何か求むる心海へ放つ

 僕は、起き抜けの街をただ歩いていた。行くべき場所なんて分からないけれど。しかし、じっとしていることはできなかった。何かして動き続けていないと、僕というものが崩れてなくなってしまうように感じた。早朝の街に人はまばらだ。スーツ姿で駅に向かう人がいて、明らかにオール明けの疲れた表情で帰路に就く人がいる。僕は俯く。すれ違う人たちが、SNS上ではあの匿名アイコンで僕を罵っている。そんな想像をした。実際それだって十分にありえる話なのだ。もしかしたら、今も誰かに見られているかもしれない。こっそりカメラを向けられて、世界中に拡散されているかもしれない。僕はもう、住所まで晒されているのだから。

 少し人通りが多くなる。いつの間にか駅前まで来ていた。どこかに逃げてしまおうか。ふとそう考えた。家には帰れない。住所は公開されてるし、そもそも、母がなんて言うだろうか。考えたくはなかった。いい会社に入りなさいと僕に言い続けて、ようやくそれが叶ったところだったのだ。僕のせいで母の夢が崩れたと知って、母がどんな表情をするのか。分からなかった。ただ、それを想像することすら僕は恐ろしかった。

 なら、逃げるとして僕はどこに逃げるんだ? 大学がある京都? いや、行ったところでどうしようもない。匿ってくれるような友達なんて、僕にはひとりもいない。大阪? これも駄目だ。人が多すぎる。見つかるリスクを増やすだけだ。じゃあ西の、姫路や岡山の方は。論外だ。そんな場所に縁も何もない。八方塞がりだ。僕は何か答えを探し求めるように、駅周辺をさまよい歩く。そして裏手へと回ってきたとき、ふと看板を見つけた。「フェリーのりば行 直行バス」。フェリー。その言葉を見て、僕はあの月の晩を思い出した。月に導かれて行く船を思い出した。船に乗ってどこかに消えた、父のことを想像した。僕は吸い寄せられるかのように、ふらふらと乗り場の方へ歩く。そこには一台のバスが止まっていた。

「小豆島行きのフェリーに乗られる方ですか? もうすぐ出ますよ」

 すると、運転手さんに声をかけられてしまった。突然のことで焦ってしまい、曖昧な返事が喉から漏れる。運転手さんはそれを肯定と受け取ったのか、「ほら、早く乗って」と急かす。僕は勢いに流されるまま、バスに乗り込んだ。

 それから僕は結局、小豆島に行くフェリーに乗ることになってしまった。バスが乗り場につくとそのまま、チケット販売の列に巻き込まれ、それが終わったらすぐ出航だ。真面に考える暇もなかった。あれよあれよという間に船は陸を離れる。展望デッキに上がると、神戸の街がだんだんと離れて小さくなっていくのが見えた。もうここまで来てしまったらどうしようもない。僕は小豆島への逃亡を決意した。すると途端に睡魔と食欲が襲ってくる。僕は船内の軽食屋で出汁の薄い蕎麦を食べて、畳のシートに寝転んだ。全ての思考を投げ出すかのように、僕は意識を手放す。

 僕が目を覚ましたのは、船内に大音量のアナウンスが響いたときだった。間もなく小豆島に着くとのことだ。スマホを取り出して時間を確認する。午後二時を少し過ぎていた。三、四時間眠ってしまったらしい。本当はもっと、何も考えずに寝ていたかったんだけど。しかたなく僕は起き上がり、下船の準備をする。窓の外では穏やかな瀬戸内海が陽光を反射して、きらきらとその水面を光り上がらせていた。


 フェリーは坂手港という港に泊まった。スロープを降りて島に降り立つ。周囲にめぼしいものは特になかった。とうの昔に営業をやめてしまったらしい土産屋がぽつんと残されているだけで、あとは山と道。その寂寥感を強調するように、どこかで鳥が低く長く鳴いた。僕は、港の端にあった地図を眺める。島の反対側に、土庄という比較的大きな町があるらしい。まあ、そこに行ったって何かするわけでもないけれど、この港に留まり続ける理由もない。僕はとりあえず、その土庄という町を目指すことにした。

