第18話 ちんどん騒ぎ

「澪ちゃん、揚げ物って出来る?」

「揚げ物ですか? できますよ」

「フードメニューに揚げ物入れようかなぁって思ってるんだけど、どう?」

 黒木さんがメニューボードを見ながら、口をへの字に曲げている。

「Barに合う揚げ物かぁ……店内に揚げ物の匂い広がっても大丈夫ですか?」


 まぁ、キーマカレーを作るとカレーの匂いに吊られてオーダーが入ったりもするし、黒木さんは丁寧にお掃除をしてくれているので店内はいつもピカピカだ。

 そこに揚げ物の匂いは果たしてどうなのだろうか……。

「それね、でもちょっと欲しくない?」

 黒木さんの優しい笑顔には逆らえなかった。


「コロッケとか、ちょっとだけお洒落に見えるシンプルなものとか?」

「食材増えてもいいからさ、なんか作ってみてよ!」

「了解です、行ってきまーす!」

 私は急いでお買い物に行く。何だか少しワクワクして、楽しくなってきた。

 他にも何かあったら自由に作ってみてよって黒木さんが言ってくれたので、今日は少し多めに食材を揃えた。


「ただいま戻りましたー」

「お帰り!」

「おぉー、澪ちゃん、待ってたよ!」

 居酒屋ちんどんの大将のヒデさんが来ている。

「澪ちゃん、このメンマ何とかならない?」

 大きな袋に入った味付けメンマだ。

「どうしたんですか、それ?」

「間違えて大きな袋で注文しちゃってさー、困ってるんだよー」

「はらー」

 私は食材とにらめっこをする。


「ちょっと作ってみましょうか?」

「え、いいの?」

「ヒデさん、うちでも出していいの?」

「いいよー、黒木さんがいいんなら!」

「澪ちゃん、作ってみて!」

「はいっ!」


 ギョウザの皮に半分に切った大葉をパンっと叩いてのせて、メンマをいくつかのせる。水をつけて半分に折ってペタンと閉じた。メンマや大葉がはみ出してるけど、そんなの気にしない。

 フライパンに油を薄くひいて、並べて焼いた。片栗粉を溶いた水を少し入れて、小さな羽を作るとメンマと大葉の挟みギョーザが出来上がった。

「出来ました! メンマに味がついてるので、お醤油を軽くつけてどうぞ! 辛いのがお好みならラー油を添えてもありかもですね!」


 ギョーザの透き通った皮の中に緑色の大葉が見えてキレイだ。

「具を包むわけではないし、ちょっとしたおつまみって感じですかね?」

 ヒデさんは、目を大きく開いて頷いている。

「これ、ヤバいねー澪ちゃん! ビールに合うわぁー」

 と、黒木さんはグビッとビールを飲んだ。

「これはうまい!」

「ニンニクも入れないので、女性にもオススメですし!」

「黒木さん、店で出してもいい?」

「うちもメニューに入れますけどいい?」

 ヒデさんと黒木さんの二人は顔を見合わせて笑った。

「うちは、メンマとか大葉を刻んで包みギョウザにするわ!」

「じゃ、うちは澪ちゃんのコレで!」

「お礼にこのメンマ置いてくわ!」

「ヒデさん、半分でいいです!」

 って黒木さんと話をして解決したようだ。


「いやぁ、これ、俺好きだわー」

「すぐ焼けるように仕込んでおきますね、」

「ありがとう」

 黒木さんは挟みギョーザをパクっと口に入れて、またビールをグビッと飲んだ。



──カランコロンカラン。

「いらっしゃいませ!」

「いらっしゃいませ!」

 お店の看板が『Open』に変えられて間もなく、玄さんがやってきた。

「何だか二人のお出迎えの感じ、そっくりになってきたど?」

「えー? そんな事ないですよー」

 私は何だかちょっぴり恥ずかしくなってしまった。なぜだかわからないけど、心の奥がくすぐったい感じがした。


【新メニュー出来ました!】

⭐ちんどん騒ぎのメンマ(焼)


 メニューボードを見た玄さんは首を傾げている。そりゃそうでしょう、メンマしかわからないメニューのネーミングですもの……と私は思っていた。

「黒木さん、何だいこりゃ?」

「玄さん、挟みギョーザです! ビールにめちゃくちゃ合いますよ、オススメです」

 と黒木の言葉に玄さんから注文が入った。


「澪ちゃん、ちんどん騒ぎ一人前ね!」

「はいっ!」

 ジュ──ッ。

 フライパンの上で挟みギョーザが焼けるといい香りが広がる。白いお皿に挟みギョーザを6個並べて、豆皿にお醤油を入れて添える。


「玄さん、お待たせ致しました!」

「はらー、挟みギョーザ?」

「そうです、包んでなくって皮に挟んだんですよ。メンマの歯ごたえがいいですよ!」

 玄さんはギョーザをお箸で持ち上げて、眺めてからお醤油を少しつけて食べた。

「うんうん、うんうん、うんうん!」

「玄さん、ビールどうぞ」

 グビッグビッと喉をならして、玄さんはビールを飲み笑顔になった。

「こりゃー、いーわ! 澪ちゃん、最高だわ。大葉もいいねぇー」


「わぁー、良かったです!」

 黒木さんも嬉しそうに笑ってくれた。


──カランコロンカラン。

「いらっしゃいませ!」

「いらっしゃいませ!」


 その後もしんさんがやってきた。

 しんさんは週末にひとりでカウンターに座り、マッカランのソーダ割りを好んで飲んでいる。

 小さなガラスの器に入れられたピスタチオをパチッと割って、リスのように小さく噛んで食べながらチビチビとお酒を飲む。

 玄さんとも顔馴染みだ。


「玄さん、それ何です?」

「しんさん、これかい? なんだっけ、メンマの挟みギョーザとかなんとか言ったっけな? うめぇどー」

「へぇー、俺メンマ好きなんですよねー」

「食べてみるといいよ、うめーから」


 その日の私は大忙しだった。仕込んでおいた挟みギョーザは足りなくなって、大葉を急いで買い足しにも行った。

 いつものメニューも注文が入って、私は厨房で洗い物をしながら料理も作った。


「澪ちゃん、美味しかったよーありがとう」

 って、玄さんもしんさんも声をかけてくれて帰って行った。


「澪ちゃん、お疲れ様、忙しかったねー」

「はい、でも良かったです!」

「ちんどん騒ぎ、人気メニューになりそうだね」

 と黒木さんがニコニコと笑う。

「黒木さん、どうしていつも面白い名前をつけるんですか?」

 私は不思議に思って聞いてみると、納得の答えが返ってきた。

「何かわからないから、聞くだろう? 俺や澪ちゃんだったり、もしかしたら席が近い人同士でも、ね?」

「あー、なるほど!」


 黒木さんは、お客さんとの会話を増やす為にわざとつけていたのだ。そういえば注文を聞く時も、お客さんはメニューを見て笑ってくれていたなぁ。


 ちんどんのヒデさんが間違えてくれたお陰で新しいメニューも増えた。

 そして、黒木さんが作りたいお店のイメージもなんとなくわかったような気がした。


 その日は閉店まで賑やかな声が店内に広がっていた。

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