008 解放

 ペトラから訓練を始めると告げられたが、体は重く、痛みは感じないが包帯でほぼ全身をくるまれている状況。


「訓練って言ったって、こんな状態で何ができるって言うんだ」

 

加えてなぜか4時間しか猶予がないと告げられたため、余計に何をしたらいいかわからない。

 

『ほんとに琴葉に似てせっかちだな』

 

うるさい、と返すとペトラはため息をつきながら返事をする。

 

せかしているのはどう考えてもそっちだ。

 

『そもそもこの場所は、琴葉と叶がいつ襲撃を受けてもいいようにと家の地下室に幾重もの結界を張ってたの』

 

『相手から気づきにくくはなっているけどいずれは見つかるし、長居して包囲されてもかなわんし』

 

「まぁ何となく理解したけど、また俺を助けてくれた時みたいにワープすれば解決するんじゃないのか?」

 

『しばらくは使えん、そもそも今の段階では本来の力の百分の一も…まぁいい、いずれにしても転移は使えないから訓練するしかないの、つべこべ言うな』

 

ペトラは少し悲しげな表情を浮かべる。

 

これ以上聞くのは野暮か。

 

「わかった、文句言っても変わんないし、とりあえずやるけど、今体が動かないんだけど」

 

『わかっている、これを飲め』


と、ペトラはポケットに手を突っ込むと小さな小瓶を差し出した。

 

手のひらサイズのその小瓶の中には透き通った液体が入っている。

 

「なんだよこれ」

 

『いいから飲め、琴葉が作った薬だ』

 

小瓶を開けて口元へ運ぶ。

 

瓶の中からはまったく匂いを感じない。

 

口に入れたが味もなく、味わうことなく飲み込むと急に体が熱くなってきた。

 

体中が熱くなり汗が止まらない上に節々が痛み始めた。

 

「ほんとに大丈夫なのかこれ、体中熱いし痛いぞ」

 

『うむ、急に力の枷を外した衝撃で、唯の体はかなりボロボロだったからな、仕方ない』

 

全身が筋肉痛になったように感じたその瞬間、体が急に軽くなった。

 

「―――まじか」

 

『まじ、さすが琴葉だろ』


となぜか自分のことのようにうれしそうなペトラ。

 

『さ、細かいことは後、始めるぞ』


訓練が始まった。


――――――――――――――


 『まずは、唯、心を静めろ』


 どんな厳しい訓練が待っているのかと緊張していた俺に、まるで訓練と関係なさげな質問。

 

「え、ああ――でもどうやって?」


『大きく深呼吸をして、目を閉じろ』


言われた通り、深呼吸をして目を閉じる。

視界は暗転し、瞼の裏が映し出された。


「これ関係あるのか?」

 

『大ありだよ、一先ず力は解除してあるから、後はそれを知覚するだけだ』

 

やはり、説明が圧倒的に足りていない気がするが、時間がないとせかされている為、やらざるを得ない。


『落ち着いてきた?』


「ああ――」


『じゃあ、次はそうだな…宇宙をイメージしてみろ』


「なんだ宇宙って、意味の分からないボケを言ってくるな」


『ボケてないわ!なんでもいいから早くー』


「要望が多すぎる―――そうだな…」


急に宇宙をイメージって言われたって困る。 

あまりに漠然としたお題。

 

ソラに広がる天体。

数多の銀河。

深い深い底の見えない穴。


『――――上出来』

 

ペトラはそういうと、黄金に輝く小さな金属製の箱を取り出し、『ん』と差し出してきた。

 

素直に差し出された小さな金属製の箱を受け取る。

 

何の変哲もない箱を凝視していると

 

『その箱はただの天の遺物だから気にしないで』


と注意を受ける。

 

また新しいワードが出てきた。


 ”天の遺物”とは何か聞こうとすると


 『そんなことにこたえる時間はない。これから唯は、目を閉じたままイメージした宇宙、そしてその奥へ進んでいくんだ』


と遮られた。

 

「……わかった、やってみる」


目を閉じ、奥へ、深く沈んでいく。

それはまるで。


果てしない道を進んでいるような。

何もない道を一人孤独に突き進む。


すると、意識がどんどん深くまで沈んでいくように感じた。

 

今まで感じたことのない感覚。

 

水のような何かが体にまとわりつく。

 

沈んでいくという表現が正しいのかもわからないが、不思議な感覚。

 

そこかしこから何か聞こえる気がするのだが、聞き取れない。


『思ったより早い、これなら何とかなりそうだ』


気が付けばペトラの気配も消えた。

次第に体中の感覚が消えていった。


そして――どんどんと沈んでいく。

 

途中で苦しくなってきた。

 

これ以上いけない―――。

 

その時、誰かの後ろ姿が見えた。

 

一振りの剣を携えた男が立っていた。


その男は向こうを向いたまま、微動だにせずそこに立っている。

すっと、男の肩に触れた瞬間―――。


 「ハッ」

 

沈んでいたところから、一気に浮上したと感じた途端、目が開き、体中の感覚が戻った。


 『お帰り、うん、成功したみたいだ』


体がものすごく軽く力が漲っているように感じる。

 

そして自分の体を見てみると驚いた。

 

ついさっきペトラに持たされた小さな金属製の箱が、長い刀に変わっていた。

 

「なんだんだこれは――――――」

 

『すごいよ唯、だけどタイムリミットだ。結界が解析されそうだ。使い方は実戦で何とかするしかないから何とか頑張って』

 

「え」

 

途端、部屋の外から異様な気配を感じた。

 

ペトラのいう結界が解けたのだろうか。

 

「まだ4時間あるんじゃ」

 

『いや、4時間丁度だよ、唯ずっと集中してたから感覚がずれているだろうけど』

 

「まじか」

 

感覚では数十分程度に感じたが、かなり経過したようだった。

 

『大マジ、ここでは分が悪いな。まずは地下をでよう、唯その刀を振って天井を吹き飛ばしてみて』

 

ペトラはまた意味不明な注文をしてくる。

 

「刀は切るもので吹き飛ばすものじゃないだろ、それにそんなこと出来るわけ―」

 

『いいから思いっきり刀を上に向かって振ってみて』

 

何か起こるわけないと思いながら、軽く刀を天井に向け振ると

 

  ズドッッッ

 

天井が吹き飛んだ。

 

そんな力を込めたわけでもないのに、いったい何が起こっているんだ。

 

『さすがだね―――それを見るのはいつぶりだろうか。その剣は昔こういわれていたんだよ”この世全てを断ち切る剣技”と――』


突然現れた空は暗く月明かりが照らされていた。

 

地下から地上へ上がるのも少し飛ぶだけで上がってこれた。

 

普通の人間にはこんなことは到底できないだろう。


未だペトラが言っていたことは理解しかねるが、これがアラヤの力の一端なのだろうか。

 

『唯、考え事は後だよ』

 

というとペトラは遠くを指さす。

 

その先には2つの異様な影が見えた。

 

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フラスコ コネクト ふるみ たより @hurumi

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