第26話 新しいスタッフ
──カランコロンカラン。
「いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ!」
「よおっ!
「はぁー? お前、なんで?」
黒木さんの事を下の名前で呼ぶ男性が入って来た。年齢は黒木さんくらいだろうか。真っ黒に日焼けしていて、髪の毛は長く後ろで束ねている。
「開口一番、なんで? はねーだろーよ、」
「いや、帰って来るなら連絡しろよ」
「驚かせようと思ってさ」
黒木さんはその男性と握手をして、私の方を向いて言った。
「澪ちゃん、こいつ俺の親友の和也!」
「初めまして、結城澪です!」
「俺、岩野和也! 宜しく!」
と手を出され、私は握手をしながら軽く会釈をした。束ねられた黒い癖毛が少し乱れているが清潔感はあり、岩野さんは黒木さんとは違うオーラを纏っているように感じる。
「澪ちゃん、和也はバックパッカーで旅をしてるんだよ。もう何年になるかなぁ?」
「三年だよ、そろそろ日本に帰ろうって思ってさ」
「じゃぁ、これからはこっちにいるのか?」
「そ、また一緒にダーツしようぜ!」
岩野さんはガッツポーズをしながら笑顔を見せ、カウンターに座った。
「とりあえず、生ビール!」
「はいよ、」
黒木さんと岩野さんの会話は、まるで毎日顔を合わせていた仲間のようだった。
バックパッカーで起きた出来事や昔話をして、嬉しそうに笑っている。
どうやら中学生からの付き合いらしい。
「
「わかる?」
「だろうな、」
メニューボードを見た岩野さんは横目で黒木さんの事をちらりと見て、口角を上げている。この二人が離れていた時間は、あっという間に埋められたようだ。
黒木さんの笑顔が今日は少しだけ幼く見えるのは私の気のせいだろうか。
「私の生姜焼丼とー、ちんどん騒ぎのメンマ作ってよー」
「はい、お待ち下さいね」
私はキッチンへと入って行く。ギョーザをフライパンに乗せて焼きながら、生姜焼の準備をする。
香ばしいごま油の香りがキッチンに広がっていく。
この日の私は大忙しだった。
いつものお客さんや初めて来店してくれたお客さんの笑い声がお店の中に広がっていく。
バックパッカーだった岩野さんは、人懐っこい性格のようでみんなと仲良く会話をしている。
フードのオーダーもいつもよりも多く、黒木さんのシェーカーを振る音が会話に混じりながら聞こえてくる。
「澪ちゃん、今日は一段と忙しそうだねぇ」
料理を出し終えてカウンターに戻ると玄さんが声をか けてくれた。
「楽しいですね! 玄さん、飲んでますか?」
玄さんのビールグラスが空になりかけている。今日は有難い事に、黒木さんが忙しすぎるようだ。
「ん、澪ちゃん、生ビール入れてくれる?」
「はいっ!」
私は賄いの時間に、黒木さんのビールをついで練習を毎日させて貰っていた。
やっぱり黒木さんが入れた生ビールは美味しそうに見えていた。
「うん! 澪ちゃん、生ビール上手く入れれるようになったねー! お客さんにも出して構わないからねー」
と、黒木さんから言って貰えるようになった。
ピカピカに磨かれたグラスを傾けて、ビールをそっと注ぎ泡をのせる。
「お待たせ致しましたっ!」
「おー、澪ちゃんありがとう」
玄さんは目を細めて笑うと、グビッとビールを飲んだ。
「あー、うんめぇー」
「良かった!」
「黒木さん、澪ちゃんにも何か入れてあげてー」
「了解しましたっ!」
黒木さんはロンググラスに氷をコロンと入れて、グリーンの瓶の栓をあけてゆっくりと注いだ。シュワシュワと炭酸の弾ける音が心地よい。
「はいよ、ジンジャーエール!」
「へ?」
「新しく入れてみたんだ。カクテルにも使えるし、澪ちゃんも飲めるから」
私が今まで目にしてきたジンジャーエールよりも濃い色をしている。
そっとグラスに口をつけて濃い色のジンジャーエールを飲んでみた。
少し炭酸が強めでピリッとした感触が喉を通っていく。
「あ、辛口! でも美味しいっ!」
「だろ?」
黒木さんは少し嬉しそうに笑っている。
「辛口のジンジャーエール、俺は昔そればっかり飲んでたんだ」
「へぇー、確かに癖になりますね! ピリッとして美味しい!」
ストローでごくごく飲む感じではなく、ちびちびと味わうジンジャーエールを飲んでいると少し大人になった気がした。もうしっかりとしたいい大人にんだけど……とも思うのだが、なんとなく嬉しくなった。
「気に入ったみたいだね、次からロックグラスに入れてあげよっか?」
なんて黒木さんはイタズラな笑顔を見せて、玄さんも目を細めて笑ってくれた。
「澪ちゃんのそうゆうところ、可愛いんだべなぁ、」
「玄さん、私もう二十六歳になったんですよ! んもー!」
「へぇー、澪ちゃん二十六歳なの? もっと若いかと思ったー」
と言いながら、岩野さんが空のグラスをいくつか持ってカウンターへやってくる。
「生ビールとJDのハニー、あそこのテーブルね!」
岩野さんは会話をしながら追加の注文を聞いて来てくれたのだ。
「サンキュ、助かるわ、」
いつも私が厨房に入ってしまうと、ホールは全て黒木さんが一人で回している。もともとはフードメニューもなかったのでお客さんがいっぱいでも、黒木さんだけで何とかなっていたのだろう。
私は店内を周り、空いてるお皿などを下げてきて洗い物を片付けていく。スポンジでクシュクシュと泡をたてて丁寧にグラスを洗って伏せていき、お皿の泡もキレイに流して立てて水切りをする。
その間も楽しそうな声が店内には溢れていて、心地よかった。
その日、岩野さんは閉店するまで残ってくれていた。
「なぁ、和也?」
「ぉん?」
「お前、ここ手伝ってくんない?」
「えー? 俺、自由人なんですけど?」
「それはわかってるけど、」
岩野さんは黒木さんの前に座って腕組みをして、黒木さんの言葉を待っている。
「ダーツのチームが出来たんだよ、リーグ戦もあるしさ」
「ほぅほぅ、じゃぁリーグ戦がメインって事だな?」
「ま、そんな感じで……」
「でも、お前から給料貰うの嫌だな……」
「……そっか、」
黒木さんの残念そうな表情を見て、岩野さんはケラケラと笑った。
「リーグ戦と忙しい時だけな! 給料は現物支給でおなしゃーす! 賄いのご飯と飲み物! あ、あとダーツもさせてくれよな!」
お店に新しい仲間が出来た。
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