003 襲撃

――帰路――夜――


4月とはいえ夜になればそれなりに肌寒く、薄手のジャンバーを羽織って夜道を歩く。

俺と美空の足音が静かな夜道に響き渡る。

  

「今日も一日終わったな」

「ね、早いよね」


「そんなことないだろ、それなりにゆっくりに感じたけど」

「いつもぼーっとしてるからでしょ」


といつもと同じような会話を交わす。


   コツ、コツ、コツ


響く二人の足音。

夜道は静かで落ち着くが、今日はなぜかいつもより静かに感じた。


「そういえば、お母さんが叶さんと土曜にお茶会するって言ってたよ」


叶さん、とは俺の母親の名前である。

  

「そうか、毎度思うんだけど、そのお茶会まったくお茶会じゃないよな。どう考えても飲み会だもん。彗さんが酔うと大変なんだよな……」

「う…うん…ごめん」


家でゴロゴロ寝てようと思ったが、土曜日は外にいたほうがよさそうだ。


「なら、日曜にうち来いよ、とーさんも美空と会えるのはうれしいと思う」

「やったね!土曜でもいいけど…まぁいっか」


美空経由で、美空の母である彗さんに、逃げたことがばれるわけにはいかない。

いつも通り、なんてことない日常会話。


今日の晩御飯は何かと考えていたその時―――


急にあたり一帯の気配が凍り付いた気がした。

美空も感じたようでお互いに足が止まる。

その張り詰めた空気の原因は明らかだった。


100メートルほど先の電柱の上、そこに人のような何かが1つ。


フード付きのコートのようなものを着ているように見える。

パッと見は人に見えるものの、この距離では本当に人なのか何なのかは区別がつかないが、月夜に浮かぶ黒色のなにかは明らかにこちらを見ているように感じた。


よくわからないが嫌な悪寒が体中を駆け巡る。

 

たぶんこのままじゃ…危険だ。

何か根拠があるわけではないが、猛烈に嫌な予感に襲われる。


「美空、逃げるぞ!」

「う、うん…!」


美空の手を引いて走り出す。

振り向く暇なんてない、あれを撒くことができるのかもわからない、少なくともこのおぞましい気配から、どこかへ行ってくれてはいなさそうだ。

  

「大丈夫か!?」

「唯も見た!?」

「ああ、よくわからんが、たぶん逃げるのが正解だと思う」

「そう…だね」


後ろを気にすることなく、全力で走る。

日々の厳しいトレーニングのおかげで俺も美空も学校トップを狙えるほどには足は早いほうだ。


「彗さんの訓練が厳しくて、初めてよかったって思えた気がする―」

「あー!後でチクっちゃお!」


背後の気配は近づいている。

  

「こんなことなら白山を誘っておけばよかったな」  

「白ちゃん誘ってもあんま変わんなかったともうけど」

 

たしかに、居ても狙われる確率が、3分の1になる程度だろう。


「とりあえず、もう少し走って最悪無理そうなら美空だけでも先に行け」

「できないよ!」

「もしかしたら話が通じるかもしれないだろ」

「わかっ…――」


その瞬間、背後から感じる悪寒がさらに増した。

背後へ視線を送ると、黒い何かは先ほどよりこちらに迫っている。

そして黒い何かの手元に


   眩い光


が見えた。


月光にも劣ることのないその光は、一瞬で目の前まで襲ってきていた。


あ、たぶんこれ死ぬんじゃないかなー。

確信をした。

でも、せめて美空だけでもなんとか助けなければ―。

美空は光に目を奪われ、動けないでいるようだ。


ああ、どうしようか、このまま死ぬしかないのか、くそ―。

眩い光はすぐ目の前まで来ていた。

目に触れるまで数ミリ。

その刹那


    キィィーーーン


目に見えない壁で、その光が遮られ自分の目前で止まっている。

   

「なんだこれ…」

「この光は一体、それに―唯…その虫みたいなのなに……?」

「虫…?」


美空と俺の間には確かに


  虫?


が居たのだった。


『虫とは失礼だ、このペトラに対してその言いぐさは、まったく―こっちの失礼なのはどうでもいいが、唯、今お前に死んでもらうわけにはいかないんだよ』


虫が喋った。

それも流暢に。

美空も唖然として口を開けている。


『まったくもー。虫って――せめて可憐な妖精とかなんかいい言い方はあるだろう』

 

どうやら虫ではないらしい。

そのやけに図々しく上から目線なちびっこい青髪の妖精(自称)は


『まーとりあえずこの場をなんとかしよう。できればあまり使いたくないが…』


というと、その小さな右手を銃身のようにし、左手で右手を支え


    ―吸収―

    ―増幅―

    ―射出―


と唱えた。

すると、俺の眼前の壁で遮られ停止していた光が、妖精の手元へ吸収されたかと思うと、黒い何かへ向かって跳ね返っていった。

  

跳ね返った光線は黒い何かの右側をかすめ上空へ駆け上っていった。

黒い何かは少しその場にとどまってから去っていった。

美空も腰を抜かしてこちらを見ている。

   

『ほんとに琴葉そっくりだな』


「琴葉…?なんでとーさんの名前が出てくるんだ、そもそもお前は何者だ」


『さっきも名乗ったじゃないか、まったく――私はペトラ!いろいろ約束があってまだ教えられんが、こうなった以上一時的な身の回りの安全だけは確保しよう』


妖精は決め顔をかましている。

   

「わけがわからん、家に帰ってとーさんに聞くか…」


『こーなった以上、琴葉が家に帰ってこれるかはわからんが好きにするがいい。一先ず、その娘をさっさと家に送ってやるのが吉だな』


「あ、あぁ…よくわかんないけど…」


全然展開についていけていない。

これは夢かもしれないと一周回って思えてきた。

   

「美空」


と手を差し出す。

   

「ありがと…」

『ん…?よく見たら娘…なるほどの、んまいいか』


「なんだ妖精、なにがあるんだ」

『まったく、あせるなよ唯、そのうちわかることよ』


『娘よ、今あったことを帰ったら母親に話しておけよ』  

「は…はい…わかりました」

 

急な美空への提言に「なんだよそれ」と聞くと妖精は『いいんだ、時期にわかる』と回答を拒否した。


そして全く何もわからないまま、その後美空を家まで送った。

いつも話しかけてくる美空はすごく静かで、帰り道は普段にまして静まり返っていた。


『久しぶりに活躍しちゃったし良いものもらえるかなぁ』


と妖精は訳がわからない事を、嬉々として言っている。


『わけわからんくないわ、そもそも妖精をやめろ、私はマナだ』


え、なぜだろうか、間違って言葉にしていただろうか


『そのくらい私でもできるわ、というか驚くことか?この分野はお前さんらの得意分野であろうが』


何を言っているのかさっぱりわからなかったが、そうこうしているうちに美空の家に着いた。


「唯、ありがと、ちょっと怖かった」

「ああ、俺もだ…とりあえず明日は迎えに来るよ、何があるかわからないし」

「うん、ありがと――」


と言い美空の家を後にした。

  

    

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る