第13話 BABY ROSE

 ここ数日外は雨が降っている。常連の玄さんと、ダーツをしに来るお客さんがぽつぽつとやってくる。


「澪ちゃん、のんびりしているからさ、新メニューとか考えていていいよー」

 と黒木さんが言ってくれたので、キッチンで食材とにらめっこしていた。



――カランコロンカラン。

「いらっしゃい!」

「いらっしゃいませ!」


「あら、黒木ちゃーん! 最近ちーっとも顔出してくれないじゃなーい」

「夢ママ、すんません!」

「んもー、定休日に時々来てくれてたのにぃっ」

「まぁ、ちょっと休肝日を作ろうかなぁって思って」

「やだぁ、やめなぁー。体に悪いわよ。」


 黒木さんに『夢ママ』と呼ばれたママさんは、少し小柄でぽっちゃりとした、特徴的な雰囲気を持っている。

 バサバサと音がしそうな、ボリュームのある付け睫。くっきりとアイラインが上下に引かれた瞳。唇を少し大きく見せるようにたっぷりと塗られた口紅。

私は少しぽかんとしてしまった。


「澪ちゃん」

 と黒木さんから手招きをされる。

「こちら夢ママ。(BABY ROSE)っていうスナックのママさん」

「初めまして、澪です!」

 私は少し緊張しながら挨拶をした。

「あらやだぁー、黒木ちゃーん! あたし嫉妬しちゃうわよぉー!」

「夢ママ、澪ちゃん素直なんで真に受けますから」

 と、苦笑いをしている。


「噛みついたりしないから大丈夫よ!」

「アハハ……良かった。」

 私は上手く笑えているのだろうか、と少し不安にもなった。

 夢ママは、おネエだ。それも、本当に美しくて綺麗なタイプではない方の……。


「澪ちゃんは、お酒何が好きなの?」

「アハハ、実は苦手でしてー。」

「あらっ、残念! 黒木ちゃーん! ノンアルコールのカクテル作ってあげて。乾杯しましょうよ」

「はい、ありがとうございます」


 黒木さんは、ロックグラスを二つとロンググラスをバーカウンターに並べた。


 ロックグラスには削った丸い氷をひとつ入れて、バースプーンでくるくると回す。

 溶けた氷の水滴を氷を落とさないようにして流す。

 夢ママのお気に入りのウイスキーを入れてバースプーンで数回回して、氷を止めた。

 黒木さんの手の動きはしなやかで美しい。


 ロンググラスには、メジャーカップを使ってライムジュースとシュガーシロップを入れた。そしてジンジャーエールを注いで、ライムを飾った。

「はい、澪ちゃんには、サラトガクーラーね!」

「はい、じゃぁ乾杯!」

 チンと軽くグラスを合わせて頂く。

「うわっ、美味しい!」

「シャーリーテンプルより、さっぱりするよね?」

「はい! 爽やか! 美味しい!」

 私は笑顔になった。


「まぁっ、澪ちゃん、そんな可愛い顔しちゃダメ! 悪い男にひっかかるわよ!」

 夢ママは痛いところを突いてくる。

「アハハ……ハハハ……」

 確かにそうだったから。

 私は酷い恋愛をして、黒木さんに拾われたのだから、何も言えないや。


「大丈夫だ、澪ちゃんには黒木さんがついてるから、変な虫は寄ってこないさ」

 玄さんも一緒にお喋りをする。私はこういう雰囲気が大好きだ。

「あらやだぁ、玄さんまでぇー!」

 お店の中が賑やかになる。



「黒木ちゃーん、だから最近お店に来ないのねぇー、やっだわぁ、イヤらしいっ!」

「ほらぁー、ちょっと玄さん、責任取ってくださいよ――。」

 黒木さんと玄さんは夢ママに遊ばれていた。


「ねぇー、ちょっと、フードメニュー出来たの?」

「はい、澪ちゃんはキッチン担当で作ってくれるんですよ。何か食べます?」

「あらやだぁ、さっきお客さんとラーメン食べてきたわよぉ。おつまみとかないの?」

「おつまみですか? ……チーズとか食べれます?」

「男も食べ物も、私は嫌いなものはないから大丈夫よ!」

 夢ママが言ったので、私はキッチンに入って行った。


 新しいメニューの為に買ってきた食材を並べた。

「よしっ!」


 私は大きめの鍋にお湯を沸かした。沸いたお湯の中にオイルを少し加えて、ブロッコリーをカットせずにそのまま入れた。

 数分ずつで上と下をひっくり返す。

 その間に、一口大に切ったウィンナーを炒める。プチトマトとチーズもカットする。

 生ハムもくるくると巻いて花の形にした。


 フライパンで細長い卵焼きを作って、いくつかにカットした。


 茹で上がったブロッコリーの茎を少し落として真っ直ぐにお皿に立てる。

 カットして焼いたじゃがいもを潰して、ブロッコリーが倒れないように茎の周りにくっつけた。

 後は、爪楊枝に刺したおつまみをブロッコリーに突き刺してみる。いけそうだ!


(これ、やってみたかったんだよなぁ……)

 ドレッシングやケチャップを小さな容器に入れて添えた。


「お待たせいたしました――!」

「なんじゃそりゃー?」

 と、玄さんは驚き。

「はあーっ?!」

 と夢ママは声をあげた後、大笑いした。

 黒木さんは手を叩いて笑っていた。


「森の木みたいでしょ? 爪楊枝にはお気をつけください!」

 私は笑顔で、そっとテーブルに置いた。


「いやいや、丸ごとブロッコリー茹でた人、初めて見たわぁー! 私より変人よ!」

 夢ママに(変人)と言われてしまったのはショックだったけど。


☆おつまみの森(爪楊枝にはご用心)


 気が付けばメニュー表に記入されていた。

「黒木ちゃんのネーミングセンスよ、この店、ふたりとも大丈夫?」


 夢ママは大喜びで騒いでくれて、玄さんも楽しそうに摘まんでいた。

 残ったブロッコリーの木は、夢ママがかぶり付き、残りはナイフとフォークで切り分けてみんなで食べた。


 降りやまない雨の音が聞こえないくらいに皆でワイワイと楽しんだ夜だった。

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