第9話 紳士なスポーツ

 私はダーツの対戦というものを初めてちゃんと見たかもしれない。黒木さんとラピスさんの試合は、01、クリケット、クリケットと続き、黒木さんが勝利をした。



 ダーツのゲームのルールも少し覚えた。

 クリケットは簡単に言うと、数字を狙うゲームなのだが、最終的には点数が上の方が勝ちになる。外側の枠は数字の二倍、内側の枠は数字の三倍。狙う数字は、20・19・18・17・16・15と真ん中のBullともう  ひとつ内側のInBull。


 私にはまだ何が何だかわからないが。

ピピピ――ピピピ――ピピピ――。

 黒木さんが投げた時に白い馬が画面に現れた。

「すご……」



 試合が終わると

「ありがとうございました」

 とふたりは両手で握手をした。


「何だかいいですね、ダーツって」

 私がポツリと呟くと玄さんも頷いていた。

「そうだよ、この人と人との繋がりがいいんだよなぁ」

「玄さんのカードネームは何ですか?」

 気になって聞いてみた。

「俺かい? 玄さんだよ」

 玄さんは残っていたビールを飲み干して笑った。


 アイコンタクトで黒木さんはオーダーを受けると、新しく冷えたグラスを取り出してビールを注いだ。

玄さんの前にすーっと静かに置く。

 黒木さんがお客さんに出すこの仕草が私には魅力的だった。

 カウンターに座るお客さんの時には、特に美しい。



「ダーツのカードネームで呼ばれる事は多いんだよ、特にお客さん同士はね!」

「うんうん。俺なんかアレだぞ、最初はちゃんとしたカードネームにしてたんだ。だけどな、どっかの店のスタッフが、カードの名前をかけてダーツしましょ!  なんて言ってなぁー。」

 黒木さんは横を向いて笑っている。

「俺のカードネームはSugarだったんだ」

「Sugar?」

「俺の名前は佐藤だから」


 玄さんがSugarだった頃、酔っぱらいながらダーツをしていたそうだ。普通にゲームをしても面白くない! と玄さんが言ったらしい。

 酔っ払っていて覚えていないそうだ。

 もちろん、ゲームに負けてSugarから玄さんに変えられてしまった。

 名前を取り返す為に何度も試合を申し込んで対戦したが、勝つ事が出来ずにそのまま玄さんでいるらしい。


「だって、言い出したのは玄さんですからね! 一日だけでいいですよって、俺は言いましたよ!」

「いや、今となってはいいんだ。黒木さんに貰った名前で皆に覚えて貰ってるし」


 玄さんはビールを一口、グビッと飲んだ。

「でも、何で玄さんって付けたんですか?」

「おろっ? 黒木さん、何で?」

「えっ? 今さら? 覚えてないんですか?」

「知らね」

「自分で言ったんですよ! マジックで眉毛書いて、玄さんにしてくれー! って。」


 黒木さんはケタケタと笑っている。

「え――黒木さんにつけて貰った名前だとばっかり思ってたのになぁ」

 と、玄さんは落ち込んでいた。


 私はそんなふたりが羨ましくて笑っていた。



―――カランコロンカラン。

「いらっしゃい!」

「いらっしゃいませ!」

 こんばんわ――と、いつもの三人組がやって来てソファ席に座った。


 ラピスさんや麦わらさん、みるくさんと軽く会釈をして。黒木さんはいつも通りに、何も聞かずにドリンクを用意する。


「澪ちゃーん、ジャーマンポテトもどき二つと私の生姜焼丼三つお願いしまーす!」

 と大きな声で注文をしてくれる。

「了解でーす!」

 私はニコニコとしながらキッチンへ向かった。



「澪ちゃん、いい子で良かったなぁー」

 と玄さんが言って、黒木さんは目を細めて笑っていた。

 私は何も知らずに、生姜焼を作っていた。

 少しずつ慣れてきて、次のメニューも考えている。


(次はどんなメニューの名前になるんだろぅ)

 と思わず微笑んでしまう。


 直人、夏喜と陽。この三人は最近食事を毎回頼んでくれるようになった。

(そのうち飽きちゃうよねぇ……)

 明日、黒木さんに新しいお料理を作って食べて貰わなくちゃ。



 直人達三人が食事を終えて、ドリンクのお代わりを注文した。

 初めて顔を合わせたラピスさん達が気になるようだ。ラピスさん達のゲームが終わるのを見計らって、直人が声をかけた。


「あのー、すいません。僕らまだレーティング低いんですけど……良かったら対戦お願いしてもいいですか?」

 すると、ラピスは振り返ってにっこりと笑った。


「もちろんです! せっかくなので、一緒にお願いいたします!」

「やったぁ、じゃぁお願いいたします!」


 直人とラピス、麦わらと陽、みるくと夏喜がそれぞれ対戦させて貰う事になった。


 私はその時初めて直人達のカードネームを知ったのだ。今まで気にした事がなかったから、少し嬉しくなった。


直人のカードネームは『雨男』。肝心な時には雨が降るらしい。

夏喜は『DUNK』、陽は『AKIRA』だった。

 私は、また少しだけ彼らと距離が縮まったのだろうか。



――ピピピー……ピピピー……。

――ピピピー……ピューン……。

――ピューン……ドスッ……。


 試合の途中でもグータッチをしたり、掛け声が聞こえる。

「ナイス!」

「おー、おしいっ!」

「ナイストライ!」


 そして試合が終わるとそれぞれがお辞儀をしながら、みんなと握手をする。

「ありがとうございました。」


(――これか、紳士なスポーツの意味……)


「ガチのプロの試合中はね、こんな掛け声はしないんだよ。でも、普段はこんな風に楽しむんだ」

 黒木さんが、嬉しそうに2つのグループを眺めていた。

「俺が作りたい店は、こんな店なんだ。ダーツや食事で、お店に来たお客さん同士も仲良くなれるというか。今のダーツはネットカフェでも出来るんだよ。でもね、画面に手を振って、言葉を交わさずに対戦してるんだよね。あれはあれでいいけど、俺は寂しいな、上手い人の胸を借りてリアルでやって欲しいと思っちゃうんだよね」


(黒木さんが、温かい人で良かったな……)


 私はキッチンに入って洗い物を始めた。

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