視力無し、生きる活力なしの僕は聴力のない君に進むべき道を与えられた。

雑貨屋ことり

プラネタリウム、音を聞くか想像するか

 僕は雀のチュンチュンと鳴く声が耳に入り目覚めた……わけではない。実際は一晩中つけっぱなしにしてしまった冷房で喉がカラカラに渇き、水を欲したために起きただけだ。


 目をゆっくり開けると、光が入ってくるはずだ。普通の人なら。しかし、僕は普通ではない。全盲だ。だから光なんてない真っ暗な世界に生きている。


 三年前、少しずつ視界が狭まる病気にかかり、今は何も見えなくなってしまった。

 医者から「あなたは今後普段見えているものが見えなくなっていきます」と宣告されたときは、絶望しか感じなかった。お母さんが「見えなくなっても支えるから平気よ」と慰めてくれても、「うるさい、僕に構うな」と反抗してしまうほどに僕は底に落ちた。


 僕は一生朝を感じられない。僕は一生光を感じられない。僕は一生夜を過ごさなければならない。そう思い、死にたいと考え始めるようになった。

 夜を過ごさなければいけないのに、大好きな星は見ることができない。だったら、死んで僕が星になってやる。


 真っ先に思い付いた自殺方法は首吊り自殺。しかしこれだと、自分の体液が床に落ち、後処理が大変になる。飛び降りも同じだ。溺死は苦しいし、毒もどれくらいか分からない。

 遠い場所に行くお金もないから、自殺の名所に行くこともできない。


 こうなると、僕は何もできないことに気がついた。生きていても光がないから楽しめない。死のうとしても死ねない。

 僕は生きる屍だ。


 高校も夏休みに入り、学校にも行けない。

 友達と遊ぶ約束もない。

 何もすることがないから、見えていたときに好きだったプラネタリウムに行くことにした。


 僕の家の近くにあるプラネタリウムは高校生であれば一回1000円で見ることができる。

 目が見えていなくても、何回も見に来ているから音声だけで想像することができる。上映している間は誰にも話しかけられないから、今の僕には好都合だ。


 目を閉じ聴覚だけに意識を集中させ、音を聴き星空を思い浮かべる。僕の見た最後の星空は、雲と雲の間から覗いたオリオン座だ。あの日は医者から見えなくなると宣告されて、まだ視覚が失われる実感がなかった。「今日は空が雲に覆われてるからあんまいい星は見えないな……夏になったら新潟に星を見に行こう」とお気楽に考えていた。


 あの日以降僕は全てが見えなくなるまで一度も空を見上げなかった。少しずつ狭まっていく視界を星を見上げることで事実にしたくなかったから。夜空を見上げれば、まだ星が見えるはずだから。まだ僕は見えるから。


 そうやって現実から目を背け続けて、遂に満天の星空を見ることなく今日まで至る。


「あの……音声でなんて言ってるか覚えてもらうことってできますか?」


 目を閉じ集中している僕に、隣から話しかけてきた女性がいる。

 プラネタリウムの音声を楽しみに聴いている身としては少しイラッとした。

 自分だけの世界を邪魔されたような気がしたからだ。


「あなたが聞いたらどうですか?聞こえないんですか?」


 その問いに返事はなかった。


 見ることに集中しているのだろう。頼みごとをする立場の人間が無視なんてするはずがない。

 僕はここで重要なことが抜け落ちていることに気がつかなかった。


「音声なんて言ってましたか?」

「えっ?聞こえなかったんですか?」

「はい…私耳が聴こえなくて……人と話すときは口の動きで判断しているのですが、音声案内だと動きがないので分からないんです」


 そうだ。僕の言っていることを無視したのではなく、本当に聞こえていなかったのだ。

 耳が聞こえない人に初めて出会ったから、聞こえないという可能性を考えることができなかった。


 プラネタリウムは耳も聞こえて、目も見える人間が楽しむものだと思っていた。でも、今隣にいる女性は、目だけで楽しんでいた。そして音声を聞き取ることができなかったから、音声も楽しもうと僕に音を供給させようとしている。


 僕は視力が落ち、無くなったからそこで終わりだと思っている。でも本当にに終わりなのは、生きることを放棄したことで、見えなくなったことじゃない。


 見えないのなら、見えるように支えてもらう。

 見えないのなら、自分で生きれるように道具に頼る。

 見えないのなら、見えないなりに次のことを考える。

 今までと何も変わらない。

 改善を重ねて生きていく。それが僕がするべき努力だ。

 他の人と比べるのではなく、昨日の自分と比べる。そうやって一日を過ごそう。

 暇だから、何もすることがないから来たプラネタリウムで僕は生きるための道しるべを見つけられた。


 プラネタリウムは音を聴き想像するか、星空を見て想像するか……雰囲気で楽しむか。

 どんな人にも楽しめるつくりになっているらしい。


 母に謝ろう……そう思い僕は何回も来た馴染みある場所を新たな気持ちで飛び出した。

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