第10話 180ハンバーグ

 ちょうど良さげな大きさのお皿があった。黒木さんは、フードメニューもないのに食器類はシンプルで使いやすそうな物を揃えてくれている。


 そして見つけたお気に入りのお皿。

 四角くて、四つに区切られている。180gのハンバーグのたねを三つに分けて少し小さめのハンバーグにして焼いた。

 ひとつにはとろけるチーズを乗せて。

 オーロラソースとデミグラスソースをお好みでかけれる。付け合わせには便利なブロッコリーだ。



「黒木さん、ハンバーグの試食お願いしてもいいですか?」

「おー、ミニハンバーグ?」

「まぁ。ひとつ60gなんです。三つで180g! ひとつが小さめなので、焼き時間も短いですし。どうです?」

 黒木さんが笑顔を見せてくれた。

「いいねぇ、トンエイティだ!」



「それと、これです。ハンバーグと一緒に選んで頼んで貰えるかなぁーって」

 私は小さなおにぎりを三つ並べたお皿と、トーストしたパンをカットしたものを並べたお皿を黒木さんの前に置いた。


 パンと食べればハンバーガーのように手で食べれる。おにぎりも手で食べれる。


 ダーツのゲームをしながら、食べる事も出来るだろう。


☆180ハンバーグ(おにぎりorトースト付き)



 今日からさっそくメニューの仲間入りをした。


「澪ちゃん、食材のストックとか大変じゃないの?仕込みとか」

 黒木さんはハンバーグを綺麗に食べながら尋ねてきた。


「大丈夫です! 基本はこのハンバーグを作って冷凍しておくんです。これをハンバーグにも、パスタにも使えますし。他のメニューにも使えそうなんです」

「ほぉー、楽しみだねぇ」

「付け合わせは、じゃがいもとブロッコリーに絞っておけば、ロスは少ないんです。あとは、生姜焼のお肉と玉ねぎとチーズ、卵と鶏肉。今のところ、廃棄は0です!」

「いいね!」


 黒木さんが嬉しそうな顔をしてくれたので、安心した。私は役に立てているのか、まだ少し不安だったから。


「ありがとね、澪ちゃん」

 黒木さんが突然、そんな言葉を口にした。

「いえ、こちらこそ」

 と、私は笑って返事をしながら黒木さんの顔を見た。黒木さんはにっこりと笑ってくれていたけれど、何だか少し寂しそうな顔をしているように見えた。

 いつか、その寂しそうな笑顔の理由がわかるのだろうか。




――カランコロンカラン。

「いらっしゃい!」

「いらっしゃいませ!」


「よっ、マスター!」

「ヒデさん、休みの日くらいのんびりすればいいのに」

 黒木さんが笑っている。

「あれ? 新入りさん?」

「初めまして、澪です!」

 私は挨拶をした。

「澪ちゃんかぁ、可愛いなぁー」

「やめて下さいよ、ヒデさん! うちの大事なキッチンスタッフですから!」

「あー、そういえば180で食事が食べれるようになったって言ってたなぁ」

 ヒデさんは、おしぼりで顔を拭いた。


「澪ちゃん、駅から来る途中に居酒屋さんがあるの知ってる?」

「あ、えーと、(ちんどん)ですか?」

「おっ、澪ちゃんだっけ? さすがだなぁ!」

 ヒデさんは嬉しそうに黒木さんが注いだビールをグビッとひとくち飲んだ。

「そ。そのちんどんの大将なんだよ、ヒデさんは」

「へぇー」


 ヒデさんは食事メニューに目を通している。

「何だか可愛いい盛り付けだねえ」

 と、ヒデさんが誉めてくれた。

「ありがとうございます! でも、食器が可愛いんですよ。黒木さんが用意してくださったお皿、可愛くて」

「ま、バーだから、おしゃれじゃないとね!」

 と黒木さんは笑った。


「ハンバーグ180で、おにぎりとー。それからブロッコリーのジャーマンポテトもどき頼むわ!」

「はいっ! お待ちくださいね!」

 私はキッチンへと向かった。



「マスターこそ、定休日も来てるだろ」

「バレてました?」

 黒木さんは苦笑いをしている。

「そりゃ、バレバレよ! でも、ダーツの練習しとかなきゃだもんなぁ」

「まぁ、ぼちぼちやってますよ。ヒデさんとこは?」

「うちはなぁー、もう店も古いだろー」

「なかなか厳しいですよねー」

 お店の経営も大変なのだろう。二人の会話はぶつぶつと続いた。


 私はハンバーグを焼きながら、ジャーマンポテトもどきを作る。同じようにお店をしている方に食べて貰うのは緊張する。

 しかも、ハンバーグなんて、ついさっき出来上がったメニューだし。



「お待たせ致しました。」

 四つに区切られたお皿に盛り付けられた180ハンバーグと小さなおにぎり。そして、気分によって器を変えるジャーマンポテトもどき。

「あらー、可愛いハンバーグだねぇ」

 ヒデさんは、とろりとチーズが溶けたハンバーグをお箸で半分に切って口に運ぶ。


 眉毛が上にあがり、にっこりと微笑んだ。

「うん、うまいうまい!」

「良かった。ソースもお好みでどーぞ。」

 と、声をかけた。

「何だろうね、この落ち着く感じ」

とヒデさんは、おにぎりも口へ運んだ。

「でしょ? なんかね、優しい味というか。毎日食べても飽きないんですよ!」

 黒木さんが嬉しそうに笑っている。


「やった、嬉しいです!」

 私は楽しくて仕方なかった。もともと料理は好きだったけど、こんなに喜んで貰えると私も笑顔になった。


「いや、実はね。うちに来たお客さんから聞いてね、バーの食事がうまかったって。食べたかったんだよねー」

 ヒデさんは、あっという間に全部をたいらげてしまった。

「澪ちゃん、ご馳走さま! マスター、良かったねー、良いスタッフが来てくれて!」

「はい! 俺、見る目があるんすよ!」

 と、ヒデさんと二人で笑っている。



 そういえば、最近キッチンに入る事が増えてきた。いつものダーツのメンバーも必ず何か頼んでくれるし。意外とパンのデザートも人気のメニューになっている。

☆記念品なんでイチゴソースはドライフルーツのイチゴを飾り、チョコソースにはチョコチップを飾った。


「大きいの作れますか?」

 と頼まれることもあった。




「澪ちゃん、とりあえずオムライスの卵でくるんだ方を二つお願い!」

「はいっ!」


 今夜は平日。Bar 180は食事をしながらダーツを楽しむお客さん、テーブル席でナッツをつまみながらロックグラスを片手に会話を楽しむお客さん、カウンターで黒木さんと楽しそうに話をしているお客さんでいっぱいだった。


……珍しく玄さん、来ないな。

 私は料理を作りながら考えていた。


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