 それから歩き始めて、どの位経っただろうか。たぶん二十分と経っていないだろうけど、頬には汗が滝のように滴っていた。息が荒れて、喉には渇きを通り越して鈍い痛みが広がりつつあった。険しい坂の勾配が少し緩やかになったところで僕は立ち止まる。まさか、こんなに山がちな地形だなんて。ここは島だし、当然と言えば当然だけど。学校と家との往復でしか坂道を上らなかった僕の身には、いささか負荷が強すぎた。僕は汗を拭って、顔を上げる。木々の合間を縫って、向こうの町並みが覗いた。しかしそれはとても小さく、まるでミニチュアの町のように見えた。たぶん町までの道のりの三分の一も来ていないだろう。はあ。大きなため息を吐いて、思わず地面にへたり込んだ。僕は何をしているんだろう? こんな見知らぬ島まで来て。こんなきつい思いまでして。僕はどこに行きたいのだろうか。座り込んでしまったら、もう一歩も動く気になれなかった。

 プププッ。甲高い音が小刻みに短く鳴った。僕は反射的に顔を上げる。目の前に、白い軽自動車が止まっていた。ところどころ傷や汚れがついている。僕がその突然の光景に呆けていると、ゆっくりと運転席の窓が開いた。そこに座っている初老の男性と目が合った。

「お兄ちゃん、観光か」

 その男性は朗らかに言った。別に観光というわけではないけれど、いちいち説明するのも面倒だ。とりあえず頷く。男性は「やっぱり」と笑った。

「さっきお兄ちゃんが坂上ってくの見えてな。ときどきおんねん、バス使わずに山越えようとしてる観光客さん。たぶん無理やで。こっからさらに坂険しなるし、一時間半はかかるんちゃうかな」

 そうなのか。まあ、薄々そうじゃないかなとは思っていた。なら、近くのバス停を探すのが得策か。

「やからな、おっちゃんが連れてったるわ。おっちゃんも土庄行くし。乗りいや」

 そう言い終わらないうちに、車のドアが開いた。僕はこのまま車に乗せて貰うのと、事情を説明して断るのをそれぞれイメージした。そしてふたつの選択肢の労力を比べてから、残された力でなんとか立ち上がり、車に乗り込んだ。車はゆっくりと動き出す。

「いやあ、ほんまにお兄ちゃんみたいな人いっぱいおんのやで? まあ気持ちは分かるけどな。なんたって『小』豆島やし。小さいと思ったやろ。実は結構でかいねん」

 男性はハンドルを握りながら、笑って言う。僕も薄く笑って返事とした。車にしてはゆっくりと、でも歩くよりはずっと早く、車窓に景色が流れる。もう下り坂になっていた。木々が少しずつまばらになって、その隙間を埋めるようにして建物が見え始める。道の左側に高校が見えた辺りで、一気に視界が開けた。もうすぐそこに海辺の町――たぶんこれが土庄だ――があった。

「そういやお兄ちゃん、どこに行くん? 土庄はそこそこ広い町やで」

 僕は答えに詰まった。僕はどこに行くのだろうか。どこに行けばいいのだろうか。分からない。こっちが教えてほしい。男性は黙りこんだ僕を少し流し見てから、「まあ適当なとこで止めるわ」とだけ呟いた。


 町の入り口から一本入ったところで、車から下ろしてもらった。男性は快活そうに笑ってから、道を曲がって見えなくなっていく。僕はどこに行くのだろうか。その問いがずっと頭の中に反芻されていた。どこに、どこに。僕はひたすらに道を行った。なんとなく右を行って、左を行く。道は迷路のように入り組んでいた。ずっと、町の奥へと入り込んでいくような感覚があった。どこをどう曲がっても同じだ。僕は逃れられないほど最奥へと進んでいく。

 ふと、大きく視界が開けた。道は途切れて、砂利がそのまま敷き詰められた地面。手前にお墓の並ぶ坂があって、奥に緑めく山が見える。そして透き遠いほどの青空が、背景となってそれぞれの色彩を強調しているかのようだった。なんとなく、ここが町の最奥なのだと、そう思った。僕は周囲を見わたす。坂の入り口となっているところに、大きな石碑が建っていた。縦に三メートルほどはある、大きな石碑。そこには文字が彫ってあった。

