002 非日常は突然に

――鷹山高校――昼――

 

美空と別れ、3階奥にある教室へ向かう。


  ガラッ


ホームルーム開始2分前、いつも通りぎりぎりで到着した。


「ギリギリ、おーっす」

「唯、おはー」

「さすが唯、いつも通りギリギリ攻めるな」


とクラスメイトから声を掛けられる。

俺のいる課は男ばかりの科でむさくるしいが、それゆえに全員仲がいい。


「やば、竹ノ内のやつが来たぞ、座れ座れ」


廊下沿いに座る山下の声で全員が着席をした。

いつも通りの一日が始まった。


長い午前中を終え、昼休みへ突入した。

昼休みは決まって売店へパンか弁当を買いに行くため、いつも通り売店に行くため席を立つと


「唯ちゃーん」

「歩夢、いつになったらそのキモイ「ちゃん付け」をやめるんだ」


クラスメイトで隣の席の歩夢はいつも俺をちゃんづけで呼んでくる変わったやつ。

変わってはいるが、イケメンで彼女持ち。

この科では少数派のモテモテ男子だ。


「だって見た目も名前も女やん」

「コンプレックスなんだよ、いうな全く」

「ハイハイ」


と、いつものやり取りをしたところで、


「今日俺も弁当内から売店行くよ、一緒に居こーぜ」

「おう、いくか」


共に席を立ち、一階の売店へ向かう。


「唯ちゃん、そういえば、午後一の授業歴史だっけ」

「ちゃんやめろ、そうだな、やっとまともな授業だ」


「好きだな歴史」

「そうだな、昨日気になって調べちまったよ」


「うわ、歴史オタク。社会以外点数最悪なくせに!」

「うるせー、さっさといくぞ」


と日常的な会話をしながら、売店で買い物を済ませて昼食を食べる。

そしていつも通り、午後の授業へ臨んだ。


キーンコーンカーンコーン


「おわったなー、部活行くか―」


そういって近づいてきたのは、同じクラスで同じ部活の白山宗だ。


「おーいこ」


二人で教室を出て別棟にある道場へ向かう。


「唯、それにしても今日もこっぴどく竹ノ内に怒られてたなー」


「ちょっとしゃべってただけなのにな」


「愛のムチってやつだな」


「何が愛のムチだ、どっちかといえばあいつは愛を知らないだろ、愛の無知だ」


「うまいこと言うなー」


 外にある別棟に行くため一度玄関で靴を履き替えていると、


「唯、白、おつかれー」

「おー!美空様!相変わらずお美しい!」

「はいはいっ」

「今日部活終わったら私と一緒に帰りませんか!!!」

「白は帰り道逆でしょ、帰りませんよー」

「ぐはっ、今日も撃沈…―――――」

「お前は懲りないなー」 

「唯はいいよな!こんなかわいい幼馴染と毎日一緒に登下校できて!」

「いつも一緒にいるとそーでもないぞ」

「そーでもなくて悪かったわね!」


俺と白山の頭へゲンコツが降り注いだ。


「痛ったいなぁ」

「ごちそうさまです」

 

白山は相変わらずだな。

確かに美空は顔も整ってるし、性格もいい。

構内でもかなり人気なのは知っているが小さいころから一緒に居るからか、特に何も感じない。


「美空も唯みたいな女々しい男より、俺のような漢の中の漢と付き合ったほうがいいと思うな!」

「何度も言うけど付き合ってません」

  ゴツン

「ごちそうさまです」


白山恐るべし、あのゲンコツだいぶ痛いのにな、と同級生の変態具合に感心しつつ靴を履き道場へ向かう。


ちなみに道場は居合部専用となっているだ。

なぜこんなマイナーな部活に専用の道場があるのかというと、数年前まで剣道部があったのだが部員減少に伴い廃部となりここ数年誰も道場を使っていなかったらしい。

 

