第14話 miss キーマカレー
仕込みをしてから賄いを作るのが私の仕事のルーティン。玉ねぎのみじん切りとひき肉を混ぜて八十gにして丸めておく。
これは便利で、ハンバーグにも、ミートスパにも使える。
(ん? ん?)
ストックする時に、少し大きなものがある事に気づいた。それも三つ。
スケールに乗せると、やっぱり八十gではなかった……。やらかした――。
「黒木さん、すみません。私のミスで計り間違いがあって量が合わなくなってしまいました……」
「なんだ、そんなに泣きそうな顔をするようなミスではないよー。何か別のものに使えそう?」
「んー、あ、カレー! 私、自分の家のカレールウ買ってるのがあります!」
「おっ、いーじゃん!」
「作ってみますね!」
フライパンを温めて、バターを溶かす。そこに大きすぎたひき肉と玉ねぎを全部入れた。本当なら、玉ねぎだけを炒めた方がいいのだけれど。軽く塩とブラックペッパーをふり、火が通るまで炒める。
市販のカレーのルウを包丁で小さく刻んで、炒めたひき肉と玉ねぎに加える。ひき肉から出た油と玉ねぎの水分でルウはあっという間に溶けた。
「なんか、めちゃくちゃいい匂いするんだけど――」
と黒木さんがキッチンにやってきた。
「もう出来ましたよ、キーマカレー!」
「あらー、うまそう! 食べたい!」
「卵乗せます?」
うんうん! と、黒木さんは嬉しそうに頷く。
こういう時の黒木さんは少年のような顔をする。ちょっと可愛い。
「それと、人参食べれます?」
「食べれるよー! どしたの?」
「人参が安くて、付け合わせをたまには変えようかなあーって買ってみたんです」
人参を細い千切りにしてきんぴらを作った。
少し大きめのお皿にご飯を盛り、キーマカレーをかける。その上に目玉焼きを乗せた。
プチトマトを半分にカットしたものと、人参のきんぴらを添えた。乾燥パセリをパラパラとふって出来上がった。
「黒木さん、キーマカレー出来ました!」
「おっ、綺麗だねー、目玉焼きと人参とトマト!」
黒木さんは両手を静かに合わせて、嬉しそうにひとくち食べた。
「んんん――! んま――――!」
「やった! 私も頂きます!」
「この、人参、何だっけ?」
モグモグしている私に黒木さんは尋ねる。
「ニン、ジンの、ひん、ぴぅらでふ」
口の中に食べ物が入っていると喋りずらい。
「ハハハ! チンピラ?」
私はブンブンと首を横に振って否定をするのだが、黒木さんは楽しそうに笑っている。
「いやー、うまい!」
私は慌ててゴクッ! と飲み込んで、お水を飲んだ。
「簡単で美味しいですね」
「よしっ、メニュー増えたねー! まだこれ残ってるの?」
「はい、二食分がギリかなぁーって思いますけど。材料はあるので」
「OK!」
黒木さんがメニューボードに書き込んでいる。
⭐miss キーマカレー・人参のチンピラ添え
「ちょ、黒木さん! missとか、チンピラとか――!」
「だってー、澪ちゃん言ってたもん!」
「えっ、missなんて言いましたっけ?」
「言ったよ、私のミスでって」
あ、確かに計り間違いをした報告の時に口にしたような気がする。
「でも、チンピラなんて言ってませんよ」
「ハハハ、それは俺にはチンピラって聞こえたから」
「んもー、変な名前。でも、ちょっと可愛いです!」
「だろ?」
黒木さんと笑いながら、残りのキーマカレーを食べた。人参のチンピラも、残さずに食べた。黒木さんは、本当に食べ方が綺麗で、カレーが乗っていたお皿とは思えなかった。
私のお皿はやっぱりカレーが少しついている。
たまに手にソースがついてしまうと、小さな口でペロッと舐めて、ティッシュで綺麗に拭くのだ。それが下品ではなくて、私は好きだった。
バーカウンターでお酒を作る所作もスマートだし、黒木さんが拭いたグラスはピカピカだった。
私も拭かせて貰うのだが、やっぱり違うような気がする。
シェイカーを振る時も、グラスに注ぐ時も。
カクテルグラスの淵にピッタリの量で仕上がるのだ。
それを楽しみに来るお客さんも多いような気がする。
たまに誘われてダーツをすれば、独特の構えでダーツを投げる。
ピピピ――ピピピ――ピピピ――
180だ。
「本当に黒木さんは凄いよねー。ダーツも上手いし、バーテンダーとしてもカッコいいよね」
玄さんは羨ましそうに黒木さんを見つめている。
「本当にそう思います」
私が口にすると、玄さんがニヤリと笑った。
「いぇ、あのー、マスターとしてですよ! もちろん、いや、玄さん、やめてください」
なんて、私は慌てて否定をして顔が熱くなってしまった。
「おろっ、澪ちゃん、顔赤いど?」
「飲み過ぎたかなぁー、ハハハ」
「シャーリーテンプルで酔っぱらう?」
「ハハハ! だ、ダーツ、どっちが勝ちますかね――」
玄さんは笑いながら視線を黒木さんのダーツに向けた。
クリケットの真っ最中だ。黒木さんは20のトリプルと19のトリプルをゲットしていた。
相手は18のトリプルで加点を狙っている。
クリケットは陣取りゲームのような感じで、先に三本そこに入れた人の陣地になる。そこに追加でダーツが刺さればその点数が追加される。そこに相手が三本ダーツを差せば『カット』といって、加点ができなくなるのだ。
それぞれがいろんな戦い方をする。
一点でも増えれば思いきって『カット』を狙いにいく人もいれば、計算して加点で余裕を持たせて『カット』にいく人もいる。
どちらにしても、狙った所に入れれるかが勝負だ。
相手のダーツが18のトリプルに三本入った。
『ベット』だ!
黒木さんは、ふ――っと息を吐いてスローラインに立つ。
ピピピ――、ピピピ――、ピピピ――。
20のトリプル、19のトリプル、18のトリプルにダーツが刺さった。
画面に白い馬が現れた。
私が何度か見た馬の映像。
「馬だ! ナイスカット!」
玄さんが拍手をしている。
「馬ってなんですか?」
「クリケットのトリプルで三本とも違う数字に入ると馬なんだよ。」
「へぇー」
正式には『ホワイトホース』。
いつか私もだせるのだろうか。
白い馬は美しくて綺麗だ。
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