第17話 ダーツ

「宜しくお願いいたします!」

 カードを挿すと『シンデレラ』と画面に表示された。


 私は少し緊張しながら、スローラインに立つ。ふ──っと息を吐き出して、右腕を上げて構えた。

狙うのはもちろん、真ん中のブルだ。


──ピッ。ピッ。ピューン。

「や、やったぁ! 入ったー!」

「ナイスワン!」

 今度は『みるく』の番だ。

──ピッ。ピューン。ピューン。

「ナイストン!」

「あー、おしいっ!」


 『シンデレラ』のダーツのレベルはまだまだ低かった。たまに黒木さんが教えてくれたりもするのだけれど。

「肘を固定して、同じ投げ方を三回するんだよ!」

 その肘の固定が、同じ投げ方が、本当に難しいのだ。お客さんがいる時は特に、そんなに集中してダーツに向き合う事はできなかったし。

 ダーツを目的に来てくれるお客さんが多い時は、黒木さんがダーツの対戦をして盛り上がるのだ。ダーツを投げている黒木さんの姿はカッコいいと少しずつ噂が広がっている。


──ピッ。ピッ。ピッ。

 そううまくは行かなくて、私は『みるく』さんに負けてしまった。

「ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 私たちは両手で握手をして、試合が終了した。

 私の初めての試合だった。もちろん1ゲームだけの対戦はした事はあったけれど、メドレーの試合は初めてでボロボロに負けた。

「でも澪ちゃん、だんだん狙えるようになってきたよねー」

「うんうん、カウントアップも点数が減ってきたのはブルに近くなったからだしね!」

「え、嬉しいです! ありがとうございます」


 ダーツを始めた時は、とりあえず大きな丸い枠の中に入るように投げた。その頃は真ん中のブルなんて狙えなくて、あちこちにダーツが散らかるのだ。


──ピピピ──。

 真ん中のブルを狙っていたって、三倍の枠に刺さったりして点数を稼いでいた。少しずつ上達するとトリプルには入らなくなるから自然と加点が低くなっていく。


「澪ちゃん、今度はダブルスしようよ!」

「ダブルス?」

「そ、ダブルスで上手な人と組んでやるとまた楽しいよ!」

「じゃ、また練習しときますね」


 少しずつ少しずつ、縮まる常連さんとの距離がとても心地よかった。


「お腹空いたー! 澪ちゃん、俺達のご飯ー」

 こんな風に注文をしてくれるようにもなった。

「ねぇ、澪ちゃん? パスタはミートソースしかないの? たまには違うの食べたいなぁ」

 さっき対戦して貰った『みるく』。

 この三人も最近ちょくちょく来てくれる。

 確かになぁー、二種類くらいあると選べるなぁ。

「ちょっと待ってて下さいね!」

 私はキッチンに入って食材を確認する。

 ベーコンと、コーンに牛乳、ブロッコリー。


「みるくさん、クリームパスタ作れそうですよ?」

「えー嬉しいっ! それにするっ!」

「はいっ! お待ち下さいねっ」


 材料を炒めて、牛乳を入れてパスタを入れて焦げないように混ぜる。コンソメを入れてパスタにチーズを絡めて、綺麗なピンク色のお皿に盛り付けた。

 粗びき胡椒をパッと振りかけて出来上がった。


「お待たせ致しました!」

「ぅわー、クリームパスタだ、いい匂い!」

「出来ちゃいました!」

「ありがとう、いただきまーす」


 生姜焼丼とハンバーグ180を食べていた『ラピスラズリ』と『麦わら帽子』も横からつまみ食いをしている。

「うんまぁ! いける!」

「うふふ、良かったです!」


 振り返ると、黒木さんが笑っていた。

「えっ? 何で笑ってるんですか?」

「澪ちゃん、嬉しそうだね」

 そう言いながら、メニューボードに追加された。


【新メニュー出来ました!】

⭐みるくのクリームパスタ



 黒木さん……だんだん適当に名前をつけ始めたな、とちょっと思ったのだけど。



───カランコロンカラン。

「いらっしゃいませ!」

「いらっしゃいませ!」

 初めて見る女性の三人組だった。

「あのー、食事だけでもいいですか?」

「はい、もちろん!」


 黒木さんの優しい笑顔を見て、女性の三人組は嬉しそうにテーブルについた。


「最近、新しいお客さんがよく来るようになったのぉ」

 玄さんがお店の中を見回している。

 もしかしたら、少し淋しいのかなぁ……なんて少し考えたりもして。

 私はカウンターの真ん中に立って、接客をする事も覚えるようにした。お酒は作れないけれど、ひとりで飲みに来てくれるお客さん同士も話が出来るようになればいいなぁーって黒木さんの真似をしてみたりもする。



「澪ちゃん、フードのオーダーいい?」

「はいっ!」

「それと、あのショートカットの方が誕生日みたいなんだよね、」

「了解ですっ、」

 オーダーを見た私には、その言葉の意味がすぐにわかった。


⭐みるくのクリームパスタ

⭐とりあえずオムライス

⭐ハンバーグ180

⭐記念品なんで チョコソース


 とりあえず出来上がったお料理をテーブルに運ぶと、嬉しそうな笑顔が広がる。

「美味しいそう!」

 取り皿を持って行くと、三人で写真を取り仲良く分けて食べ始める。

 なんとも楽しそうな女子会だ。


 そして、記念品なんでのチョコソースはお皿に『お誕生日おめでとうございます』と文字を書き、にっこり笑っている笑顔やハートのマークを添えた。


「ぅわー、可愛い───!!」

「お誕生日おめでとう!」

「おめでとう! 写真早く撮らなきゃ、アイスクリームが溶けちゃう!」

 なんて楽しそうな声が聞こえてくる。

 隣のテーブルのお客さんからも

「お誕生日? おめでとう!」

 と声が聞こえてきて、お店の中にあったかな空気が漂った。



「澪ちゃん、ナイスだね!」

 って、黒木さんも嬉しそうに微笑んでくれた。

「私も記念品じゃないけど食べる!」

 って、みるくさんが言って、麦わらさんやラピスさんも一緒に食べていた。

「んー、うまーい!」


 楽しそうな声は夜中まで続いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る