部活動が作ら、道場を手に入れる経緯はこんな感じだった。

―――――――――――――――――

美空とともに入学後、美空が


「この学校使われてない道場があるんだって!居合部作ろうよ!」


と言ってきた。


これまでのスパルタ練習に嫌気がさしていた俺は、


部活なら楽になるか、どうせ居合部なんて人来ないだろうし静かな部活ライフが遅れるかもしれない


と考えていた。


「あーいいよ、方針は美空に任せた、放課後には道場に行くよ」


と言い、その日の授業を終え部室へ行くと、全く予想していない光景が目に入ってきた。

そこには20人近い男どもが道場入口に押しかけていたのだ。


「順番に並んでくださーい」


美空が入部届だろうか、何らかの紙を受け取っている。

急いで美空の元まで行き、


「どうなってんだこれは!?」

「ちょっとだけ募集してみたらいっぱい来ちゃった」


と言ってテヘッっと言ってきた。


「おおお、やっぱ噂通りかわいいな!」

「その隣の子もかわいくないか!?」

「でも男子用制服着てんじゃん…男装ってやつか!?」


とむさ苦しい男どもが騒いでやがる。


「俺は男だぁっぁあぁぁぁぁぁ!!!」

「えぇぇぇっぇぇ!???」

「男だとおお!?―いやでも、ありだあああああ!」


どいつもこいつも失礼な奴らめ。

男でも有りって、お前らは何をしに来てるんだ。


「もしかして、その部長さんも…?」

「いえ…私はさすがに女です」


美空の返し方が鼻につく、「さすがに」とはなんだ「さすがに」とは。


「「「「「よかった、とりあえず入部するぜ!」」」」」」


ということで本来予想していた静かで穏やかな部活はむなしく散った…と思ったのもつかの間、22人で始まった部活動はその日のうちに4人となってしまった。

その原因は、2つあった。


1つ目は、俺と美空が習っている居合が、型ではなく超実践派だったからだ。

居合とは名ばかりの剣術訓練である。


2つ目は、美空のスパルタ具合。

男どもは居合なんて楽なうえかわいい部長が見れると思って入ったんだろうが、始まった途端、準備体操で10キロ走らせるという鬼のトレーニングを笑顔で行う姿がほんとの鬼に見えたんだろう。


まぁ想像通りである。

そんなこんなで、夜7時の部活が終わる時間には合計4人となっていた。

残っていたのが、

  美空に俺、白山

それと初めて見る女の子だった。


茶髪でボブヘアー、小顔で背の低い女の子。

身長はざっくり150センチくらいだろうか。

中学生が迷い込んだのか?

そう思い、視界を下げると――足元が見えないくらいの胸が―――。


  ドカッ


「うっ――――なんで殴るんですか」


中々に強烈な掌底をみぞおちにくらい、よろめく。


「余計なお世話、それにどこを見ている、の?」


赤面した顔を抑えながら、彼女は言う。

何も言っていないのに、これが女の感ってやつか。

恐ろしい。


「ごめん、そんなつもりは…―機械科の唯だ、よろしくな」

「うん、知ってる。これからも参加するから、その…よろしくね」


彼女に挨拶をした記憶はないが、部活を開いた側だし知っていてもおかしくないか。

それにしても「これからも参加する」か。

男子20人ほどがついてこれないトレーニングについてきたこの子には驚いた。

ただ、余裕でトレーニングについてきたというわけではなく、何とかついてきた、という感じで、会話が終わるなり

 

   バタッ


と倒れこんで、道場の真ん中で大の字になり天井を見ていた。

そんな彼女に手を差し伸べる。


「おつかれ、よく最後まできたな、でもこんな部活嫌じゃないのか」

「せっかく入ってくれる子に唯は何てこと言うの!?

 大丈夫?

