第20話 ダブルス

──ピー……ピー……ピピピー!

「澪ちゃん、ナイス!」

「やったぁ! 一本入ったー!」

 ラピスラズリとハイタッチをした。


 私はラピスラズリとダブルスを組んで貰って直人とあきらと対戦をしている。


 今日は朝から雨が降り、お客さんも少ない平日の夜だ。いつものように玄さんはカウンターに座ってビールを飲み、ダーツをするメンバーの二組がテーブル席に座って私達の試合を見ている。


 一組のカップルは食事を終えて、ゆっくりとお酒を飲みながら私達のダーツの様子をじっと見守っている。黒木さんが時折話をしながら、笑ったり頷いたりして楽しんでくれているようだ。



 ちんどんのヒデさんのお陰で増えたメニューは予想以上に人気があった。

「なんか、ラーメン食べたくなる──」

「あ、わかるー」

 と、お酒を飲まないダーツメンバーもよく注文してくれる。


「ちんどん騒ぎのメンマ五人前! 澪ちゃん、白ご飯注文できる?」

 なんて直人が言いだして。


⭐ただの白ご飯(大・中・小)

 とメニューボードに追加された。

 直人はタレにちんどん騒ぎのメンマを付けて、白ご飯にのせて食べるのが気に入ったようだ。

「この、タレがついたご飯もうまいっ!」

 と喜んでくれる。


 ダーツをするメンバーのテーブルにはいつもフードが並び、賑やかな食事とダーツを楽しんでもらえるようになった。

「最近少し太ったんだよねー」

 と直人はお腹をさすっている。確かにほんの少し顔がふっくらとしてきたような気もするが、美味しそうにご飯を食べる姿を見ると私は嬉しかった。



「澪ちゃん、19トリ! 一本でいいから頑張って!」

「はいっ!」

 ラピスラズリが声をかけてくれる。

 19トリは19のトリプルの事だ。01のゲームはラピスラズリのお陰で勝利した私達はクリケットは後攻になり追いかけている。

 スローラインに立って、深呼吸をして構えるとまるでダーツが上手い人のように見えるらしいのだが、なかなかそううまくはいかない。

 01はぴったりの数字であがるというシンプルなルールだが、クリケットは違う。

 決められた数字を狙って投げるのだが、これがなかなか難しい。クリケットは基本トリプルを狙って投げてゲームを進めていく。シングルに一本入る毎にチェックがつき、三本入ると自分の陣地となり、それ以降はその数字が加点されていくのだ。相手がそこに三本入れるとその枠は消えてしまうので、加点をするのか新たな陣地を狙うのかによって試合の進め方が変わってくる。

 たとえ陣地が少なくても点数が高い方が最終的には勝利となる、奥深く面白いゲームだ。私はいつもまわりに助言を貰いながら必死でダーツを投げるのだ。


──ピッ……スコッ……スコッ……。

「あー、ごめんなさい! シングル一本しか入らなかったぁー」

 ラピスラズリとグータッチをしながら声をかけると、にっこりと笑ってくれる。

「大丈夫! 俺が何とかするっ!」

「カッコいいぞ、ラピス!」

 そんな会話が賑やかに聞こえ、お店全体が私達のダーツを見守っている。


(き、緊張する……)

 私は注目されると緊張してしまうようだ。

 たまにひとりで練習している時はうまく投げれる事もあるのだが、試合をするとなるとうまく投げれなくなってしまう。

 ミスをしても皆は優しくって、笑ってくれるけれど。

「あー、やってしまったー」

 と私が嘆いていても笑い声が響き渡るのだ。

「あはは! 澪ちゃんらしいなぁー!」

「おしいのになぁー」

「にゃはは! 通常運転じゃん!」


「へっぽこダーツだなぁー、」

 って私もテーブルのソファーに座らせて貰って慰められるのだ。

 やっぱり私は足を引っ張ってしまい、直人とあきらに負けてしまった。

「いや、随分上達したよー、なぁ?」

「うんうん、フォームも安定してきたし」

 と優しい言葉をかけてもらい、また練習をする。

 そんな日々を過ごしながら、私はどんどんお店に馴染んでいった。



──カランコロンカラン。

「いらっしゃいませ!」

「いらっしゃいませ!」

 四人組の男性はカラビナにダーツケースやチップをぶら下げている。

「お好きなお席にどうぞ!」

「あざっす、」

 とゆるいパーマをかけた男性がペコリと頭を下げて座り、残りの三人も続いて席につく。


「俺は、生!」

「俺も生!」

「ジンリッキー下さい」

「俺もジンリッキー!」


 黒木さんがバーカウンターでお酒を作る姿はとても美しい。私はお酒を飲めないから詳しくはわからないのだけれど。

 ここはカジュアルなBarなのだが、黒木さんの所作はとても丁寧だと感じている。

 ピカピカに磨かれたロングのタンブラーに氷を入れカットしたライムを絞ってグラスの中に入れた。メジャーカップでジンを入れソーダを注ぎ、マドラーを添えた。

 ふたつ注がれた生ビールの泡はふわふわで、泡の量もぴったりと同じになっている。


「お待たせ致しました」

 黒木さんは音がしないようにそっとテーブルにグラスを置いた。

「ごゆっくりどうぞ」

「あざっす、」


「なんか食おうぜ!」

「おうっ、」

☆ハムさんとチーズさん

☆ブロッコリーのジャーマンポテトもどきですけど

☆とりあえずオムライス

☆たまご焼きサンド・エヘヘスティック付き

☆missキーマカレー


「澪ちゃん、それ俺が持って行くよ」

「ありがとうございます」

 いくつかまとまったオーダーも、時間をなるべく空けないように出せるようになってきていた。パンを焼き、フライパンでたまごを焼くジューっという音がキッチンでは聞こえている。

 さっきまでダーツをしていたラピスラズリ達の楽しそうな声を聞きながら、私は料理を作った。料理を作り終えてカウンターに戻ると二杯目のオーダーが入り黒木さんがカクテルを作っていた。


「黒木さんは手がキレイだねぇー」

 と玄さんが見ながら呟いて、黒木さんは嬉しそうに照れていて、私は一緒に笑った。

 本当に、黒木さんの手は大きくて、指が長くキレイだ。

「玄さんに言われてもねぇ、」

 黒木さんは笑いながら、ドリンクを運んだ。

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