第28話 月曜日
リーグ戦が始まり、ホームで試合がある月曜日の仕込みは量が多めになった。出勤時間もこの日は少し早い。
「買い出しの荷物、増えたでしょ?」
と、黒木さんがお店の鍵を閉めて一緒に行ってくれるようになった。
じゃがいもやさつまいも、玉ねぎなど重い物が増えて私の腕に赤く跡が残っていたのを黒木さんは見逃さなかったからだろう。
黒木さんが一緒に買い出しに行く日の賄いは、お店のメニューにないものをリクエストされる。この前はお惣菜の豚カツを買ってカツ丼と玉ねぎのお味噌汁を作って三人で食べた。
「澪ちゃん、野菜炒め食べたい!」
「いいですね! 野菜炒めと……あ、焼きそばにします?野菜たっぷり焼きそば!」
「おー! うまそう! それがいい!」
こんな時の黒木さんは、子供のようなキラキラとした目をして嬉しそうに笑うのだ。
この笑顔を見ると私は嬉しくなってしまう。
買い物を終えると、いろんな話をしながら歩いてお店に戻る。私はこの、のんびりと穏やかな時間が気に入っている。
夕焼けでオレンジに染まっていく空、群れをなして飛んでいく鳥達、母親に手を引かれテトテトと歩く小さな子供。
制服姿のカップルが手を繋ぎ、時計を気にしながら急ぐスーツ姿の男性。
何気ない日常が溢れているこの景色はとても幸せに感じる。
「澪ちゃん、今度の定休日って予定ある?」
「何もないですよ」
「お休みの日に申し訳ないんだけど、お店の食器を一緒に選んでくれない?」
「いいですね! メニューも増えましたしね! 行きます!」
「ホント? 良かった!」
「楽しみです」
と、次の休日は黒木さんとお買い物に行く事になったのだ。
お店に戻ると仕込みを始める。ひき肉を量り、小分けにしてラップをする。じゃがいもや玉ねぎも下ごしらえをして、さつまいもも加熱をしておく。
そして今日の賄いの準備もしていく。豚肉や野菜をカットして、麺をほぐしておく。
温まる前のフライパンに材料を入れて炒めていると、ジュ──ッという音がしていい香りがしてくる。
──カランコロンカラン。
「おはようございまーす」
「おはよう」
「おはようございます」
いつもタイミング良く岩野さんが出勤してくるのだ。
「今日は何かなー?」
「野菜たっぷり焼きそばです!」
「うひょー!」
「和也も家ではろくなもん食ってないんだろ?」
「俺の得意料理はカップ麺だからね!
「俺は……レトルトくらいは温めるわ!」
なんとも微笑ましい黒木さんと岩野さんの会話は焼きそばが出来上がるまで続いていた。
「出来ましたよー!」
湯気がほわんとたち、ソースの香ばしい香りが広がっていく。
岩野さんは生ビールを黒木さんに注ぎ、私と自分の為に麦茶をグラスに入れてくれる。
「頂きます!」
「いただきまーす!」
簡単なたまごスープも一緒に作って、カップに入れて添えた。
「生ビールにスープは合わなかったかな、」
私のひと言に黒木さんは首を横に振り、スープを一口のんで目を瞑っている。
「いやぁー、染み渡るー最高!」
「澪ちゃん、昔はね、
「澪ちゃんのご飯、うまいからなぁ!」
黒木さんが焼きそばを頬張る姿を見ながら、岩野さんはニヤッと笑っている。その理由は私にはわからない、私は入ってはいけないような気がしていた。
食事を終え片付けが終わる頃、岩野さんはダーツの練習を始めた。黒木さんはアイスピックで氷を割り準備を進めている。
今日はホームでのリーグ戦がある日だ。ダーツの試合を見易いように、テーブルや椅子の場所を少しだけ変えて皆が揃うのを待っていた。
──カランコロンカラン。
「こんばんはー!」
「いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ!」
「おうっ、いらっしゃい!」
月曜日の夜はTEAM 180のシャツを着たメンバーが早い時間から集まってくる。
メンバーは投げ放題の料金を支払い、みんなで練習を始めるのだ。
「みんないつものドリンクでいい?」
「はーい! お願いしまーす!」
「あ、私お腹空いてるからご飯食べるー! んーと、とりあえずオムライスを包むほうで!」
「はい、お待ち下さいね!」
今夜も賑やかな夜になりそうだ。
結希ちゃんのオムライスも出来上がると他のメンバーも注文をし始める。
「エヘヘ・スティック二つお願いしまーす!」
「俺生姜焼丼食べようかなぁ」
「はーい!」
と、私はキッチンへ向かうのだ。
そして、対戦相手のチームのメンバーもやってくると店内はとても賑やかな笑い声が響き渡るのだ。
「黒木さん、今日は宜しくお願いいたします!」
相手チームのスタッフさんが挨拶に来てくれて試合が始まるのだ。
──ピューン。
──ドスッ。
──ドスッ。
「ぅわぁー、捲られた──!」
悔しそうなラピスの声が聞こえて、今日の対戦は終わった。
全員で握手を交わしながら、あそこは良かった! だの、あのプレイはもったいない! だの反省会のような会話をしながら時間が流れていく。
対戦が終わると小腹が空くのか、フードのオーダーが増えてくる。
「コロコロコロッケ!」
「たまご焼きサンド!」
「ハンバーグ180!」
「エヘヘ・スティックって何? 食べてみたーい!!」
私はしばらくキッチンの中でパタパタとし、岩野さんがフォローをしてくれる。
「これ、オッケー?」
「はい、お願いします!」
「了解!」
「ありがとうございます!」
月曜日、ホームで試合がある時も相手チームの店舗で試合がある時も、TEAM180のメンバーが揃って出掛けて帰ってくる。
試合は真剣なのだけれど、何気ない会話をするメンバー達の笑顔を見るのが楽しみになった。
黒木さんもグラスを拭きながら、微笑みを浮かべていた。
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