 私はA科の美空だよ!」

「体は大丈夫、入部もする。—私は建築科の法依空、部長さんもよろしく、今日は帰るから」


 と言い、道場端に置いていた鞄を抱えると、そそくさと帰っていった。


「あれ、俺へはないの……?」


 挨拶をしてもらえなかった白山は、悲しそうに出入口を見つめている。

 その瞳に、涙を浮かべる白山の肩をポンポンと叩きながら、


「とりあえずこれからもよろしく」

「ありがとおぉぉ」


なぜこんなに目をキラキラさせているかはわからないが、これだけで慰めになったのなら何より。

後日明らかになるが、白山は入部時に俺が男というのを聞いていなかったため、この時は、俺のことを女だと思っていたらしい。


後片付けをしながら、顧問について聞いた。

部活には顧問は必須だろう。


「美空、そういえば顧問とかどうなってるんだ」

「もっとにぎやかになると思ったのに…

 あ、それなら頼んであるよ生徒指導部の上内先生に!!

 3人以上なら認められるらしいから、とりあえず大丈夫かな」


なんでよりによって生徒指導部なんだ。

さぼりづらいじゃないか。


「わかった、とりあえず今日は帰ろう」


と美空と白山に伝え、戸締りをしたのち道場を後にした。

学校を出る前


「美空さん、夜も遅いんでお供します!」

「白山さんは家はどっち方向?」

「光寺のほうです!」

「ああ、真逆になっちゃうし、大丈夫だよ、唯と一緒に帰るね」

「わかりました!お二人ともお気をつけて!」

「ばいばーい」

「おつかれ」


と騒がしくも4人で居合部は始動することとなったのである。

―――――――――――――――――――

というような感じで去年の今頃部活が発足したのだ。

去年の出来事を思い出しながら3人で道場へ向かうと、空先輩がすでに道着に着替えて正座して待っていた。


「先輩すいません、遅れました」

「ごめんなさーい」

「すいません!」

「全然、今来たところ、大丈夫」


そう、法依空は1年上の先輩であったのだ。

開部翌日の部活動で、前日同様ため口で喋っている最中、空先輩の同級生が道場に現れ、  


「くうー!

 なんで部活やってるのさ!

 今日の放課後は2年M科との合同制作だったでしょ!」

「あ、忘れてた、今行く」


とを呼びに来たことで2年生と判明した。

俺含め残り2人も同級生と勘違いしていたため3人ですごく謝ったのを覚えている。

しかし当の本人はまったく気にしていないみたいで


「知ってたけど面白そうだったから言わなかった。

 別にため口でいい、きにしていない」


と言っていた。


「せんせー今日もいないね」

「まーいつも通りだろ」

「とりあえず、始めますか」

 

全員道着に着替え、黙想を始める。

静かに、心を整える。

部活自体にはやる気はあまりないが、どうせやらなければいけないならしっかりとがモットーだったりする。


「やめ」


美空の声で一斉に目を開ける。

  

「よし、やりますか」


その日によって練習メニューは違うが、今日は素振りや型の練習だ。

”実践型の居合”といえど、基本はやはり重要なのだ。


一通り訓練を終えた。

基本の型や素振りも真剣にやれば、かなりの運動になる。

体中から汗が噴き出ていた。


「ふぅ、疲れたな」

「うん、あつい」「疲れたねー」

「空先輩、美空さん、こちらのおタオルをお使いください」

「別に、いらない―唯のなら借りてもいい」

「ぐはっ――では――!」

「私もー自分のあるからね」

「ぐはっ」


いつも通りのやり取りをしながら片付けをする。


「さて、帰りますか」

「だな」

「今日は私が当番、みんなは先かえってて」

「先輩あざっす」

「空先輩、私もお供します」

「いや、いい、かえって」

「はいいい!」


白山の虚しい返事が放課後の鎮まった校舎に轟く。

午後7時過ぎ、部室を後にする。

この時、帰り道にあんなことになるなんて、俺と美空は想像もしていなかった。




  

  

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