第12話 ダーツのカード

 直人や夏喜や陽のおかげで、私のダーツは少しずつ上達してきた。もちろん、狙った所に吸い込まれるように……とはいかないけど。

 何とかルールは覚えたし、ゲームとして楽しむ事が出来るようになった。


 店の表に出してあるフードメニューのボードを見て入ってきてくれるお客さんも少しずつ増えて、ダーツで遊んで帰ってくれることもある。

 そんな時は、私も混ぜてもらって一緒に楽しく過ごした。



「はい、これ!」

 黒木さんから、一枚のカードを渡された。

「ん? あ、ダーツのカードだ!」

「澪ちゃんのカードだよ」

 と黒木さんがにっこりと微笑んでくれた。


「名前何にする?」

「えー、どうしょう」

「ま、すぐに変えれるからね!」

 確かに。『Sugar』から『玄さん』に変えられたままの人だっている。


 だけど、そんなにすぐには決められなくて考えていた。

「まぁ、思い付いてから入力すればいいよ」

「そうそう」

 と、いつものメンバーも言ってくれる。



 という事で、私はしばらく『NO NAME』のままカードを入れて使った。

 そしてカードを挿してゲームの相手をしてもらった。レーティングというレベルを表す数字をカードに記録していくのだが、誰かと対戦しなければ反映しない。まずは、いつものメンバーにひとりずつ対戦して貰う。


 真ん中の丸い部分のブルと言われる所に、私のダーツはなかなか入ってはくれない。対戦しながらも、みんなが少しずつ投げ方のコツを教えてくれる。


 そんな様子を黒木さんはいつも優しい目で微笑んで見守ってくれる。



「黒木さん、澪ちゃんその事どう思ってるの?」

「えっ? 玄さん、勘弁して下さいよー」

「黒木さんのそんな表情、初めて見るど」

「いやいや、お店のスタッフとはもう……」

「あぁ、そうか。でも……澪ちゃんは信用しても良さそうだけど」

「玄さん……」


 黒木さんが前のお店で働き始めてすぐの頃、同じバイト仲間と少しいい感じになっていたそうだ。黒木さんは付き合っているつもりだったが、彼女は違ったようで。お店のお客さんとこっそりと外で会ったりしていたようだ。

 Barという場所柄、そうゆう事もよくある話で、若かった黒木さんは少し傷ついたようだ。結局、その彼女はお客さんに色々バレてしまってお店を辞めた。


「澪ちゃん、ちゃんとした良い子だと思うけどなぁ」

 玄さんは、とても残念そうに呟きながら黒木さんを横目で見る。

 黒木さんは、苦笑いをしていた。


 よほど、彼女の事を好きだったのか。

 それとも、他に理由があるのか。


 ただ玄さんだけは、黒木さんが澪ちゃんを守るように見つめていることに気づいていた。




 そんな会話をしている事には気づかないまま、私はゲームを楽しんでいた。


――バブーン、バブーン。

 何ともまの抜けたような音がしている。

 オーバーキルだ。

 ゲームの点数の差が二百点を越えると点数が入らなくなる。

「ぅわー! もーダメ――!」

「頑張って、澪ちゃん! 一本でもいいから、ブルだ!」


 私は深呼吸をして、ダーツの矢を投げた。

――ピューン。トスッ。トスッ。

「や、やったぁー!」

「おー、やったね!」

「ナイスワン!」


「初めてブルに入った――!」

 私は嬉しくてピョンピョン跳ねた。もちろんゲームはぼろ負けで。

「ありがとうございました」

 と、握手をして終わった。



「あー、腹減ったー」

直人が言って、メニューを眺めている。

「ハンバーグ180! おにぎりとパンどっちにする?」

「パンにしよ!」

「澪ちゃーん、ハンバーグ180、パンでお願い!」

「かしこましましたー!」



 私はダーツを置いて、キッチンに入る。キッチンの方が重要だけど、ダーツをしたり、おしゃべりをしたりと楽しい毎日だ。



 ハンバーグの焼ける香りがキッチンからフロアへと抜けて行く。その香りにつられて、メニューを見るお客さんも増えてきた。


 とりあえずオムライスは必ずオーダーが入るようになった。

 私の居場所が、ちゃんと出来たような気がして嬉しかった。

 黒木さんに拾われた日の記憶は、優しい黒木さんと、お店のお客さん達との時間で少しずつ少しずつ薄れていった。


 片付けを終えてカウンターに戻った。

「澪ちゃん、頑張ってるね!」

「玄さん、楽しいんです! 私!」

 玄さんの言葉に笑顔で答える。

「そっか、そっか。黒木さん、澪ちゃんにも作って上げて! あの日に飲んだやつ!」

「はい!」


――チンと、軽くグラスを合わせて、私は玄さんからノンアルコールのカクテルをご馳走になる。

「酸っぱ!」

 思わず出た言葉に、玄さんがケラケラと笑い始めた。

「これこれ、この澪ちゃんの顔! 可愛くていいよね!」

黒木さんは笑っている。


「これ、なんて名前だったっけ?」

「シンデレラです!」

 黒木さんが言うと、玄さんと顔を見合わせて笑顔を見せた。

「それだ!」

「これですね!」

「何ですか?」

 きょとんとしている私に二人が同時に口にした。

「シンデレラ!」



 この日から、私のカードの名前は、

『シンデレラ』になった。

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