第8話 左利きの目

「えー、何年ぶりっすかー!」

「二年くらい、かなぁ。」

「もー、やっと会えたわぁー」

 ジンバックを頼んだ男性は嬉しそうに黒木さんにバグをした。


 他のふたりも思い出したように声を出した。

「あー、もしかして、lefry eye?」

「そうだ! あの独特なフォームの!」


「見つかったかぁー」

 黒木さんは少し困ったような笑顔をしている。ダーツをする人はカードを持っている。そのカードを差してゲームをすると記録されていくのだ。

 そのゲームの結果が積み重なって『レーティング』という形でレベルが表示される。


 それぞれがカードに自由に名前がつけられる。

 サイトに接続すれば、カード名が表示されて、今どこのお店で投げているのかがわかるようになっているのだ。


『lefry eye』が黒木さんのカードネームだ。


「最近投げてないんですか?」

 ジンバックを頼んだ男性はグラスに口をつけてひとくち飲んだ。

 カード名は『ラピスラズリ』。

 ジントニックを頼んだ男性は『麦わら帽子』。コーラを頼んだ女性は『みるく』と表示されている。


「一時期、イップスになってね」

「えっ! マジっすか! 今は?」

「治ってきたよ、だから自主練はやってるけど。違うカードでね!」


 そういえば、時々黒木さんは随分と早い時間に来ている時もあるような気がする。




――カランコロンカラン。

「いらっしゃい!」

「いらっしゃいませ!」

「よっ!」

 片手を上げて、玄さんがやってきた。


 黒木さんはカウンターに戻り、お酒の準備をした。

「あれ、玄さん!」

 ラピスラズリと麦わら帽子とみるくが、同時に名前を呼んだ。


 急に名前を呼ばれてびっくりした玄さんは振り向いた瞬間、笑顔になった。

「おろっ、ラピスくんと、麦わらくん、あれ、みるくちゃん!」


 どうやらみんな顔馴染みらしい。

「いゃ、俺は黒木さんのファンだからこっちに付いてきちゃったんだよ」

 なんて、ニヤニヤとしながら話をしている。


「俺が前に働いていたお店のお客さんなんだ」

と黒木さんが教えてくれた。


 懐かしい話に花が咲いている。私は微笑んでみんなの話を聞いていた。

 黒木さんは私を手招きした。

「澪ちゃん。キッチン担当なんだ。メニューも少しずつ増えてるから、宜しく!」

「宜しくお願いいたします!」

「へぇー、じゃあ何か頼もうよ!」

 麦わら帽子が言って、みんなでメニューを見ている。

「ここのメニューの名前さぁ、黒木さんが名前決めちゃうからわかりずれぇのよ」

 と、玄さんが笑っている。



「じゃあ、ブロッコリーのジャーマンポテトもどきですけどと、うんうん! ミートパスタ、卵焼きサンド・えへへスティック付き」

「はいっ、お待ちくださいね!」


 私は嬉しくなってキッチンへ入った。

 私が作る料理は簡単な物なのに、黒木さんが名前を決めると特別なメニューに見えるのだ。

(ちゃんと美味しく、可愛く作ろう!)

 と、私はオーダーが入る度に心を込めた。



 キッチンで作業をしていると、賑やかな笑い声が聞こえてくる。いつもカウンターに座ってチビチビとお酒を飲んでいる玄さんも、カウンターに背を向けて座って楽しそうだ。


 黒木さんが作り出すお店の雰囲気は心地が良かった。

(いつか私もあの和の中に入れるといいな。)

 そんな事を思いながら、えへへスティックを作っていた。



「このブロッコリーのやつ、上手い!」

「ミートパスタも! 優しい味がします!」

「うま――っ!」

 みんなの感想を聞きながら、別のお客さんからのオーダーを作っていた。


 少しずつ食事を注文するお客さんが増えてきて、私は楽しく働いている。


 そしてキッチンを片付け終わってカウンターに戻ると、黒木さんが呼ばれた。

 ラピスさんだった。

「黒木さん、メドレーお願いいたします!」

「ん――。まだ俺は完全に戻ってないよ?」

「いや、お願いします!」


 黒木さんはカウンターの下からケースを取り出して、カードとダーツを手に取った。


 玄さんに手招きをされた。

「澪ちゃん、黒木さんのフォームは少し変わってるんだよ。見ててごらん!」



 ラピスさんと黒木さんはカードをダーツ台に差した。

『ラピスラズリ』

『lefry eye』

 画面に名前が表示される。


「ぅわぁー、久しぶりの対決だ!」

 麦わらさんもみるくさんも、ソファに座って見守るようだ。


「お願いいたします」

「お願いいたします」

 とふたりは握手をしてゲームが始まった。


 ふたりは一本ずつダーツを投げる。

「澪ちゃん、あれはね、コークスタートってゆうんだよ。一本ずつダーツを投げて、中心に近い人が先攻。」

「玄さん、お詳しいんですね?」

「いやぁ、俺もちょいとだけやってたからねぇ」

「そうなんですか? 今はやらないんですか?」

 私は不思議に思って、玄さんに聞いてみた。別に上手くなくても、たまにやると楽しいから。


「あー、酔っぱげダーツになっちまうから、辞めたんだよー。ダーツは紳士なスポーツだからね、俺は酔っぱらってダメダメ」

 と苦笑いをした。


 先攻はほんの少しの差で、ラピスさんになったようだ。私には、どっちの矢が真ん中に近いのか、違いが良くわからなかった。


 画面に701と数字が表示されて、ゲームが始まった。


ラピスさんが投げる。

ピピピー……ピピピー……ピー。

「おしいっ!」

 麦わらさんが声をかけた。

「ちょっと前までは01はブルスタートだったのにな……」

 黒木さんはポツリと呟いていた。



 玄さんが色々私に説明をして、教えてくれる。

 01には701や501や301などがあって、先に0にした方が勝ちなんだそうだ。

 ちょうど0でなくては終われない。


 そして、黒木さんの番になった。

 黒木さんは、他の人よりも顔を右に向けて少し変わったフォームで投げた。

 顔の左側から右手が伸びてダーツが飛んでいく。

 ピューン・ピューン・ピューン!


 画面に帽子の絵が現れた。

「ナイスハット!!」


 ラピスさんと麦わらさんとみるくさんが声をかけた。

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