「障子あけて置く海も暮れ切る」

 なんだろうか、これは。詩と呼ぶには短い。文と呼ぶには文脈がない。俳句と呼ぶにはリズムから外れている。そもそも、この石碑自体何なのだろうか。僕はその側へと進みゆく。石碑の裏に、小さな木造の庵があった。低い石垣に囲われるようにして、それはぽつねんと佇んでいる。僕はその石垣をまわって、入り口らしき場所――それはあくまで石垣が途切れているだけだったけれど――の前に立つ。小さな表札がひとつ。「南郷庵 尾崎放哉記念館」これは記念館になっているのだろうか。尾崎放哉。その名前は、たぶん聞いたことがある、と思う。高校生の国語の教科書で、一回だけちょろっとその名前が出てきたはずだ。そう、確か、「咳をしてもひとり」の人だ。自由律俳句の人。五七五の定型からあえてリズムを外すことで、独特の余韻を創り出す。病床に伏す孤独を、その余韻を使って表現している。そう習った。あの石碑に彫られていたのも、放哉の自由律俳句のひとつだったのか。

 僕は誘い込まれるかのように、石垣の中へと足を踏み入れる。庵の引き戸に手をかけて、ゆっくりと横に引いた。ガタガタといくつかの引っかかりを越えて戸が開く。中の様子も、外から見た様子と大体は変わらなかった。戸の前に古びた炊事場があって、左手には二畳ほどの土間。その奥に八畳間、さらにその向こうに六畳間。畳はきちんと張り替えられているようだった。古びた壁の様子に比べて異質なほど新しい。僕が中の様子を眺めていると、奥の六畳間から女性の顔が覗いた。二十台後半か三十代に見える、落ち着いた女性だ。

「見学者の方ですか? ご自由にどうぞ。ただ入館料だけはお納めくださいね」

 女性はそれだけ言うと、また六畳間に引っ込んでしまった。また、バスのときみたいに勘違いされてしまったらしい。まあでも、今回は別に勘違いという訳でもないのかな。戸の側にある小さな机には、木製の安っぽい箱と「入館料 二百円」と書かれた紙。僕は財布から硬貨を二枚取りだし、箱に入れる。そのまま財布の中身をふと確認した。千円札が二枚と、硬貨がいくつか。入館料を払ったせいで、もう帰りのフェリーのチケットは買えなくなってしまった。でも、今更箱から二百円取り戻す気にもなれない。そもそも、神戸に帰ったってどうしようもないんだ。僕は小さなため息を零してから、土間を上がる。

 それぞれの間には、尾崎放哉ゆかりの物が展示されているようだった。書簡や日記、彼が出した句集など。放哉の略歴の説明もあった。地方で育ち、東大法学部に合格。一流企業に入社し、妻や子供にも恵まれた。しかし、持ち前の酒癖の悪さで仕事をクビになり、いずれ家族とも離散。終生はこの小豆島の朽ちた南郷庵で、半ば物乞いのように、細々と俳句を作って死んだ。もちろんひとりで。それは、一般的に言って悲惨な人生だった。後世にその俳句が遺されるのなら、あるいは悲惨ではないのかもしれないけれど。少なくとも、望まれるべき人生ではないのは確かだ。ただ放哉の人生、特に前半には、何だか酷く既視感を覚えた。エリート人生からの転落。それは、まるで。

「あの、句集とかって売ってたりしますか」

 いつの間にか声に出ていた。受付の女性が、ふと顔を上げる。一瞬驚いた顔をしていたけれど、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。

「売っていますよ。全集が出ています。買っていかれますか?」

 僕は少し間を置いてから、頷いた。もうどうせ戻れないんだ。なら、自分の思ったままに行動しよう。僕は女性に千円札を一枚渡す。それと引き換えに、分厚い文庫本を渡された。四百ページほどあるだろうか。「尾崎放哉全句集」。これに、彼の人生のほとんど全てが書かれている。僕がお礼を言って庵を出ようとすると、女性がふと思い出したかのように僕を引き留め、用具箱のようなものからペンを一本取りだした。黒色の、シンプルなボールペンだ。

「ここで本を買ってくださった人に、おまけでお渡しすることになってるんです。そんな人めったにいないから、忘れちゃいそうだった」

 女性は冗談めかしてそう言った。僕もかすかに笑ってみせる。できるだけ、自然な笑顔で。

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