第27話 実家のスィートポテト

──カランコロンカラン。

「こんちわー、お荷物です!」

「あ、ありがとうございます」

 私はサインをして、荷物を受け取ると『ユニフォーム』と書いてあった。


「黒木さん、これ届きました!」

 っと、意外と重くてよろけそうになってしまった。

「おっと!」

 黒木さんの両腕が荷物と一緒に私の体も支えてくれて、何とか転けずに済んだ。

「イタッ、」

「ごめん! 澪ちゃん、大丈夫?」

「だ、大丈夫です、」


 腕には段ボールで擦れてしまった傷ができてしまったが、それよりも恥ずかしさで頬が熱くなった。

「あー、地味に痛いやつだ、」

 黒木さんは救急箱を出して消毒をしてくれた。

「なんかすみません……」

「いや、重いものは無理しなくていいんだよ?」

「はい、へへっ」


 黒木さんに支えられた時にふわりといい匂いがした。香水とかではなく、柔らかな匂い。私の心の奥の方がとくんっとなった気がした。


 届いた荷物はダーツチームのユニフォームだった。

「メンバーはまだそんなに居ないけど、サイズも色々だろうからまとめて注文したんだよね」

「あ、可愛いー! ダーツの矢の刺繍が入ってる!」

「そ、シンプルなものにしたかったんだ。澪ちゃんと和也の制服にもなるしね!」


 濃いグレーの開襟シャツの左胸にダーツの矢の刺繍がほどこしてある。後ろ側の裾のほうには20のトリプルにダーツが三本刺さり、TEAM180とロゴも入っている。


「澪ちゃんはMサイズでいいかな?」

「わー、ありがとうございます!」

 黒木さんは背が高いので悩んでいたがLにしたようだ。

「シェーカーを振るから、あんまりダボダボするのもなぁー」

 と、何度も試着をして悩んでいた。


「おはようございます!」

 今日は岩野さんは出勤の日だ。

「おー、和也! ちょうど良かった、TEAMのユニフォームが届いたんだよ!」

「おっ! 来た来た!」


 岩野さんがスタッフになってから1カ月ほど経っていた。月曜日と週末はスタッフとしてお手伝いをしてくれながらダーツの練習をしている。

岩野さんは本当にお給料を受け取らず、賄いで一緒に食事を取り飲み物を自由に飲んだ。

基本的にはお酒は飲まず、お客さんから勧められた時に同じものを飲んで接客をしてくれる。

「いやぁ、楽しく喋りながらダーツをしてるだけだから!」

 と岩野さんはケラケラと笑っている。

 バックパッカーの生活では当たり前だったようで、岩野さんには合っているのだろう。


 それ以外の時には『お客さん』として来る事もあった。その時は大好きなテキーラを飲みながら陽気にダーツをして遊び、お金を払って帰って行く。

 黒木さんは内緒で値引きをしてあげていた。


「澪ちゃん、エヘヘスティック食べたい!」

 って、岩野さんは甘いものが好きなようで可愛らしかった。黒木さんは背が高くスラッとしているし、岩野さんは少しがっちりとしていてニコニコとしている。お店の雰囲気は益々明るくなって、何より女性のお客さんが増えてきた。


「澪ちゃん、イケメンに囲まれて良かったなぁー」

 って、玄さんは時々ニヨニヨとしながら私に言ってくるのだ。

「エヘヘ、ファンの方が増えましたねー」

 と私は玄さんの生ビールを注ぎながら答えた。店内は相変わらずピカピカだし、シンプルだけどちょっとした置き物などはさりげなくお洒落で女性でも過ごしやすい。

 明るさを控えめにした店内にはしっとりとした曲が流れていて、お客さんも心地よく食事やお酒を楽しんでいる。


 チームが出来た事でダーツの席はいつも埋まるようになった。毎日のようにラピス達やたけるや結希や公平・純司がやってきてダーツをし、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。


 そして届いたばかりのユニフォームがメンバーにも配られて、早速シャツに袖を通してダーツの練習を始めた。



 そして今日もひとつ新しいメニューが出来上がり、メニューボードに書き足された。


【実家のスィートポテト】


 加熱したさつまいもを潰して裏ごしをする。この作業が少し大変なのだけれど、私の母親がいつも作ってくれていた。牛乳を加えて少し柔らかくして、甘さが足りない時は少しだけお砂糖を加える。


「澪ちゃん、それトースターで焼くの?」

 黒木さんが興味深げにキッチンを覗き、岩野んはつまみ食いをおねだりしてくる。

「ちょっとだけ! ね、ね、ね?」


 仕方がないのでスプーンに一口乗せて岩野さんに渡すとパクっと口に運んだ。

「んまー!」

「お前は子供か!」

 黒木さんは楽しそうに笑って、岩野さんは満足してダーツの練習をしに行った。


 そして、それをギョウザの皮で包んでいき、加熱した油でさっと揚げて出来上がった。


「ほへー、揚げギョウザみたいだ!」

「カリッとして美味しいんですよ、今でも実家に帰ると作ってあったりするんです」


 黒木さんはハフハフとしながら、揚げたてのスィートポテトを食べてにっこりと笑った。

「んぉー、甘過ぎなくていいねぇ!」

「冷めても大丈夫ですしね。ダーツしながらつまめちゃう!」

「うんうん!」


 メニューボードにはたくさんのメニューが書かれ、写真も貼り付けてあったりもする。

 私が黒木さんに拾われた日には想像もつかなかったけれど。

 私が作る賄いを黒木さんが美味しそうに食べてくれて、お客さんも喜んでくれて、岩野さんも時々一緒に食事をするようになった。


 ダーツのチームも出来て、仲間も増えた。

 毎日が穏やかで、楽しい日々。私は黒木さんが美味しそうに食べる姿を見ると幸せな気持ちになれる。


 そして時々、心の奥がキュンとなっている事には気づかないふりをして過ごしていた。



「あー、ずるいなぁー! 俺のはー?」

 岩野さんは美味しそうな匂いを嗅ぎ付けてキッチンへやって来てパクパクと食べて満足げだ。

「うまっ! お客さんにオススメするよ!」


 この日、仕込んだ実家のスィートポテトはあっという間に完売した。

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