いらっしゃいませ!」

「いらっしゃいませ!」


 三人で声を合わせてお客さんを迎える週末は、とても賑やかだ。ダーツの音や拍手、笑い声が店内に広がっていく。窓の外にひらひらと舞うわた雪が少し大きくなってきて、店内の温もりは窓ガラスを白く曇らせていく。


 カウンターでシェイカーを振る黒木さんと時折目が合って、私たちはそっと微笑みを交わす。それを見ていた玄さんと岩野さんも視線を合わせて微笑んでいる。

 とっても寒い夜だけど、このお店はいつも暖かい空気でいっぱいだ。

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