第21話 黒木さん

 四人組の男性達は賑やかだった。

「んー、うめぇー!」

「冷凍食品じゃないんだー」

 のんびりとした店内に大きめの声が響いて、ラピスラズリ達も時々視線を移した。

 彼らはそのまま楽しそうにテーブルに並んだ食事をシェアしながら食べている。


 私とラピスラズリで組んだダブルスの試合も終わり、いつものようにラピスラズリ達はダーツを楽しんでいる。

 テーブル席の四人組は時々、チラチラとその様子を伺いながら食事をしている。きっと食事が終わったらいつものように、

『お願いしてもいいですか?』なんてダーツを一緒にするのだろう。

 グラスを磨きながら黒木さんはその様子を見ていた。


「さて、そろそろやるかぁー」

「今日もやるの?」

「俺最近負けてばっかりで金ないわぁー」

「じゃあ、勝てばいいじゃん!」

「俺は勝てる方! お前は?」

「勝てるっしょ、」



……何だか不穏な空気が吹いてきたような気がする。 

 ダーツは紳士なスポーツなのに、お店の中での会話としてはあまり気分のいいものではなかった。


 グラスを磨き終えた黒木さんが、そっと彼らのテーブルに近づいていく。

「ダーツされますか? 投げ放題にします?」

「投げ放題いくら?」

「一人二千円です」

「じゃあ、それで」

「投げ放題は前払いでお願いいたします」

 

 トゥントゥントゥントゥン……。

 クレジットが加算されて準備ができ、彼らはダーツを始めた。

 ラピスラズリ達はいつも通りにダーツを楽しんでいる。そこへ四人組が近づいて行き、声をかけた。


「対戦してーや、」


 ラピスラズリの顔が一瞬だけ曇ったように見えた。今までもいろんなお客さんがやって来てダーツの対戦をする事はあったが、いきなりそんな言い方をする人はいなかった。

 私は思わず黒木さんに視線を移した。

 私が初めて見る、冷たい黒木さんの表情。


 ラピスラズリと麦わら帽子が顔を見合せた瞬間に黒木さんが動いた。

「お客さん、飲食代をかけてゲームをするのなら仲間同士だけにしといて下さいよ。」

「へっ、別に向こうにかけさせる訳じゃないからいんじゃね? なぁ?」

 四人組の中の一人はそう口にして仲間に視線を向けている。いつもそんな風にしてダーツをしているのだろう。


「申し訳ないんですけど、この店のルールなんですよ。彼らは大切なお客さんなんで、辞めてもらえます?」

 黒木さんはいつもと変わらない優しい口調ではあるが、声のトーンが少しだけ低い気がする。

……ちょっと怒っている感じ。


「俺らも客っすよ、」

「店に来た客同士でダーツの対戦するのは当たり前じゃん」


 いつものほんわかとしたお店の空気は消え、ツーンと尖った風が吹いたような気がした。


 雨が降る平日ののんびりとした店内には、いつもの顔ぶれが集っている。玄さんもカウンターからその様子を伺っている。私はどうすればいいのかわからずに、立ち尽くしてしまっていた。


 その様子を見ていたラピスラズリはそっと口を開いた。

「黒木さん、俺は別にいいですよ、対戦」

「ありがとう」

 黒木さんのいつもの笑顔がラピスラズリに向けられる。


「ほんなら、やろーや、」


「お客さん、ダーツはスポーツですから」

「はっ?」

「初対面でやろーや、なんて言い方はどうなんでしょうね、」

 やっぱり……黒木さんが怒っている。


「客の言い方に文句つける店なんて初めてだわ」

「あー、気分わりぃなぁ、」


 四人組の態度が明らかに悪くなっている。

「澪ちゃん、黒木さんがいるから大丈夫だから心配いらないよ」

 と私は玄さんに声をかけられていた。

 ベロベロに酔って入って来たお客さんを入り口で返していた黒木さんを何度か見たことはあるのだか、こんな風に怒っているのは見たことがない。


「気分を害してしまわれたのなら申し訳ないのですが、この店では辞めて下さい。もちろん、お客さん同士の対戦やコミュニケーションは大歓迎ですよ!」

「じゃあ、別にいんじゃね? あいつもいいって言ってたし!」


「勝つか負けるか、かけてますよね?」

「まぁね、」

「じゃあ、その対戦は俺が受けます! 彼らとはただ楽しいダーツをしてください、かけなしで」

 黒木さんが自分からお客さんに対戦を持ちかけるのを初めて目にした。いつもはラピスラズリや直人達が頼み込んでやってもらっていたのに……自分から受けるなんて。


「珍しいなぁ、黒木さん」

「ですね、」

 私はカウンターで玄さんと一緒に見守る事にした。


「宜しくお願いいたします」

「おなしゃーすっ」


 カードを挿すと『社長』と表示されている。

 社長はどこまでも軽い挨拶でゲームはスタートした。黒木さんの投げるフォームに笑っていた四人組だったのだが、放たれるダーツの矢を目で追う度に笑顔が消えた。一対一での対決はあっという間に決着がついてしまった。


──ピューン、ドスッ、ドスッ……。

 黒木さんのストレート勝ちだった。


『おなしゃーすっ』と軽い挨拶をしていた社長もバツが悪そうにしている。

「今日は調子わりぃーわ、」

 なんて言葉も聞こえてきている。何とも言えない空気が店内に広がっていた。


「ダーツは紳士なスポーツなんでね、俺は賭け事に利用されるのはあまり好きじゃないんですよね。出来ればよその店で遊んで貰えるとありがたいんですけどね」

「あ"ーん?!」

 と社長の大きな声が黒木さんに向けられる。


「申し訳ありませんが、お帰り頂けますか」

 笑顔の消えた黒木さんの声は静かに怒りを纏い四人組に向けられる。

 私はどうする事もできずに見守るしかなくて、玄さんの側で立ち尽くしていた。


「申し訳ございませんが、お帰り下さい!」

 四人組のメンバーは暫く睨んでいたが、諦めたのだろうか。

「何だよ、こんな店! 二度と来るか!」

「気分悪ぃなぁー」

 と捨て台詞を吐いて出て行き、重い空気が店内に漂う。


──カランコロンカラン。

「黒木ちゃん、来たわよぉ」

「いらっしゃいませ!」

「いらっしゃいませ!」

 maybeのママが新しい空気を運んでやってきてくれた。

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