第23話 コロコロコロッケ

「おはようございます!」

「澪ちゃん、おはよう!」

「今日は新作作っちゃいますねっ!」


 この前黒木さんが送ってくれた日から、私達は時々一緒に帰るようになった。

……というか、黒木さん住んでいるマンションと私のアパートは近いらしい。黒木さんの片付けが早く終わりそうな日は、一緒に店を出るようになった。自転車で風を感じて帰るのもいいけれど、少しずつ明るくなっていく道を黒木さんとふたりでゆっくり歩いて帰るのも気持ちがいい。

 とくに話をたくさんするわけではないけれど、自転車を押して歩く時間も悪くはない。



「おっ、新しいメニューは何だろなぁ」

「揚げ物、やっちゃいますよー」

 エプロンをつけて準備にとりかかった。


 ハンバーグの仕込みと一緒にひと口サイズに丸めたものも一緒に作った。ジャーマンポテトに使うじゃがいもも多めに用意をして、火を通して潰しておく。ベーコンを小さく切ってフライパンで軽く炒めたものを潰したじゃがいもに混ぜて、こちらもひと口サイズに丸めたものを用意した。


「ん? それ、揚げるの?」

「衣をつけて揚げちゃいます! 賄い、これで大丈夫ですか?」

「もちろん! 楽しみだっ!」


─ジュワー、ジュワー。

 油の中で小さなコロッケをお箸で転がしてきつね色になるまで揚げる。

 パチパチと油が跳ねる音がキッチンに広がった。

 ひと口サイズのメンチコロッケとベーコンポテトコロッケが出来上がった。白いお皿にスプーンでソースを丸く塗り、その上にメンチコロッケを乗せる。

同じようにケチャップを丸く塗り、その上にベーコンポテトコロッケを乗せる。

 まわりには、カットしたプチトマトを飾って出来上がった。


「黒木さん、お待たせいたしました」

「ぅおー、オシャレ!」

「コロコロって転がっちゃうから、ソースの上に置いてみました。可愛いっ!」

「いいじゃん!」


 黒木さんはお皿のソースをつけながら、メンチコロッケをかぷっと半分口に入れた。

「はふっ、あっちっ、はふっ、」

「ふふっ、気をつけて下さいね!」

 コロッと丸いコロッケをいつものようにお箸で上手に掴んで口に運ぶ。揚げたてのメンチコロッケからは湯気がふわぁんとのぼる。


「うまっ! 澪ちゃん、これ、うまっ!」

「良かったです」

 新しいメニューを食べる時の黒木さんの反応はいつもおんなじだ。

 目を瞑って、少し上を見上げてにっこりと笑うのだ。私はその顔を見ると何だかほっとするような、嬉しいような気持ちになる。


「白ご飯食べます?」

「うん、澪ちゃんも温かいうちに食べよ!」


 まだオープン前の綺麗な店内のカウンターにふたりで並んで食事をとる。私の実家の話や、黒木さんが好きな映画の話、新しいメニューの話をしながら時間が過ぎていく。

 そして食事が終わって片付けをしていると、黒木さんがメニューボードに書き足していた。


【新メニュー出来ました】

⭐コロコロコロッケ


「澪ちゃんのおかげでメニューも増えたし、お客さんも増えてきたね! ありがとう!」

 黒木さんの言葉が私の心を温かくしてくれる。

「いえ、私は楽しいんです! みんなが嬉しそうに食べてくれて、」

「それは良かった!」


 目を細めて笑ってくれる黒木さんに、私は想いきって聞いてみる事にした。

 パンケーキを食べたあのお店での出来事を、私はまだ黒木さんに話をしていない。


「黒木さん……あのー、」

「ん? どした?」


 ふぅーっと息を吐いて、黒木さんの顔を見つめた。切れ長のシュッとした瞳に整えられた眉毛、カラーをして少しだけ傷んだ髪の毛。

 少し躊躇いながらも、私はそっと聞いてみる事にした。


「あのー、黒木さんは私がお酒飲めない事知ってたんですよね?」

「ん?」

「随分前に、黒木さんが前に働いていたお店に偶然行ったんです!」

「……あー、バレちゃった?」


 黒木さんは耳の後ろあたりをポリポリと指で掻きながら微笑んだ。

「黙っててゴメン!!」

 両目をギュッと瞑って、両手を顔の前で合わせて謝っている。

(違う……怒ってるんじゃなくて……)


「篠原さん……前から時々来てたんだ、その……女の人と。で、入籍したんだって聞いててさ」


 黒木さんが言いにくそうに話を続けてくれる。

「その後暫くしてから、澪ちゃんと一緒に来たんだよ」

「私?」

「そう、ココア下さい! ってにっこり笑顔で言われたのを覚えてるんだ」

「バーなのに、って思いますよね?」


 ふっと微笑んで黒木さんは首を横に振った。

「コーヒーとかコーラはあるのにココアがないのは残念だよなぁーって思ったんだ。だから自分が店をするとしたら、ココアは置こうって決めたんだ。ヒントをくれた澪ちゃんの笑顔を覚えていたんだよ。その後も何度か来てくれてたしね」

「覚えていて下さったんですね!」

「酸っぱ! っていう顔が可愛かったんだよ」


 黒木さんが優しく笑った。

 シンデレラを飲んだ時の私を見た時とおんなじ笑顔に、私は少しだけ恥ずかしくなる。


「じゃあ、駅で私を見かけた時はわかってたんですか?」

「最初はただ泣いている女の子がいるなーって思っただけだったんだ。そのまま通り過ぎるつもりだったんだけど、見覚えがあるなぁって感じて様子を見ていたんだ。澪ちゃんは泣いてるし、みんな横目で見て通るし……絶対大丈夫じゃない感じだったから声かけちゃったんだよ、ごめんね」


「ありがとうございます」

 私は黒木さんにお辞儀をした。私はあの時、声をかけて貰わなければ情けない姿をもっとたくさんの人に見られていたかもしれない。

 今、こんな風に楽しく生きていられるのも黒木さんのお陰だと感謝している。


「えっ?」

「私、黒木さんに出会って良かったです! 感謝してるんです!」


 ちょっと泣きそうになってしまった私に向けられた黒木さんの笑顔はとても優しいものだった。

「澪ちゃん、それ、俺の台詞な! みてよ、このメニューボード! これ、澪ちゃんが居なかったら出来なかったんだから。こちらこそありがとう! これからも一緒にやっていこうね?」

「はいっ!」


 私と黒木さんは顔を見合わせて笑った。

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