第19話 誕生日

 今日は私の二十六回目の誕生日。黒木さんに拾われてから初めて迎える誕生日だ。

 けれどこれといって特に予定もなく、黒木さんにも何も言っていない。お昼に実家の母親からは宅配便が届いた。


「お母さん、荷物届いたよー」

『あら、誕生日にちゃんと届いて良かったわ! 元気にしてるの?』

「うん、ありがとう」

『たまには帰って来たら? お父さんも、お兄ちゃんも……』

 って、少しだけ電話で話をした。



 特に何もないのだけれど、私は新しく買った服を着てお店に向かった。

「おはようございます!」

「澪ちゃん、おはよう!」

 黒木さんとのいつもの挨拶を交わし、キッチンへ向かう。いつもと変わりない仕事の始まりに食材のチェックをして、買い物に出掛けた。


──カランコロンカラン。

「ただいま戻りましたー!」

「おかえり、澪ちゃん。お誕生日おめでとう!」

 と、黒木さんが両手でプレゼントを差し出してくれる。


「えっ?」

「今日だよね? お誕生日?」

「嬉しいっ、ありがとうございます!」


 透明の可愛いガラスに小さな観葉植物のドラセナが入っている。爽やかなブルーのジェルポリマーはたっぷりと水分を含み、ぷるぷるとしていて、とっても可愛い。


 私はいつも感じていた。

 黒木さんが選ぶものは、私も好きでワクワクする。

 お店の中はとてもシンプルで照明もオシャレだ。使われていなかったお皿も、お料理をのせる時に迷うくらいにどれも可愛くて楽しかった。そして、この小さなドラセナは私を笑顔にしてくれた。


「すっごく可愛いです! きらきらしてるー」

 カウンター席の上の照明にあてて眺めると、まるで海に浮かんでいるみたいだった。

「喜んで貰えたかな?」

「はいっ、嬉しいです! 黒木さん、ありがとうございます!」

「良かった! 日当たりのいい所に置いてね、ジェルポリマーだから虫もつきにくいと思うんだけど」

「はいっ!」

「ドラセナマッサンゲアナっていうんだよ」

「ドラセナマッサンゲアナ……ドラちゃん今日から宜しくねっ!」

 黒木さんから貰った小さな観葉植物は、ドラちゃんと名前をつけて私の大切な物になった。


──カランコロンカラン。

「いらっしゃいませ!」

「いらっしゃいませ!」


 仕込みを終えた頃、いつもより少し早くお客さんがやってきた。玄さんだった。

(賄い食べ損ねたなぁ、お腹空いちゃうかも……)

 黒木さんから貰ったドラセナが嬉しくって、喋っていると時間があっという間に過ぎてしまっていた。


「澪ちゃん、皆で食べよう! ほれっ、」

 と玄さんは大きめの紙袋をカウンターに置く。

「へっ?」

「今日は持ち込みだけど、黒木さんから許可は貰ってるからねー」

 黒木さんがニコニコと微笑みながら、冷えたグラスを取り出してビールを注いでいる。

 そして、私の前にサラトガクーラーをそっと置いた。


「澪ちゃん、お誕生日おめでとう!」

「おめでとう!」

 グラスを合わせて乾杯をすると、何だか感激で胸が熱くなった。

「ありがとうございます」

 と笑っているつもりで、少し目がうるうるとしてしまった。

「黒木さんが、澪ちゃんが来てから初めての誕生日だからお祝いしようって、なぁ?」

「玄さん、それは内緒で……」

 と黒木さんは少し照れたように笑っている。

「ありがとうございます! 幸せ……」


 玄さんからの差し入れはお寿司だった。

「こんなにたくさん!」

「あー、あのいつものメンバーにも分けてあげれるだろ?」

 と玄さんまで優しくて。

 私は本当に素敵な人に囲まれて仕事ができているのだと改めて感じていた。

「んー! おいしいっ!」

「んー、みんなで食べるといつもより旨く感じるど、」

 と玄さんは手についたシャリを美味しそうに食べ、黒木さんは相変わらずキレイに口の中にお寿司を運んだ。


──カランコロンカラン。

「いらっしゃいませ!」

「いらっしゃいませ!」

「こんばんわー」

 と、元気な声がして直人・夏喜・あきらがやってきた。そして、いつもの席ではなくカウンターに座っている。

「あれ、こっちでいいの?」

「今はこっち!」


 黒木さんはいつもの通りにドリンクを準備して、それぞれの前にそっとグラスを置いた。

「澪ちゃん、お誕生日おめでとう!」

「えっ?」

 少し大きな四角い箱をカウンターに置いて蓋を開けると、中にはまるでお花畑のようなケーキが入っていた。

『澪ちゃん、お誕生日おめでとう』

 と書かれたプレート、フルーツやホイップクリームはお花畑のようにデコレーションされていて、チョコレートの花やてんとう虫が飾られている大きな誕生日ケーキだ。


「皆さん、本当にありがとうございます。ふぇーん……」

 私は我慢できずに思わず顔を覆った。こんなふうにお祝いして貰えるなんて思ってもみなくて、涙が溢れてくる。

「澪ちゃん、泣かないで!」


 それから皆でお寿司を食べて、ケーキも切り分けて食べた。賑やかな食事は楽しくて、皆が笑顔で会話をしている。その後もしんさんがアロマキャンドルをプレゼントに持ってお店に来てくれた。


 私の二十六回目のお誕生日は、たくさんありがとうを伝える一日になった。黒木さんは私がお祝いをされる度に目を細めて笑って見ていてくれるし、玄さんもなぜか嬉しそうにしていてあたたかく賑やかな夜だった。


「お疲れ様でした!」

「黒木さん、今日は本当にありがとうございました!」

「澪ちゃんの事、みんな好きなんだよ! 良かったね、俺も嬉しいよ。これからも宜しくねっ!」


 少し飲み過ぎた黒木さんが笑って、片手を上げて帰って行った。

「おやすみぃ──」


 私は黒木さんから貰ったドラセナマッサンゲアナを大事に抱えて家へと向かった。

 ドラセナマッサンゲアナの花言葉。

『永遠の愛』『隠しきれない幸せ』

 そんな事を知らない私は、いつもよりもゆっくりとドラちゃんと一緒に空を見ながら帰った。

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